3話
「ボクの手駒になってもらう」
ランドの言葉は、僕には理解できなかった。
手駒?
「まあ、今は特に仕事はないけれど、もう少ししたら働いてもらうよ?」
仕事? 働く?
「仕事の内容は何?」
手駒と仕事。
どうにもつながらない単語だ。
「内容としては、敵の手駒の殲滅」
殲滅?
というか、敵って何? 誰?
顔を青くした美香ちゃんが、驚きを隠せないように言う。
「殲滅って、つまり――――」
「そうだよ、キクモトミカ。殺してほしい。敵全員を」
「こ、殺す?」
殺す? 僕と、美香ちゃんで?
人を、殺す?
「私たちに、人を殺せと?」
「そうだよ」
「僕ら、普通の学生だよ? 殺し屋とかじゃなくて」
「ああ」
ランドは顔色一つ変えていない。こんな話をしているのに。
人を殺す、なんて。おかしいだろ。
「―――――――冗談じゃないわ」
向かい側にいるランドは、なぜかニコニコと笑っている。
正気じゃ、ない。
「―――――――――冗談じゃないわよ、ランド。私たちにはそんなことできない」
僕も同感だ。
学生の僕らは、殺人術も知らない、精々首を切ったり絞めたりすればいいことぐらいしか知らない、ただのど素人だ。
人なんて殺せないし、殺したくもない。
ましてや殲滅なんて単語、テレビの中で言ってるのしか聞いたことがない、現実的じゃない単語だ。
「そうかい」
ランドが立ち上がる。
「もし、君たちがボクのために働いてくれないなら、君たちをもう一回溶かす」
「え」
「君たちにもう一回、死んでもらうって言ったんだ」
もう一回死ぬ? 僕と、美香ちゃんが?
溶かす?
「当然だろう? そもそも生き返らせてあげたのはボクだ。君たちの生殺与奪権は僕にある」
「そ、それは」
うろたえる美香ちゃん。
「君たち、やることないだろ? いいじゃないか、暇つぶしと思えば。知り合いを殺せなんて言ってないんだからさ」
ランドは、完全に脅迫してきた。笑顔で。
「そんなの・・・・」
美香ちゃんが、くちびるを震わせる。
「そんなの、おかしいわよっ!」
机に手を強く叩きつけて、花瓶が倒れる。
ガチャン、という音とともに水がこぼれて、一緒に花も流れる。
床が濡れた。
「おかしい、そうだね。でも、仕方がないんだ」
「なんで? なんで、その『敵』を殺さなきゃいけないの? ほかに方法は? 何もないの?」
ほかに方法があるんじゃないか。和解したり、とか。
「そもそも、どうして僕たちなんだ? それ専門の仕事の人を雇えばいいだろ?」
「それはできないんだよ、キクモトシンヤ」
「なぜ?」
「僕らの間で、決めたことなんだよ。これは、ゲームを進行するための重要なルールなんだ」
「僕ら?」
「そう。世界中の魔法使いの間で、決めたことなんだ」
「魔法使いの間で・・・?」
よく理解できないんだけど。魔法使いの間で?
「まあまあ、キクモトミカも座ってくれよ。君のお兄ちゃんはこんなに落ち着いてるぜ?」
いや、別に落ち着いてるわけじゃないけど・・・・
「・・・・・・・・」
美香ちゃんは僕のほうを一瞬見た後、「ふんっ」と言いながら座りなおした。
「さて、じゃあ説明してあげよう。なんで君たちなのか。なんで君たちに、この仕事を任せなくちゃいけないのか」
美香ちゃんと、ランドの話に聞き入る。
空気がなんとなく張りつめているのを感じる。
「そもそも、この世界に魔法使いが全部で何人いるか知っているかい?」
美香ちゃんが答える。
「そんなのわからないでしょ。魔法使いは職業なんだから、何人もいるわよ」
それを聞いたランドは、やっぱりな、といった風に言う。
「まずその認識からして間違っているよ。ボクらの世界で魔法使いは職業じゃない」
「・・・・じゃあ、なに?」
「種族だよ」
「種族ってどういうこと? 人間じゃないの?」
「ああ。普通の人間は魔法なんて使えない。永遠の命だって無い。精々100年かそこらで死ぬ」
「で、でも」
「まあ、『種族』と言っても、あくまでくくりでしかない。ボクらと彼らの容姿は同じだし、体のつくりだって大体同じさ。違うのは、魔法が使えるかどうかと、寿命の長さ。それだけ」
「じゃあ、同じ種族じゃないの?」
「違うよ。ボクらは永遠に生きる。彼らとは、似て非なる存在だ」
「・・・・言い回しが痛々しいわね」
「い、いいだろう!? このセリフ一回言ってみたかったんだから!!」
「はいはい厨二乙厨二乙」
「うあああああああああああああ」
そうなのか。
ランドは人間じゃないのか。
まあ、だからどうしたって話なんだけど。永遠の命は少しうらやましい。
「で、ボクたち魔法使いの数なんだけど、世界中に今13人いるんだ」
「13人って・・・ ずいぶん少ないわね」
そもそも、僕らの世界には魔法使い的なファンタジーの住人はいなかったはずだけど、美香ちゃんは何を基準に「少ない」と言ったのかな?
