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2話

 「パパは気にせずに良い冒険者になれ!我が娘よ!」


 いや、あんたが私を気にしてください。

 

 「だんな様。念のために私がお嬢様と一緒に…」

 

 ナイス、アリサちゃん!君と一緒なら私はどこまでも行ける!

 うんうん。平凡な家で二人っきり住みながらあんな事やこんな事まで! はあ、はあ。


 「そうか。確かにエリシア一人で冒険者生活をさせるには不安がある。うむ、アリサよ、直ちにお前も出かける準備を!」

 「はっ!」


 ナイスお父様!お屋敷の生活がなくなるのは悔しいが、アリサが一緒ならそんなのどうでも良い!

 さあ、ウェルカム~マイ・アリサ!今夜は絶対寝かせないんだから!

 だが、


 「あなた。エリシアはもう15歳ですよ。いつまでこの子を甘えん坊にさせるつもりですか?15歳でもこの子はあなたと私の娘。自ら道を選べ、前へ進むでしょう。だからアリサは行かなくても大丈夫です」

 「くっ!俺とした事が…。ああ、分かったリナ。この子は俺の娘!エリシアを信じよう」 

 「ええ、それでこそ私が愛するあなた」

 「ああ、リナ」


 母よ、何て事を…。

 おい、思春期の娘を前にして何をするんだ、馬鹿親。

 で、でも、アリサは必ず…


 「くふっ!お嬢様を考えるだんな様たちのお言葉!感激しました。さあ、エリシアさま!辛いですが、どうか私達のことは気になさらず前へ進んでください。不足ながら私が毎晩お嬢様のためにお祈りをしますので!くふっ」


 いや、大丈夫ですけど。

 気にしてくれても本当に大丈夫ですけど!

 涙を流しながらアリサは私の手を掴んだ。


 「さあ!エリシア、今から広がる冒険を君の手で掴め!そして色んな仲間達と色んな冒険を楽しむのだ!」


 せめてピ●チュウでもくれ…


=====================================




 「本当に追い出された…」


 以前の世界では引き篭り生活ばかりしてた。

 そしてこの世界に転生し、不足知らずに住んできた…

 だが、これから冒険者として生きることになった。

 この状況はあれだな。初めてゲームキャラを作ってスタートする時と同じ。ゲームではこういう時、NPCが出てゲームを始めてプレーするプレーヤーを助けてくれる。だがここは現実の世界だ。NPCみたいに便利なシステムなどない。でも、

 妙にワクワクしてきた。

 口ではこの状況に不満をしているが、胸が熱くなる。

 この世界に転生し、いよいよ異世界的なモノが始まったのだ。


 「たのしんでる?…今の状況を…?」


 ある意味正解だ。

 私がこの世界に来たのはあの画面に見えた人たちが凄く格好良かったからだ。

 信頼すべき仲間達と迷宮のダンジョンに存在するモンスター達を退治する。それを見て考えた。

 格好良いな、と。

 だから今のこの状況をある程度望んだのは事実だ。事実なんだが…、


 「いきなりすぎる」


 まずは街の探訪だ。

 どんなRPGゲームを初めても最初にくれるクエストは街の探訪だ。色んな人と出会ってその街を探索する。よくあるパタンだ。

 親から貰った金もあるし、当分は金で心配する事はない。なら今は情報を集める事だけを考えよう。

 私は髪をポニーテールにした。まあ、普段ポニーテールを好きだった点もあるが、動くにはこれが一番いい。そしてこの顔だ。何をしてもお似合い。

 皮で作った防具に、平凡なソード。うん、完璧な初心者の姿だ。

 

 「まずは街だな。そして過ごす家を探さなきゃ…」


 ここはゲームではない。

 あくまで現実だ。ログアウト機能なんてない。

 ご飯を食べなきゃ死ぬし、剣で斬られると簡単に死ぬ。そしてゲームキャラではないゆえに、食欲も睡眠欲も存在する。だから今この状況で優先すべきものは冒険者会館で冒険者登録なのではなく、食事と安らかに過ごす家を探すのが一番問題だ。

