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無題  作者: チャーハン
act/01 きっと、当たり前の日常は
8/15

7話

「でね、私思うのよ」


「ふむふむ」


 朝食のパンにリタムのジャムを塗りながら、美香ちゃんの話に耳を傾ける。

 町は喧騒に包まれ、いよいよ活気づいてきた。時刻は朝の八時。窓から差し込む日差しが心地よい。外からはいろいろな音がして、それだけでぜんぜん退屈しない。鳥のなく音、馬車の走る音。働き者の吟遊詩人は一生懸命に笛を吹いている。

 そんな中、僕と美香ちゃんは宿屋「濡れガラスのヤドリギ」の一室でゆったりとした時間を過ごしていた。

 パンを水で流し込み、空腹を満たす。

 美香ちゃんの頬にジャムがついているが、あえて何も言わない。


「私たち、敵を殲滅しなきゃいけないわけでしょ?」


「うん、まあ」


 それが僕たち『手駒』の仕事だ。

 ・・・・今のところ、何のめども立ってないけど。

 そもそも、敵の居場所すらわからないし。


「別に私たちが動かなくても、敵同士がある程度つぶしあってから戦うんでもいいんじゃないの?」


「・・・・・・あー・・・」


「ランドは『敵を殲滅』なんて言ったけど、私たちが全員殺さなきゃいけないわけじゃないでしょ?」


「・・・・・あ、そうか。そうだね」


 確かに。美香ちゃんの言っていることは正しい。

 ランドは、魔法使いどうしのルールで、手駒が命を落としたら負けなんだ、と言った。そこには、『手駒が敵を殺した数』は関係ないのだ。 

 つまり。


「・・・・このままずっと普通に過ごしても良い、ってことか」


「そうよ」


「普通に暮らせる、ってこと?」


「そうそう」


 美香ちゃんはそう言いながらうなずいた。頭の後ろでまとめられた金髪が揺れる。

 妹は昔から、朝起きてから学校に行くまでの間は、邪魔にならないように赤いひもで髪を後ろでまとめていた。髪の色が黒から金に変わった後も、その癖は抜けていないらしい。


「どう、私の妙案」


「いやはや、あっぱれです」


 パンを置き拍手をする僕に、得意げな顔の美香ちゃん。

 やっぱり僕の妹は頭が良いな。

 天才。天才美少女。やばい。マジやばい。


「美香ちゃんはこのこと、いつから気づいてたの?」


「ランドに言われた時から」


「はやっ!? なんでその時言わなかったの??」


「・・・・いろいろあって、言い出せなかったのよ。あの一ケ月」


「・・・・・あ、ご、ごめん」


 気まずい沈黙が流れた。

 残っているパンを咀嚼する。

 口の中の水分がパンに吸い尽くされたので、コップの水を飲んだ。

 明日からは牛乳が飲みたいな、と思った。 

 あの一ケ月。

 正直、思い出したくなかったんだけど、ついうっかり触れてしまった。

 反省。

 それにしても、結構な覚悟をもって引き受けた手駒の仕事をしないとなると、なんというか、ほんのりやるせない気持ちになってしまう。

 仕事を放棄するとなると、一気にやることがなくなってしまった。


「じゃあ美香ちゃんは、これからやりたいこととかある?」


「・・・信也は?」


「美香ちゃんがやるなら、なんでも良い」


「・・・・そう」


 うつむいてパンをかじる美香ちゃん。

 少しして、ぼそぼそと声が聞こえた。 


「・・・・・あ、そうだ」


「ん?」


 なにかを思いついた様子の美香ちゃんが、僕を見て言った。


「観光」


「かんこう?」


「観光がしたい。異世界観光」


「おお、名案名案」


「ふふん」


 美香ちゃんがにやりと笑う。その時、頬に付いたジャムがきらりと光った。・・・・・・まだ気づいてないのか。

 かわいいから指摘はしない。あしからず。

 考えてみれば、僕らはこの世界のことを何も知らない。ランドの家には、ほとんど本がなかったし、ランドとの会話もほとんどなかった。

 情報収集や今後の予定を決めるためにも、観光するというのはとてもいい考えだ。

 幸い、ランドがくれた服はこの世界でも普通のデザインのようなので、変に悪目立ちするようなこともないだろうし。

 お金も結構な額あるし、当分生活には困らないだろう。仕事もゆっくりとを探せる。


「そうと決まれば、今からもう出発しようか」


