6話
行商人のダグさんに言われた通りに川に沿って歩いていくと、結構大きめの川と合流した。
川に突き出た桟橋にいた、船頭のおじさんに頼んで、ゴルドまで運んでもらう。
船頭が長い棒で川底を押し、船はゆるゆると進みだした。
川の流れに沿って少し下ると、すぐに森から抜けた。
ほかの小さな川と合流したりして、いろいろな船が目立つようになってきた。
僕らの乗っているような人を運ぶ船、たくさんの積み荷を乗せた大きめの船。中には檻に入った動物を運んでいる船なんかもあった。
人が増えるにつれ、いよいよファンタジーじみた格好の人も増えてくる。
髪の色が現実世界では考えられないような、不思議な色の人も多い。緑や赤、ピンクに水色。
僕がきょろきょろあたりを見回していると、隣からうめき声が聞こえた。
「・・・・・うぅ・・・」
顔を真っ青にした美香ちゃんの姿
「み、美香ちゃん、大丈夫?」
「・・・・酔った」
美香ちゃんは酔いやすい。そもそも体力がない。運動とか、そういうのは滅法苦手なのだ。
「どうしよう、酔い止め持って来てないよ!?」
「突っ込む気力もないわ・・・・」
顔色がすごく悪い。ほんとに気持ち悪そうだ。
どうしよう。とりあえず背中をさする。
吐くほどではないようだが、身体がフラフラしている。三半規管がぶっ壊れたみたいだ。
「嬢ちゃん、酔ったのかい?」
船頭のおじさんが話しかけてくる。
「ゴルドならもう少しで見えてくっから、そこまで頑張りな」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。お、見えてきたな」
船頭さんの指さす方向を見やると、なんというか、びっくりするくらい大きな石門が見えた。
日本ではまずありえない、かなり無骨な雰囲気だ。
ちょうどカーブを曲がり切った時に見えたので、今までは木々が邪魔で見えなかったのだろう。
初めて見る光景。
やっぱり、自然と心躍る。
「美香ちゃん、ほら、もうゴルドだってさ」
「・・・うぇあ?・・・・・す、すごい・・・・」
虚ろげな顔を上げた美香ちゃんが、興奮した様子で呟いた。
しかし、これは本当にすごい。
いや、建築技術とか、装飾がすごいんじゃなく、その存在感に、僕らは圧倒されていた。
石門の横からは、門と同じ色をした壁が緩やかな曲線を描きながら伸びている。
ところどころに物見台のようなものが突き出しており、さながら城壁のようだ。
というか、まんま城壁なんじゃないか? いやまあ、本物の城壁なんて見たことはないけれども、少なくとも僕にそう思わせるほどには、その壁は堅牢極まりないものだった。
「はっはっは、ゴルドに来た旅人さんは、大体みんな同じ反応をする」
「これ、本当に町なんですか? 国とかじゃなく?」
「違う違う。これはれっきとした『街壁』だ」
「へ、へえ・・・」
外壁?
異世界はすごいな。町ひとつにしてもこんな壁があるなんて、僕らのもと居た世界では考えられないことだ。
改めて実感した。
違う世界に来たことを。
「ほんとに、違う世界に来たんだね」
「・・・・・・うん、そうね」
小さな声でささやきあう。
これから始まる僕らの日常には、はっきり言って不安しかない。
でも、美香ちゃんの声が少しだけ嬉しそうに聞こえたのは、きっと気のせいだろう。
■ ■ ■ ■ ■
「づぅがぁれぇだぁ~~」
「あ、あははは」
部屋に入るなり、いきなりベッドに倒れこむ美香ちゃん。
ちょっとだけほこりが舞う。
「にしても、結構いい宿屋ね。そこそこ安いんでしょ?」
「うん。一人一泊で銀貨20枚だって。食事は別料金だけど、治安もいいみたいだし、町で一番良心的な価格設定だと思うよ」
町に入った僕らは、まずは宿泊するために宿を探すことにした。
町は円形になっていて、中心部へ向かうほどの物価が上がるらしい。なので、中心と一番外の、ちょうど真ん中あたりで宿をとることにした。
泊まろうと思えば中心部にある高級な宿をとることもできるのだが、いかんせんお金は有限なのだ。むやみやたらに使いまくるわけにはいかない。
かといってケチりすぎて、治安の悪い安宿に美香ちゃんを泊めるのも駄目だろう。
そこで、ちょうど良い宿屋を探しまくったのだ。
酒場に行っていろんな人に聞いて回ったりして情報を集め、やっとの思いでたどり着いたのが、ここ『濡れガラスのヤドリギ』。
