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無題  作者: チャーハン
act/01 きっと、当たり前の日常は
5/15

4話

 あいつが・・・・私の兄、信也がうちに来たのは、今からだいたい十年前の日のことだった。


 よく晴れてたのを覚えてる。


 その日、父は信也を連れて家に帰ってきた。

 父は医師をやっていて、収入もあった。私と母に自分、それにもう一人子供が加わったくらいで、経済的には何ら問題なかった。

 私の家は、そういう家だった。


 玄関にやって来たのは、私と同い年ぐらいの男の子だった。


「美香、この子が今日からお前のお兄ちゃんになる子だ。仲良くするんだぞ」


 新しく家族が増えるというのは、あらかじめ父と母から説明を受けていたので、とくには抵抗を感じることはなかった。

 私はうなずいて、父が言う『お兄ちゃん』を見た。


 第一印象。


 正直言って、怖かった。

 ボサボサの髪に、着古してよれよれになっているTシャツ。土で汚れたベージュの短パンから見える細い足と、肩から伸びたひょろ長い手にはいくつもの痣があった。

 ぼろぼろのビーサンを履き、まるでどこかの遠く離れた戦地からやってきた少年兵のようだ。


 一番怖かったのは、目だ。

 同じ年とは思えないほどに憎悪が溢れた、汚泥のように淀んだ茶色の眼をしている。

 その目は、地べたを見たまま動かなかった。


「ほら信也、お前の妹になる美香だ。挨拶してやってくれ」


 父に挨拶を促されても、信也は動かなかった。


「・・・・信也」


 父は少し険しい顔をして言う。


「・・・・・・・・・・・・よろしく、お願い、します」


 信也は口をもごもごと動かして、まるで興味のない、といった風に喋った。


「・・・・よろ、しく」


「・・・・・・」


 一応挨拶は返しても、反応は無かった。

 うつむいた顔は影になっていて見えない。日差しが強くて、陰が濃い。

 父は、ぱんっ、と手を叩いた。

 乾いた音が鳴る。

 男の人の、大きな手でしか出ない音だ。


「よし、じゃあ中に入ろう。お互いのあいさつも済んだんだし、とりあえずはお昼にしようね」


 父は、笑顔になって、信也を家に上がらせた。

 後ろから歩いてくる信也に、


「君は、これから家族になるんだ。そして僕はお前の父親だ。なんだって言っていいんだぞ?」


 と言った。


「・・・・・・」


 信也からの返事はなかった。

 私とあいつは、促されるまま、会話もないまま、リビングへと向かう。

 

 これが、私とあいつの出会い。





 ■ ■ ■ ■ ■





「一体どういうことなのよ・・・」


 目が覚めたら、またベッドの上だった。

 しかも前と同じベッド。

 横から美香ちゃんの声がして顔を向けると、額に手を当ててため息をつく美香ちゃんの姿。ベッドの横に置いた椅子に座っているみたいだ。


「だから、これが君たちの能力なんだってば。何回言えばわかるのさ・・・」


 右側からランドの声がする。ランドの方を見ると、モスグリーンの瞳と目が合った。


「あ、起きたみたいだよ」


「おはよう信也」


「あぁ・・・おはよう・・・」


 のそのそと体を起こし、あたりを見回す。

 初めに起きた部屋と同じ部屋だ。


「おはよう、キクモトシンヤ。大丈夫? 自分が誰だかわかる?」


「・・わかるよ。そのくらい」


「ちょっと説明してみてよ」


「菊本信也。17歳で、同い年の妹がいる。すごいかわいい妹がいる。あと、すごくかわいい妹がいる」


「うん、大丈夫みたいだね」


「頭はもうダメね」


 美香ちゃんがなぜか、冷たい目でこちらを見てくる。ぞくぞくするね。


「――――――うあっ!?」


 突然、頭に鋭い痛みが走った。思わずこめかみを手で抑える。


「し、信也!? 大丈夫?」


 美香ちゃんが、ベッドに身を乗り出す。

 別に何でもないといった風にランドが言った。


「ああ、まだちょっとダメージが残ってるみたいだねぇ。ま、そのうち慣れるさ」


「ちょっとランド!」


「そんな怖い顔するなよ、キクモトミカ。せっかくボクが作った顔が台無しだぜ?」


 美香ちゃんはランドをにらみつけ、ランドはニヤッと笑って受け流す。

 痛みはすぐに引いた。


「とりあえず休んでてよ。少ししたらまた来るから」


 ランドはニコッと笑って椅子から飛び降り、ドアを開けて部屋を後にした。

 部屋には僕と美香ちゃんの二人だけ。ベッドに座った僕と、その横に座る美香ちゃんが残される。



 唐突に、ふと、映像がフラッシュバックした。

 怖いくらい鮮明に、脳裏に映し出される。



 落ちる僕。

 落ちる美香ちゃんの姿。

 笑うランドの声。

 首の折れた美香ちゃんの表情。

 無表情。

 流れる血。

 とてつもない衝撃。

 背骨の折れる音。

 暗転する視界。



「・・・・・うっ・・・」


 気持ちが悪くなる。胃の中で何かが暴れまわるような、激しい嘔吐感。胃液が逆流しそうになる。こらえる。万が一に備え、口を手で押さえる。


 何なんだ、この映像は。

 