 一時間くらい道を進むと街が見えた。

 色んな人たちがいる。

 商売人や騎士に見える人。そして冒険者や友達と一緒に遊んでる子供達。ゲームで見た街の姿だった。

 建物は中世ヨーロッパを思い出させる形式。

 アリサと時々来たことはあるが、こうやって一人で見ていると変な気分になった。


 「おい!そこのガキ!良ければ見て行け!」

 「え?わた、いや、俺ですか?」


 そうだった。この世界に生まれて15年間を女として生活したせいでつい女としての癖が…

 うむ。今から私は男に戻る。【あれ】はないけど…。

 そしてこれからは考える事さえ【私】から【俺】に変更だ。


 「おうよ!お前、初心者だろう?狩場に行くにはそれなりに準備が必要なんだ。今なら安くあげるから」

 「あ、いえ。今日は用事があるので…」

 「そうか?なら仕方ないな」


 うん。

 今ここに居るのは貴族の令愛であるエリシアじゃなく、冒険者としてのエリシアだ。

 街を歩きながら住む家を探して、一つだけ分かったことがある。

 この付近の家はほとんどが高いって事を。でも買うならちゃんとした家を買いたい。しかし現実の壁は元引き篭りだった俺には凄く高かった。


 「はあ、疲れた」


 地面を見ながら駄目息をすると後ろにある影が見えた。


 「おい、お前」

 「うん?」


 怪しいそうな男が三人。

 左の人は背が小さくて、右の人は正直に言って物凄いなデブだった。そして俺に声を掛けた真ん中の普通そうな人が群れの隊長らしい。

 街の人たちとは違う格好をしていた。何か自分達の正体を隠すために顔や体の一部を見えないようにした服装。

 どう見ても【怪しい人です】感じが溢れる姿だ。


 「俺達は遠いところから来た。この街のある所を探している。すまんが、道を尋ねてもいいか?」

 「…道ですか?」


 男達の後ろにある馬車を見た。

 馬車には大きな木箱があって、人間の子供が入るには十分な大きさだ。

 ああ、そうか。


 「俺もこの街に来たばかりなので、知ってるものなら教えます」

 「うむ…―――――――――」


 男との会話を総合すると


・この街で規模が大きい商売人を探している。

・それが駄目ならそこそこの貴族が住む場所が知りたい。


 二つを聞いて結論をだした。

 この二つは奴隷を商売している。

 わざわざ街の商人たちや警備員達ではなく年が少なく見える俺に質問した。それはつまり、騒ぎを起こしたくないって事。もし俺が分かったとしても初心者である俺はこの三人には敵わない。運が悪いと、女って事が晴れて奴隷になってしまう可能性もある。

 転生して奴隷生活なんて、絶対避けたい。


 「うん?どうした」

 「い、いえ…、すみません。俺も昨日この街に引越ししたばかりなので…」

 「分かった」


 あ、びびった。

 見た目は冒険者ではない。そして箱の中には確かに人がいる。少しくらいだったが箱が動くのが見えた。


 「奴隷商売か」

 「え?」


 年を取った老人がいつの間に現れた。


 「おや、知らないのかい?あれはどう見ても奴隷の商売じゃ。この国は法律的に奴隷禁止だが、今も高い貴族達の間ではいい奴隷が欲しくて密かに奴隷を購入する者が多い」

 

 全部分かっている話だ。

 この国は基本的に奴隷禁止国家だ。だから奴隷という階級自体がない。

 そう、表面的ではな。

 貴族達の欲望のため、奴隷商売が密かに行う。幼い女の子とか、男の子。子供から大人まで色々だ。そしてばれたとしても奴隷を種有している貴族達の力が強いため処罰は難しい。


 「つっ。可哀そうな奴じゃ。あの箱の大きさに見るには多分幼い子供だろう。今の時は親が商売人達に自分の子を売る事も多いからな。そうやって売られた子は貴族たちの奴隷になる。ただの奴隷になるとよかっもの。けど、一部の貴族達は労働をさせる目的で奴隷を買うのではない」

 「……」


 性奴隷だ。

 分かっている。だがこれは現実だ。決して漫画やゲームの話じゃない。

 ライトノベルの主人公みたいに『俺が救ってあげる!』とか『俺が絶対守ってあげる!』みたいな事は許されない。

 敵の強い能力を右手で防ぐとか、言葉一つで武器を思うままに作るとかそんな能力、俺は持ってない。しかも女の体だ。俺が出来るのは今でも屋敷に戻って親やアリサに助けを求めることしかない。