「ええ、行きましょう」


 そういった美香ちゃんは、残っていたパンのかけらをいそいで口に詰め込み、それをコップの水で流し込んだ。


「・・・・そんなに急がなくても、町は逃げないよ?」


「う、うるさいわね、おなか減ってたのよ」


 頬を赤くしてそういった美香ちゃんは、ベッドから腰を上げ、麻のズボンに乗っていたパンくずをぽんぽんとはらった。

 僕も残っていたパンを口に入れ、もさもさと咀嚼する。コップの底に残っていた水を使って飲み込む。


「ほら、信也も準備して」


「はいはい」


 美香ちゃんにせかされて、僕も準備をする。美香ちゃんはもうすでに準備を終えていた。

 麻のズボンに七分丈のシャツ。木のつたで編まれたサンダルに、ランドからもらった魔法の肩掛けカバン。

 美香ちゃんの金髪と麻のシャツはかなりアンバランスだったが、美香ちゃんは何を着ても似合う。


「美香ちゃん、今日は髪は結んだままなんだね」


「ええ。くしが無いからとかせないのよ」


「じゃあ、どこかで売っていたら買おう」


「そうね。そうしましょう」


 鼻歌に合わせてリズミカルに体を揺らす美香ちゃん。ずいぶん前に聞いた覚えがあるメロディーだ。

 ポニーテイルでまとめられた髪が揺れている。

 それを見た幸せな気持ちになった僕は、幸せを活力に変換してベッドから腰を上げた。膝のあたりのパンくずをはらい、クローゼットからカバンを取り出して首をくぐらせて身に着ける。

 これで全財産装着完了。あらコンパクト。

 とりあえず服にごみとかついてないか確認して、最低限の身だしなみを整える。


「よし、これでいいや」


「じゃあ、行きましょうか」


 美香ちゃんは意気揚々とドアノブに手をかけた。


「ああ、ちょっと待って美香ちゃん」


「む、何よ信也」


 出ばなをくじかれた美香ちゃんがじとっとした目で僕の方を見上げた。


「ほら、ここ」


「??」


 自分の右の頬を、人差し指でちょんちょんとつつく。それを見た美香ちゃんも反射的に自分の頬へ手を伸ばす。


「ジャム、ついてるよ」


「!?!?」


 首から上を真っ赤にして恥ずかしがる美香ちゃん。


「き、気付いてたなら早く言ってよ!」


「ごめんごめん」


「笑うな!!」


「わ、わらってないよ」


 笑ってないです。ちょっと頬の筋肉が持ち上がっちゃっただけです。


「~~~~~~~~~~~!!」


 僕のことをきっと睨んだ美香ちゃんは、ずかずかと洗面所の方へ向かった。

 ・・・・・・今日も一日、頑張れる気がする。]

 生きることの幸せを感じました。




 ■ ■ ■ ■ ■




 宿屋を出て、適当にぶらぶらすることになった。

 テンションが上がった美香ちゃんは


「あのお店に入りましょう!」


 とか


「あ! お菓子売ってる!」


 とか言いながら、あっちこっちへピョンピョン行ってしまうので、見失わないようにするので精いっぱいだった。

 空は快晴。道にはたくさんの人が歩いている。

 朝ほどではないにしろ、あたりには様々な声が響いている。商人が客引きをする声、大道芸人のような人が観客からもらう拍手の音。


「これで手でもつなげたら最高なんだけどなぁ・・・」


「信也、何か言った?」


 こちらを振り返る美香ちゃん。


「いや、なにも」


「ふーん」


 美香ちゃんはさして興味もないようで、僕の方を振り返ったと思ったらすぐ、あたりの建物や人々に目移りしてしまう。

 久しぶりの、いやほとんど初めての僕と美香ちゃんとのデート。実際はデートだと思っているのは僕だけかもしれないけれど、まあ、デートはデートだ。異論は認めない。

 途中、女の子用の小物やを見つけたので、底に美香ちゃんと一緒に入った。美香ちゃんが使う櫛を買おうと思ったのだ。


「いらっしゃいませ~」


 女性店員さんが営業用スマイルを浮かべ、こちらによって来る。

 その人をよく見ると、この店で売っていると思しきアクセサリーを腕やら首やらにいっぱいつけていて、けっこう重たそうだった。


「本日はカップルでデートですかぁ?」


「はいそうです」 


 ドガッ


「痛っ!!」


「ふ、ふざけたこと言うんじゃないわよ信也!」


 はっ、つい思ったことをそのまま口に出してしまっていた!!

 これはまずい、すぐにフォローしなくては!


