5話
水色に輝く魔法陣の上で、美香ちゃんと手をつなぐ。
「準備は良い?」
「ああ」
「いいわ」
陣の外からのランドの呼びかけに応える。
「じゃあ、いくよ」
自分よりも丈のある杖を振りかざし、ランドが詠唱を始めた。
杖の先端には大きな緑色の宝石がついており、魔法陣と共にその輝きを増す。
徐々に重力を感じなくなり、地面から足が離れる。
視界に光が埋め尽くされ、右手が強く握られた。
「二人とも、生きて帰ってきてね~」
ランドの声がする。
生きて帰って来いって?
思わず口の端が上がった。
「ホント、冗談も大概にしろよ、チビ」
■ ■ ■ ■ ■
この世界にやってきて、一か月。
僕たちは600回死んだ。
【不死】は、簡単に言えば「絶対に死なない」能力らしい。
ランドは『一度落とした命をもう一回拾うんだ』、とかなんとか何とか言っていたけど、良くわからなかった。
魔法使い同士のルールには、ギリギリで抵触しないらしい。限りなく黒に近いグレーなんだそうだ。
認めない魔法使いもいるかもしれないが、まあ、それはランドにどうにかしてもらう。
でも、死なないからと言って、痛みがすべて消えるわけじゃない。痛いものは痛い。
だから慣れろと。
ランドは、僕らに『痛みに慣れろ。死ぬことに慣れろ』と言った。
で、600回。
ランドは僕らを600回殺した。いろんな方法で、できる限り何回も。
この世界のひと月は30日ピッタリらしいから、単純計算、一日に20回、一時間に1回弱殺されたことになる。
火で焼かれ
剣で刺され
縄に吊られ
血を抜かれ
首を折られ
同時にではなく、交互に殺された。
戦闘中にどちらかが死んでも動揺しないための訓練だったらしい。
死んでから復活するまでのラグも、回数を追うごとにどんどん短くなっていった。最初は30分近くかかったが、400回目あたりではほぼゼロになった。
あと、いろんな道具をもらった。ナイフにマント、携帯食料、水筒、あと手帳とか。
敵の正確な位置はわかっていない。聞き込みして割り出せ、とのことだった。
ランドの転送魔法を使って、大きな町の近くにある森の中に移動。町の中で聞き込み、物資の調達をする。敵の位置が割り出せたら突撃して倒し、次の敵を目指して出発。
その繰り返し。
相手は、すごい能力を持った奴らばかりだろう。勝てる気がしない。
せめて魔法でも使えたら、と美香ちゃんが嘆いていた。
■ ■ ■ ■ ■
「っと」
「わっ」
突然重力がかかり、こけそうになる。というかこけた。痛い。
うっそうとした森の中。日差しは木の葉に遮られ、僕たちに届くことはない。かといって暗いわけでもなく、いい感じに涼しい。
地面は堅い土で、湿ってひんやりしていた。
樹齢何百年もたっているような木がそこらじゅうに生えまくっていて、雑草は少ない。こけはあるけど。
そして、ここが。
僕たちの旅の、出発点だ。
「・・ついたわね」
「・・・そうだね」
魔法と言われて身構えたが、案外あっさりしたものだった。もっと派手かと思ってたのに、正直肩すかしだ。
ちょっと浮いて終わり。味気ない。
まあ、なんにせよ。
ついたものはついた。
「じゃあ、さっそく町を目指しましょうか」
「了解。どうする?」
「そういうのはあんたが考えなさいよ」
「えー・・・」
丸投げされた。
どうしよう。何も考えてなかった。
うーむ・・・
「・・・・あ、そうだ。誰か人に聞いてみようよ」
「おお、いい考えね。じゃあその人はどこ?」
「あー・・・・」
まあ、森の中ですしね。人、居ませんよね。
あたりを見回しても、人影どころか動物の姿さえない。
出口も見当たらない。
あれ? いきなり詰んだ?