 ゲームでもそうだ。

 力ない者は力ある者に頼る。そうすればすべてが楽だ。

 俺が何回攻撃しても倒せないモンスターを一発で倒す。そして自分はその隣で経験値やその人に必要ないアイテムを拾う。

 目の前に助けが必要な相手が居たら助けたい。そんな心なんてどうでもいいんだ。

 しかし…、

 じっと見てるだけじゃ詰まらない。

 少しでも良い。私もあのモンスターを倒したい。自分の攻撃が通じないのは分かってる。でも本能がそれを拒否する。だから現実を受ける必要があるんだ。今の俺の力ではあの箱にいる奴は救わない、その事実を。



 「いやいや、話が多かったな坊や。今の話はただお喋り好きな老人の戯言だと思え」

 「いえ、お蔭様で良い勉強になりました」

 「うむ、礼儀正しいじゃのう。じゃ、年よりはこれで失礼するとしよう」


 俺は弱い。

 だが見てるだけの観客はなりたくない。


 「なら教えろ」

 「うむ?」


 認めよ。

 弱い自分は強者の力が、知恵が必要ってことを。


 「長年生きてきたお前の知恵を」

 「おやおや、礼儀正しい子と思ったら、その逆だったか」

 「今更俺に礼儀なんて期待するな。礼儀正しいのは今まで生きてた15年で十分だから。お前が言ったんだろう。『またお会いにしよう』って」


 姿を変えても分かる。そんな気がした

 お前を忘れてしまうと無くなった俺の【あれ】に面目がないから。


 「お久しぶりかな、ユマ」


 俺の話と同時に空間が変わった。

 この空間は知っている。

 俺が死んだ日と私が生まれた日に見た空間だ。


 「久しぶりね、新木ハルト君。いや、エリシアちゃんって呼ぶべきかしら?」

 「うるさい馬鹿神」


 二人だけの空間。

 老人の姿なんてどこにもない。目の前に見えるのは小学生っぽいな悪戯神様だけ。


 「元気な挨拶どうも。で、僕に言いたいことは?」

 「お前に言いたいことは山々だが今は遠慮する」


 俺の性転換話をする場合じゃない。

 あの三人を―――――――


 「あ、ちなみにその奴隷。売れたよ」

 「え?」


 売れた?いや、待て

 別れて時間もあんまり経ってないのにもう売れたと?


 「女の子だね。年は今の君より幼い。あ、売れたとしてもまだ完全に売れたわけではない。仲介業者に渡されただけ」


 画面には男三人が取引をする姿が見えた。


 「でもこの国は奴隷禁止だから、証拠を残さないためにもすぐどこかの貴族に売るはずよ」

 「どうして…」


 どうしてこいつはそんな言葉を簡単に言えるんだ。

 この世界の神だろ。ならあんな蛮行を放っていてもいいのかよ?

 あの年で奴隷になるのを他人の事を見るような目をして――――


 「他人の事よ」

 

 え?


 「今考えたんでしょ? 安心して、さすがに僕も他人の考えを読む趣味などはないから」


 ユマは自分の顔を俺の顔に押し当てた。


 「うん。確かにあの年で奴隷になるなんて可哀そう。けど、あの子を奴隷にしたのは僕じゃない。君と同じ人間だ」

 「人間…」

 「うん!不思議だよね!同じ思考と身体を持ってるのに自分達で勝手に階級を作り、そしてその一番下の階級である奴隷を作った。これら全てがお前達、人間が起こした事実よ。新木ハルト。いや、エリシア・ハウンズ・ヘブンハイム」

 「事実」


 その言葉から感じられるのはただ一つ。

 自分は関与してない、それだけだった。


 「だから僕はこうやって人間を観察する。でも何年を観察しても、何百年を観察しても結果は同じだった。ねえ、君はどうする?」

 