店名はおどろおどろしいものの、内装は十分きれいだ。客への対応は結構おざなりだが、日本ほどの対応を求めるのは間違っているだろう。
衛生管理はちゃんとしてるようだし、変な病気になったりってことはないだろうな。
部屋のドアにも鍵がついてるし、客層も悪くない。これから何日か滞在する場所としては充分だ。
外はもう薄暗くなってきた。窓の外に映る街並みが、だんだんと茜色に染められてゆく。
この世界の太陽も、沈む前にはちゃんと赤くなるのだ。
「美香ちゃん、おなか減らない?」
「・・・信也は?」
「僕は減ってきたなー」
「・・・・なら行くわ」
「美香ちゃんは減ってないの?」
「・・・・・別に」
「ほんと? 今日あんまり食べてないでしょ?」
「うるさいわね、減ってないったら減ってないのよ!」
顔を真っ赤にして怒る美香ちゃん。
天邪鬼の美香ちゃんは、絶対に自分からは物を頼んだりしない。
それを知って問い詰めるのは、少し意地悪だったか。
まあ、可愛かったからいいや。
とりあえず荷物を置いて部屋を出る。店の人から預かった鍵で戸締りをし、夕食代だけ持って行くことにした。
いくら治安がいいとはいえ、必要以上の荷物を持って行って盗まれでもしたら元も子もない。
「美香ちゃんは食べたいものとかある?」
この町は出店やいろいろな酒場があって、色々な種類の料理を作っている。串焼きっぽいのとか、麺類とかもある。とにかく何でもあるようだ。
一階の出口から外に出て少しすると、食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐった。
僕が外の空気を胸いっぱい吸い込んだと同時、美香ちゃんが口を開いた。
「・・・・く」
「え?」
「お、お肉」
「・・・・・」
僕の妹は案外、肉食系だったようです。
とりあえず近くの酒場に入り、適当な肉料理を頼む。
メニューを開いてみる。名前で料理の内容を判断できないものが多いな。
なんだこの『ムーチョスの赤角焼き』って。辛いスナック菓子か。僕の嫌いなアレか。
美香ちゃんと一緒になって頭をひねっても、一向に答えが見えてこない。仕方ないので、その辺の店員さんを呼び止めて聞いてみることにした。
「あのー、すみませーん!!」
「あ、はーい!!」
店内は喧騒に包まれており、仕事帰りの男たちが次々に酒らしきものをあおっている。あちこちで大声をあげ、楽しげに高笑いしている奴らばっかりだ。
かなり大声を上げたのが功を奏したのか、無事店員さんに気付いてもらうことができた。
女性の店員で、頭に白い布巾をつけたエプロン姿。背は平均よりちょい上ぐらいで、こちらに向かってくるたびに首の後ろでまとめられた栗色の髪がぴょこぴょこと跳ねている。
「あの、いくつか肉料理を頼みたいんですが」
「はい、承ります!」
「この『ムーチョスの赤角焼き』って何ですか?」
「そ、それはですねぇ、えーと・・・・」
店員さんはおもむろに自分の腰についている一冊の本(メモ帳?)に手を伸ばし、ぺらぺらとページをめくりながら文字を追っていた。
少しして、店員さんの顔がパッと輝く。どうやらお目当てのページを見つけたらしい。
「『ムーチョスの赤角焼き』とは・・・・ムーチョスの腹の肉に、赤角の風味をしっかりとつけ、濃いめの味付けをし、旬のお野菜と一緒にオーブンで焼き上げたもの、です」
「・・・・」
なんかかなり棒読みなんだけど。
「・・・じゃあこの『ハマルタとイミヤの潮風煮込み』は?」
「そっ、それはですねぇぇぇぇ・・・・」
焦っているのか、ものすごい勢いでページをめくり始めた。ページは千切れないだろうか。今にもバリッと行きそうである。
ズババババ、という効果音が聞こえてきそうな怒涛のページめくりがピタリと止まり、文字とにらめっこをしていた店員さんの顔がまたも輝く。
「はいっ、出ました!! 『ハマルタとイミヤの潮風煮込み』とは・・・・三日間熟成したハマルタを、ペースト状にしたイミヤと共に、魚介類のスープで煮込んだもの、だそうです」
「・・・・」
もう「だそうです」って言っちゃったし。そのメモ帳の内容音読してるだけじゃん。
「・・・メニュー、暗記してないの?」
美香ちゃんの柔らかい物腰の質問に、恥ずかしそうに答える店員さん。