「・・・・とりあえず、適当に歩いてみる?」
「・・散歩?」
「そう、散歩。散歩しよう」
「人がいればいいけどね・・」
「・・まあ、そのうち見つかるでしょう、きっと」
ズボンの泥を払い、美香ちゃんに並んで歩く。
地面から木の根がぼこぼことび出ていてかなり歩きにくい。何度かこけそうになる美香ちゃんを支えたりしながら、道なき道を進む。
木の葉っぱをよく見ると、イチョウと同じような形をしていて驚いた。
リンゴみたいな赤い実がなっていて、食べるとあまずっばい柑橘系の味がした。
そのリンゴもどきをいくつか肩掛けカバンの中に入れ(ランドからもらったもので、いくらでも物が入るらしい。すごく便利だ)、時々食べながら道を進む。
シャリシャリと音がしておいしい。
結構歩いたのに全然町が見えてこない。そもそも森から出られない。
途中何度も美香ちゃんが
「・・・・・あの魔法使い、『町の近くに転送するよ!』、とか言ってたくせに・・・・・・全然遠いじゃない・・・・」
とか言ってた。まあ、うん。正論だね。
しばらくして、水の音が聞こえ始めた。
「美香ちゃん、水だ! 水の音がする!」
「・・・・みずぅ?」
体力のない美香ちゃんは、大分限界が来てるようだ。息が荒い。
水の音がするということは、近くに川があるということ。そして川があるということは、そこで休んでいる人がいるかもしれない、ということだ。
あくまで希望的観測でしかないけれど、可能性はゼロじゃない。
理由を話すと、美香ちゃんは大いに賛成してくれた。
「なるほど、名案だわ! さすが信也!」
「えへへ」
「そうと決まれば行くわよ、善は急げ!」
「おー!」
水の音のする方に向けて歩く。ずんずん進む。
ちょっとして、思った通り川に出た。川と言ってもそこまでの大きさではなく、ちょっと大きめの小川といった感じだった。
「信也、あれ!」
「え? ・・・・・おおっ!!」
美香ちゃんの指さす方向に顔を向けると、そこには一台の馬車があった。馬っぽい生き物が繋がれている。
人の姿はないが、まさか乗り捨てたわけではないだろう。いずれ戻ってくるはずだ。
つまり、やっと人に会える。
実に一か月ぶりの他人である(ランドは人外だからノーカン)。
「第一村人発見!」
「いや、まだ発見してないから」
「・・・・・・いいじゃない、一回言ってみたかったのよ」
少し照れた様子の美香ちゃんが、頬を膨らませて眉をひそめる。かわいい。
「とりあえず、向う岸わたろっか」
「・・・・橋とか無いの?」
「これだけ浅い川なんて、みんな歩くよ。ほら、行こう?」
「・・・・・」
靴を脱ぎ始めた僕に、美香ちゃんはまた眉をひそめた。
「嫌よ、濡れるのは」
「ああ、そうだね。ごめん」
言われてみればその通り。美香ちゃんだって年頃の乙女なのだから、流石に川に入るのは抵抗があるのだ。
麻布で作られたズボンの裾をまくり、膝くらいまで上げる。脱いだ靴を向う岸に投げる。
美香ちゃんに背を向けるようにしてしゃがみ、腰に手を回した。
「はい」
「・・・・え?」
「おぶさって」
「・・・・・え、いや、え?」
「運んであげるから」
「・・・・・・・で、でも・・」
「だいじょぶだいじょぶ。転ばないようにするから」
「・・・・・・・・・・」
少しして、背中に重みがかかる。背中に体温が伝わり、ためらいがちに首に手を回される。
改めて美香ちゃんの『女の子』を意識した。
背中に感じる、つつましやかな柔らかさとかも含めて。
役得です。
「・・・・・転んだら、承知しないから」
ぼそぼそという美香ちゃんの声が、耳元でする。
やっぱり、照れているのだろうか。
「はいはい」
言われた通り転ばないよう、注意しながら川に足を入れる。ヒヤッとした水の感覚に驚いたが、すぐに慣れた。
こういう時に滑らないようにするためには、水流と苔に気を付ければいい。
一歩一歩慎重に、絶対に転ばないように足を進める。
水の流れが思いのほか強く、何度か肝を冷やすシーンもあったものの、何とか向う岸までたどり着く。
「よし、到着」
「よっと」
着いたや否や、すぐに美香ちゃんが飛び降りてしまった。
残念。
馬車の持ち主はまだ表れていないようで、人影はない。
聞こえるのは、心地の良い木の葉のこすれあう音と水のせせらぎ。
そよ風が頬を撫で、美香ちゃんの金髪を揺らす。
本当にきれいな髪だ。まるで絹のように柔らかく、彼女の蒼瞳によく似合う。
前の黒髪も良かったけど、今の髪もとてもいい。
「・・・・信也」
「ん? 何?」
「キモイ」
「ぐはっ」
なぜばれた!