 いきなりの質問。


 「君の元の世界にもあるんでしょ?危機に落ちた人を助ける英雄の話が」


 ああ、空を飛ぶ人とか、手からくもの糸が出る人間か。

 けど俺は英雄なんかじゃない。銃で撃たれたら死ぬし、剣で刺されたら死ぬ。いわゆる普通の人だ。

 もし銀行の中で強盗と遭遇すると何もせずに我慢するのを選ぶごく普通な人間だ。

 引き篭り生活の俺が人を救う?冗談するな。自分の人生さえ見えないくせに他人の人生をどうやって救う。俺は人の命を助けるために自分の命を投げ出す良い人じゃない。道で美人を見るとハアハアする性欲満タンな奴だ。けどな、


 「ああ、同感だ。俺も人助けで興奮するマゾではない。世の中俺が一番だと考える奴だ。今もそれは変わらない」


 そうだ。難しく考える必要などなかった。他人を救うために命を削る行動なんて、俺はしたくもない。今すぐにでも屋敷に帰ってアリサの恥ずかしい姿が見たい。偶然に見えるメイド達のパンツが見たい。

 そもそも俺はモノを難しく考える癖がある。もっと単純に考えたら良いものを…


 「うん。だから君はその奴隷の子は忘れて楽しい冒険――――――」

 「俺がその子を買う!」

 「え?」


 簡単じゃないか。その子が奴隷なら俺が買えば済む話だ。

 奴隷の値段なんか分からない。でも家よりは安いはず。


 「あはは…」

 「うん?なんだ、不満か?」

 「あはははははっ!!いや、いやいや、不満などない!ああ、そうだね。君の返事は紛れもない正解だよ」


 なんだこいつ。

 いきなり笑うな、気持ち悪い。

 

 「今のあの状況で他の者たちはどうやったと思う?」


 ユマは手の平を広げた。


 「その場の勢いで奴隷を救おうとして死んだ人。奴隷を救うために行ったが捕まえて奴隷になってしまった人。奴隷と逃亡している中に奴隷が裏切って追っ手に殺された人や、変わりに奴隷になった人。そして、その自体を無視した人」


 いや、最悪な展開だなそれ…

 ユマが人差し指で俺を指した。


 「そして今、奴隷を買おうとする人」

 「馬鹿にするのか?」

 「いや、神として君の意見を尊重する。うん、君は確かな変人だね」


 こいつはこうなる事をはじめから分かって…、

 何かイライラする。

 これじゃ俺が本当にこいつに操られるゲームキャラじゃないか。


 「だから、もう一度君に特別なプレゼントをしてあげる――」


 ユマの指パッチンを信号に俺の視野が黒くなった。


 「目が覚ますと、そこはあの子がいる建物の前。どうするかは君に任せる」


 ああ、くそありがとうな。


 「うん。じゃ、頑張って!」


=====================================



 黒い。

 何も見えない。

 いや、見えない方がいい。これから自分が見る現実に比べれば見えない箱の中がいいから。


 どこに行くんだろう。

 まあ、どこでもいい。

 寒さに耐える服だけ貰えば良い。一日中働いても良いから冷めたパンを貰えばそれで良い。

 馬小屋掃除も良いし、家畜の体を洗うことも大丈夫。

 あ、でも字を読むとか数字を数える事は無理。だって学んだ事ないから。


 新しいご主人様を見たらどう挨拶すれば良いのかな…、

 いや、挨拶しちゃうと殴られるかも…

 

 だって、私は家畜以下だから、偉い人と話をしちゃ駄目。

 前のご主人さまにも家畜以下の癖に話をするのかって殴られたから。痛いのはいや。殴られたら痛い。

 ううん、

 体がくすぐったい。最近体を洗った事がない。どうしよう…、殴られるかも…


 あ、動きが止まった。

 ここは…、どこ? 声が聞こえる。


 「確かに金は貰った。この奴隷は貴様に預けよう」

 「はいはい、ご苦労様でした。さあさあ、早く物品を」

 「ああ、これだ。念のために言っとくけど、ばれないようにしろ」

 「それは勿論。変な趣味を持った貴族達にとって幼女は大人気ですから。まあ、ばれる事はないでしょう」


 男達の声が遠くなった。

 でも箱はまだ開かない。だから安心した。


 うん。

 この世界どこよりもこの何も見えない箱の中が一番安全だから。

 殴られる事や、お仕置きされる事もない、私だけがいる世界。だれも来ないし、だれも私を探さない。ああ、ここが私の家で私の世界。

 この箱の中に居る限り、だれも来ない。

 怒る人もない。毎晩殴れる事を心配しなくても良い。

 うん、本当に心地いい。

 今はこの箱の中で眠りにつこう。今じゃないと安らかに眠れないから。

 

 ・・・――――――――――――

 ・・・――――――――――――

 ・・・――――――――――――――――――――。



 外が騒がしい、何だろう?