「・・・・ごめんなさい、まだなんです」
「新人さん?」
「は、はい。昨日来たばっかりでして」
「あ、なるほど。それなら覚えてなくて当然か」
「・・・・すみません」
それにしても、時間がかかって困るな。ページめくる時間があるなら早く注文を取ってほしいのだが、料理内容が分からなければ注文を取るにも取りようがない。
何かいい案はないものか・・・・
「あ、そうだ」
「? どうかされましたか?」
「あの、店員さん」
「はい、何でしょう」
「そのメモ貸して」
店員さんがいちいちメモを確認するのは、とても面倒だろう。そして僕らはその店員さんを待たなくてはいけない。これまた面倒くさい。
そこで、僕らがメモを見て注文する品を決める。
するとどうだろう、僕らは待ちぼうけしなくていいし、店員さんもいちいちページをめくらなくても良い。
合理的な、かつ円満な解決方法だ。
すると店員さんは、
「だだっっ、駄目です!! これは見せられません!!!」
「へ?」
ものすごい勢いで拒否してきた。
顔を真っ赤にして、メモを取られまいと胸に抱きしめながら。
「ど、どうしたの? 気にさわっちゃった、かな?」
「ひああっ、すみません、そうじゃないんです!! っでも、これは! これだけは!!」
「・・・・そうですか」
どうしても嫌なら仕方ないか。
適当な肉料理を注文して、空腹を満たそう。
「じゃあ、なんか適当に、肉料理を2つ3つください」
「は、はい、わかりました!! ただいまお持ちいたします!」
厨房に駆け込む店員さん。
「・・・・なんだったんだろうね」
「さあ。変な落書きとかしてあるんじゃないの? 恥ずかしいイラストとか」
「それは美香ちゃんの体験談?」
「んなっ!! そ、そんなわけないじゃないっ!」
「あはははは」
かわいい妹をいじめながら、お目当ての肉料理を待つ。
いや、いいと思うよ、ああいうイラストを描くのも。美香ちゃんの、結構上手かったしね。
ただ、
「美香ちゃん」
「・・・何?」
「美香ちゃん、なんで正面の顔ばっかり描いてたの?」
一気に首から上を赤く染める美香ちゃん。
「み、見たわね!! 私の落書き帳!」
「いや、随分前にノートが僕のに紛れてて、偶然」
「故意だ! 絶対に!」
「いやいやぐーぜんだってー」
「棒読みやめろ!!」
「あはは、いたいいたい」
「んがああああ!!」
「い、いた、痛いって、痛い。マジで痛い。フォークはダメだよ痛い痛い、刺さってる! これ完全刺さってる!!」
「うりゃああああああ」
「いぎゃあああああああああああああああああああああああああ」
■ ■ ■ ■ ■
「ごちそうさまでした~」
「・・・ごちそうさまでした」
食事が終わり、就寝のため宿屋へ向かう。
注文した料理はどちらもおいしく、値段もお手頃だった。今後しばらくの食事はあの店ですることになりそうだ。
宿屋への道の途中。あたりはもうとっぷりと日が暮れていて、屋台や店の明かりが異国情緒漂う雰囲気を醸し出している。
「それにしても、あの店員さんのキャラは強烈だったわね」
「ああ、あの新人さんだね」
「そう」
「メモ帳に対する執着すごかったよね」
「ええ」
「でも、僕の中ではあの後フォークで刺されたことが印象的なんだけど・・・」
「自業自得よ」
「・・はい。ごめんなさい」
あの時のフォークは、血が出るギリギリまでぶっ刺さっていた。おかげで数日間はみみずばれが続くだろう。
「いや、違うわね…」
なにやら思案顔の美香ちゃん。何を考えているのやら。
「お前は、私のことを侮辱した! 当然の報いだ!!」
「・・・・ああ、ハ■ポ■ネタか」
「そうよ、よくわかったわね」
「いやあれ、美佳ちゃんに付き合って何回も見たもん。そりゃセリフの十や二十おぼえるよ」
「ちなみに、どこのシーンかは分かる?」
「・・・覚えてない」
「ふふっ、まだまだポ■タ■アン値が足りないわ!!」
「知らないよそんな数値・・・・」
そんなどうでもいいような会話で、時間は過ぎてゆく。
徐々に襲ってくる睡魔にあらがうこともせずに、ぼんやりとなった頭で、明日は何をしようかなぁ・・、と考えて。
僕らの旅の一日目は、そんな風に、ゆったりと終わっていった。
気付けば5000字オーバー
もう、何も言うまい