「嫌らしいこと考えてるときの顔してた」
「・・・・・すみませんでした」
別にいやらしいことではないんだけどなぁ・・・
ここは素直に謝っておこう。
「あれ? だれだあんたら?」
すると、美香ちゃんの後ろの木々の中から男が現れた。
堀の深い顔に無精ひげ、全体的にラフな姿をした男だ。茶のズボンに白のシャツ。歳は40ぐらいだろうか。背は190cm位。野太い声が特徴的だ。
「だ、第一村人発見!」
思わず美香ちゃんが叫ぶ。今回はいいタイミングだ。
「どうした、道にでも迷ったのか」
親切な男性が声をかけてくれる。両手いっぱいにリンゴもどきを抱えており、馬車の横にある籠に入れた。
そのうちの一つを手に取り、むしゃむしゃと食べはじめた。
「はい、そうなんです。町に行きたいんですけど、どっちに行けばいいかわからなくて」
「へえ、お前らもゴルドに向かうのか」
聞き慣れない単語が出てきた。町の名前だろうか? ランドに聞けばよかった。
怪しまれては困るので話を合わせる。
「あれ、あなたもですか?」
「おう。俺は行商人のダグってもんだ。お前は?」
「僕はシヤです。こっちは妹のミヤ」
もしも敵に正体がばれてしまっては困るので、あらかじめ考えておいた偽名を使った。ネーミングはランド。
本名をもじっただけの名前だけど、なんとなくそれっぽいからいいんじゃないだろうか。
「あの、できれば道を教えてくれないでしょうか。地図も何もなくて・・・」
「そうか・・・・そうだな、何か商品を買ってくれるんならいいぞ」
「・・・・さすが商人、取るものはしっかり取るんですね」
「当たり前だろ」
にやりと笑うダグさん。
言われた通り、いくつかのものを買った。ドライフルーツみたいなものとか、干し肉とか。
お金はランドにもらってあるので大丈夫なのだが、使いすぎはよくない。いつかはなくなってしまうだろうから仕事も探さなくちゃ。
この世界の通貨は、金貨、銀貨、銅貨で統一されている。単純でいい。
「よし、いいだろう。この川をずーっと下ると、もう一つの大きな川に出る。そこに船着き場があるから、船頭にゴルドまでっていえば、ちゃんと連れてってくれる」
「結構遠いんですね。どのくらいかかりますか?」
「そうだな、歩きでざっと三刻ぐらいか」
「・・・・・遠い・・・」
隣で美香ちゃんがうめく。もう苦行だろこれ。
「あの、ところでダグさんはどうやってゴルドまで向かわれるのですか?」
「ああ、俺か? 俺はこいつに乗って陸路で進むよ。一本橋があるから、そこを渡ってな」
そういいながら、馬車的な乗り物をバシバシ叩くダグさん。
「じゃあ、乗せていってもらうことは・・・・」
「あいにく無理だ。いろいろと用事があってな」
「そうですか・・・」
さすがに、そこまで甘えることはできないか。これだけ親切にしてくれたんだから、もうじゅうぶんではあるけれど。
「・・・・・・・・・・チッ」
隣から舌打ちなんて聞こえてない。全然聞こえてない。
「ありがとうございました、助かります」
「・・・ありがとうございました」
「なんのなんの」
ダグさんにお礼を言って、先を進む。
すみません。長くなっちゃいそうなので、ここで切ります。
あと、やっぱりサブタイトルって、もうちょっと凝った方がよかったでしょうか?