「ち、違うんだよ美香ちゃん、これはその、その方がお店の人も案内しやすいと思ったというかなんというか」


「うるさいっ! 信也ちょっと黙れ!!」


「ち、違われましたか?」


「違います! こいつは私の兄です!!」


「し、失礼いたしました・・・・?」


 肩を怒らせて憤慨する美香ちゃんに気圧された店員さんが、どうにも腑に落ちない様子で頭を下げる。

 営業スマイルは全然崩れない。さすがプロ。




 ■ ■ ■ ■ ■




 結局、美佳ちゃんの櫛は安めの物を買うことになった。

 店員はしきりに美香ちゃんの金髪を褒めまくり、 


「その美しい髪には、このような商品がおすすめです!」


 とか言いながらしきりにめっちゃ高い櫛(なんか宝石とか入ってた)をすすめていて、しかも美香ちゃんがそれを買いそうになっていたので、一瞬たりとも美香ちゃんから目が離せなかった。

 あれを買うと、今後の生活費がごっそりなくなってしまうのだ。いきなりストリートチルドレンにはなりたくない。そんな異世界転生は絶対に嫌だ。

 美香ちゃんが買ったのは、木製の櫛だった。小さくウサギが彫り込まれていて、それが良いアクセントになってお洒落だった。


「美佳ちゃんって、やっぱりセンスあるよね」


「ふふ、でしょ」


 得意げに、櫛が入った紙袋を掲げる美香ちゃん。


「もう明日からは、髪おろすの?」


「そうね、ちゃんと櫛も買えたし、そうなるわね」


「・・・・ふーん」


 美香ちゃんのポニーテール、かなり可愛かったんだけど、もう見れないのか。

 あ、でも毎朝見れるか。

 元の世界ではあんまり見れなかったけど、こっち来てからは基本同じ部屋だからなぁ。着替えのときは追い出されちゃうけど。


「ならば良し」


「信也、なにひとりごと言ってるの?」


「いや、何でもないよ」


「そう?」


 ドアノブに手をかけ、カランカラんとベルを鳴らして扉を開く。後ろから店員さんの「ありがとうございました~」みたいな声が聞こえてきた。

 

「どうぞお先に」


「なに、紳士気どり?」


「レディ・ファーストですよ」


「・・・あんたには百年早いわね」


「うぐっ・・・」


 ま、まあ、自分でもちょっと気持ち悪かったとは思うけど・・・

 美香ちゃんは僕をちらっと見上げてから、耳にかかった髪を払った。


「・・・でもま、ありがと」


 そういった美香ちゃんは、スタスタと僕の前を通り過ぎて行った。

 ・・・・やばい

 今思いっきり顔赤くなった。



 ■ ■ ■ ■ ■



「いただきまーす」


「いただきます」


 町の出店で売っていたサンドイッチを買ってきて、宿の部屋で食べる。

 いろいろ挟まっててすごくおいしい。レタス(みたいな野菜)がみずみずしい。ハム(みたいな肉)も、ほんのり焦げ目が入っていて良いアクセントになっている。

 むしゃむしゃ食べ進めていき、あっという間に完食してしまった。気付かない間に相当おなかが減っていたらしい。

 午前いっぱい街を回ってわかってきたのだが、この町はどうやら交易が盛んな街らしい。

 いたるところから船や馬車がやってきては、様々な品物を売買していくらしい。

 そう考えると、ランドは案外いいところに転送してくれたのかもしれない。ここならいろいろな場所からの情報が集まるだろうから、敵の居場所もわかりやすかったりするんじゃないだろうか。

 まあ、戦うつもりはないけど。


「ちょっと出かけてくる」


 サンドイッチを食べ終わってそんなことを考えていると、美香ちゃんが立ち上がって言った。


「どこ行くの?」


「散歩」


「僕も行こうか?」


「あんたはいいわ。一人で歩いてみたくて」


「そう。気を付けてね」


 僕がそう言うと、美佳ちゃんは不思議そうに首を傾げた。


「意外。もっと食い下がってくるかと思ったのに」


「食い下がって良いの?」


 良いならとことん食い下がるけど。


「あんまりしつこくして嫌われても嫌だし。迷ったりしない?」


「大丈夫よ、私、方向感覚あるし。知ってるでしょ?」


「うん。でもまあ、一応」


「じゃ、行ってきます」


「はーい」


 美香ちゃんは肩掛けカバンをもって出て行ってしまった。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・


「さて」


 いよいよ暇になった。

 何もすることがない。前は勉強とかしてたけど、いまは何にもないし。

 ベッドから腰をあげて、窓のそばに寄ってみる。お昼になっても、街からはかけらも活気が失なわれていなかった。

 しばらく外を眺めていたらすぐに飽きてしまったので、再びベッドへ。思いっきりダイブしたらめっちゃほこりが舞った。


「うあ~~」


 意味もなく口から声が漏れる。

 正直疲れた。

 これから生活どうしよう。まさかこの年でこんな問題にぶち当たるなんて思ってもみなかったな。

 新しく仕事も見つけなくちゃならないし。そもそも働けるのか?ああ、晩御飯はどうしよう。ずっと宿住まいというわけにもいかないし、どこかで家でも借りたいな・・・

 ・・・・なんか眠たくなってきた。

 そうして僕は、気付かないうちに眠りについた。


 たぶん、これが駄目だったんだと思う。

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