 この幻は。


 美香ちゃんの首は、繋がっているじゃないか。


 あんな風に、骨は出ていないだろう。


「信也・・・・」


「・・・・大丈夫。大丈夫」


 美香ちゃんに応える。

 自分に言い聞かせる意味も兼ねて、繰り返し言う。

 美香ちゃんは生きてる。

 生きてる。

 死んでない。ちゃんと生きてる。

 目の前にいる。


 大丈夫。大丈夫。大丈夫。


「信也、あのね。落ち着いて聞いてね」


「・・・・うん」


「私もさっき説明を受けて、正直混乱してて、何言ってるか全然わかんないかもしれないけど、ちゃんと聞いてね」


「・・・・うん」


 美香ちゃんは、何度か深呼吸を繰り返した。

 呼吸の音だけが、室内を満たす。

 かすかに聞こえる、風で木の葉が揺れる音。


「・・・・ランドから説明されたことは、おぼえてる?」


「・・おぼえてるよ」


 魔法使いの手駒がどうのこうの、っていう話のことだろう。

 僕らは、敵を殲滅しなくちゃならない。敵の手駒を全員殺すのが仕事。

 人を殺すのだ。

 僕らが、この手で。

 殺さないと、ランドに殺される。


「あの時ランド、私たちに『一つだけ『能力』をつけていいことになった』って言ってたでしょ」


「うん」


「それでね、その『能力』なんだけど」



 美香ちゃんは、ネグリジェの裾を強く握りしめ、沈痛な面持ちで告げた。


「【不死アンデッド】って言うらしいの」




 ■ ■ ■ ■ ■




 窓から入る日差しがオレンジ色に染まり、日が暮れたことを告げた。

 戻ってきたランドに連れられてリビングに行く。部屋全体が明るい色合いでやさしい感じのする部屋で、初めて入る部屋だった。


 夕食。


 献立は、木の器に入った牛肉のシチューとライ麦パンだった。ライ麦パンなんて食べたことがなかったが、素朴な味わいで意外とおいしい。これをシチューに浸して食べるとさらにおいしくなって、ぱくぱくと食事が進んだ。

 ランドが作ったらしい。料理は得意なんだそうだ。


 久しぶりにテレビをつけないで食べる夕食は、どこか懐かしく、どこか寂しくもあった。


 美香ちゃんも、少しずつだが食べ進めている。美香ちゃんは基本的にパン好きなので、ライ麦パンは口に合うようだ。僕もおいしいと思ったが、さらにおいしくなったように感じる。

 しばらくみんな無言で食べ進めていると、ランドが話を切り出した。


「二人とも、シチューは美味しいかい?」


「・・・・・」


「・・・・・・・う、うん」


 何も言わない美香ちゃんの代わりに応える。


「そうかい、よかったよかった。僕の得意料理なんだよ、シチューは」

     

「へぇ・・・」


「それにしても、一人じゃない食事はいいもんだね。いつもよりおいしく感じる」

 

「・・・・・・」


 またしても沈黙が訪れた。




 ■ ■ ■ ■ ■




 しばらくして、三人ともほぼ同時に食べ終わった。


「キクモトシンヤ」


 食器を片づけていたランドが、顔を上げて僕を呼んだ。

 天井に付いたシミをぼーっと眺めていた僕は、ランドのほうに首をやる。


「・・・なに?」


「キクモトミカから話は聞いたかい?」


「・・聞いたよ」


 全部説明してくれた。

 ランドが美香ちゃんに話した内容は、おそらく全て。

 能力の話も。


「どう思った?」


 ランドは、小さく首をかしげて言った。

 ひどくおかしそうに、笑いながら。


「・・・・・・ほんとに、あんた」


 狂ってるよ。


 言いかけて、飲み込む。


「・・・いい人だよ。超善人」


「アッハハハ、それ、よく言われるんだよねぇ」


 笑い声をあげ、作業に戻るランド。

 口元の笑みは、剥がさないままで。


「ねえ、信也」


 隣に座った美香ちゃんが、僕に声をかけた。顔はこちらに向けず、うつむいたまま。


「ん? どうしたの?」


 笑顔で応じる僕。

 美香ちゃんは、怯えるような口調で言った。


「・・・・信也は、怖くないの?」


「怖いよ」


 怖い。怖いに決まってる。

 できることなら、全部ほっぽって逃げ出したいぐらいに。小心者なのだ、僕は。


 だけど。


「君がいるから、頑張れるんだ」


「・・・・・そう」


 君がいるから、生きていられる。

 君のおかげで、息ができる。

 心臓が動く。

 この恩は、たとえ一生かかっても返せないものだ。


「やあやあお二人さん、終わったよ」


 ランドが皿洗いを終え、テーブルに戻ってくる。

 向かい側の椅子に座ったランドに、質問した。


「なあ、ランド」


「どうしたの?」


「最初の敵はどこ?」


 ランドは一瞬驚いたように目を開き、その直後、やっぱりな、という風に笑った。


「やる気になったんだね?」


「まあ、仕方なく」


「そうかい。いやあ、本当に申し訳ないと思ってるんだよ、ボクだって。申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」


「嘘つけ」


 こいつはうそつきだ。どうしようもないくらいの。

 それにはもう気付いた。


「それにしても、本当にいいのかい? そりゃあやってくれた方がうれしいけれど」


「もう決めたんだ」


 僕の中でこれは、決定事項なんだ。





「いいよ、なってあげる。君の手駒に」

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