 耳をくっつけると聞こえるかも。


 「だからあの箱を売れ!」

 「お、お客様、あの箱は駄目です!」

 「は?何故駄目なんだよ!」


 箱?私が居るこの箱かな?

 いや、この箱に私が居るってことは誰も知らない。うん、また寝ようか。


 「あの中に女の子がいることくらい分かるから早く出せ!馬鹿!」

 「お、女の子、なんて!と、とんでもない!」

 「おい、お前、嘘をつくとその単語一つに貴様の指一本づつ貰うからな。ちなみに手指の次は足指だ」

 「ひいいいいいいっ!!」


 恐い。

 あの人に売られたら毎日殴られる!

 イヤ!イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!


 「あ、そうだ。後ろにある剣で俺を斬る判断をしたのは褒めてあげる。けど、やる前にお前、絶対殺されるから」

 「ひいいいいっ!!そ、そんな考えなど……!」

 「うん?いやごめん、先から後ろに剣がみえたからつい。で、返事は?」

 

 恐い!イヤ!

 箱から出たくない!

 ここが良い!ここだけが良い!

 私の世界を奪わないで!


 「し、しかし、た、た、ただでは…」

 「うんうん。俺は泥棒ではない。だから安心しろ」

 「こ、この量は…」

 「足りない?」

 「い、いえ。で、でも、あの物品は字も読めないし、数字も数えません。買っても掃除とかが限界で…」

 

 うん。

 だから買うな。

 私はもう殴れたくない…。だからお願い…、買わないで…


 「問題ない。じゃ、この【箱】は俺が貰う」


 ……。

 売られた。

 たぶん凄く恐い人に違いない。


 恐い。恐いよ。

 殴られる。罵られる。お仕置きされる。

 寒い。冷たい。お腹が痛い。頭も痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 私の箱を壊さないで。

 私の家を壊さないで。

 私の世界を壊さないで。


 私を…、

 もっと優しく見て…。


 どのくらい時間が経ったのか分からない。

 不安な考えで頭がいっぱいだった。そうしたらあの恐い人の声が聞こえた。


 「この箱、結構丈夫だな。ここか?」


 箱を壊す音が出た。

 動いちゃ駄目、話すのも駄目…、うん、ジッとしていると殴られないはず。

 私のセカイがついに壊れた。


 光が眩しくてちゃんと見えない。

 でも、そこに誰かがいる。

 どうすれば良いだろう。新しいご主人様の気に入られるためには何をすれば良いだろう。

 考えたことがなかった。家畜は考えがないから。


 あら?この匂いは?

 くんくん。

 おいしい匂い。

 ううん、前が見えな……、あ、見えてきた。


 うん?パン?

 なんか暖かい…、食べたい…、

 いや、駄目!勝手に食べると怒られる!手で触っても駄目!私の手は汚いから触るとまた怒られてしまう。

 だから……


 「良いよ、食べても」


 え?

 なに?


 「ほら、せっかくの暖かいパンが冷めちゃうと美味しくないだろ」


 パンを貰った。

 暖かい。本当に暖かい。

 一口食べてみた。

 美味しい。冷たいパンより美味しい。ほんとうに…、おいしい……。


 なに…これ…、暖かい。冷たくない…、

 パンを食べていると綺麗な人が私を抱きしめた。

 あ、人の体温だ。


 綺麗な人から出る体温が俺の体を暖かくする。

 その感覚はパンより…、もっと暖かい感じ。暖かいなのに…、なんか目が冷たくなる。涙?だめ、今泣くと新しいご主人様の服が…。


 「大丈夫…、泣いてもいい。今この瞬間は泣いてもいい。誰も君に文句言わない。だから我慢しないで」


 ああ、あったんだ。

 暖かい世界が…、

 こんな私にも暖かい…、世界が。


 「うあああああああああああああああああん」


 ああ、箱から出て…、本当に良かった。

 

 外の世界は私がいたセカイよりももっと優しくて暖かかった。

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