漫画とかゲームとか、そこらへんの知識だろうか。美香ちゃんの認識では「魔法使い=職業」のようだ。そういえば美香ちゃん、中学の頃あんなに『魔法使いになりたい!!』とか言ってたもんな・・・。あの頃もかわいかったなぁ・・・。
でもこの前(前の世界で)「美香ちゃん中学の頃さぁ・・・」と今の話をしたら、うつむきながら首から上真っ赤にして「黒歴史黒歴史黒歴史・・・・・」とか言いながらめっちゃはずかしがってたな。
恥ずかしがり方もかわいい。さすが僕の妹。
「そう。で、その13人で組織を作ったんだ。なんとなく寄せ集まって、一番偉い人を決めた」
「へー」そうなのか。
「その人が僕らのリーダーとして、みんなにあれこれ命令して、世直しを始めたんだ。本人は『世直しだ!!』って言ってたけどね」
「ふむふむ。組織的なやつなんだね」
「だけど何年か前に、その人がいきなり『飽きたからやめるわ』とか言って消えたんだよねぇ・・・」
「消えたってどこに? 死んだの?」
「いや、死んではいないと思うよ。そもそも魔法使いは死にたくても死ねないんだから」
「あ、そうか」
そういえばなんか言ってたっけ。永遠の命とか。
「でね、そのリーダーの代わりを決めなきゃいけなくなったんだよ。残りの12人の間で、やっぱりリーダーは必要だって話になったんだ。いろいろ話し合った結果、それぞれに手駒を用意して、それを使って殺し合いをすることになった」
「発想がひどいわね・・・」
「まあ、魔法使いだしね。変人ばっかなのは仕方ないのさ」
「・・・それで?」
「その手駒は、もちろん人間。この世界の住人じゃなく、異世界の住人を使わなくちゃいけない」
「なんで? こっちの世界から選べばいいじゃん」
というか、なんで異世界なんだ。こっちからしてみれば大きな迷惑だろうが。
「やっぱり、自分たちの世界の人間を使うのは何かと気が引けるんだよねぇ。ほら、倫理的にどうかなって」
「新しく人間作ってる時点で倫理も何もないでしょうが」
美香ちゃんの鋭いツッコミ。確かにその通り。
「いやぁ、そうなんだけどね。でもまあ、異世界人だからセーフってことで」
「アウトでしょ」
「いいんだよ! セーフなの!」
「そ、そうですか・・・」
なんかすごい大声で怒られた。
あんまり怖くない。本人かなりのご高齢らしいけど、見た目が見た目だしなぁ・・。
どうしても、小さい女の子が騒いでるようにしか見えないし。
「なんかナメた顔してるけど・・・ 溶かすよ?」
「ごめんなさいなめてました」
この人目がマジだよ。
「でもって、その異世界人の選び方にもいろいろ制限があってさ。大きい魂は持ってこれないから、なるべく若い人間を。あと、わざわざ殺すのはかわいそうだから、偶然死んだ人間の魂を使うことになった」
「魂に大きさなんてあるの?」
「うん。人間は年を追うごとに、一回りずつ魂が大きくなるんだよ。あんまり大きいと持ってこれない」
「へー」
「で、君たちが死んでた。だから連れてきた」
「偶然?」
「そう。まったくの偶然」
偶然らしい。なんというか、どうにも拍子抜けだ。もうちょっと理由があったと思ったんだけど。
「でねでね、ここからが本題なんだよ」
ランドがテーブルに両手をついて、僕らのほうに顔をぐっと近づけてきた。なんか楽しそうだ。
「流石に生身の人間を戦わせるだけじゃ、どうにも面白くない。だからね、一つだけ『能力』をつけていいことになったんだ」
「能力? どんなものよ?」
能力の単語に美香ちゃんが反応する。心なしか目がいつもより輝いてるし、琴線に触れる部分があるのだろうか。
ランドが、ふふふっ、と笑う。
「そうだね、気になるよね。キクモトシンヤも気になるかい?」
「うん、まあ」
どんな能力かは、当然気になる。
すると、勢いよく立ち上がったランドが言った。
「よろしい、見せてあげよう! これが君たちの『能力』だ!!」
「―――っっ!!」
急に大声を上げるので、思わず身構えてしまい身体がこわばる。
1秒。
2秒。
3秒。
・
・
・
・
10秒ぐらい待っても、一向に何も起きる気配はない。
沈黙が訪れる。
・・・・
・・・・・・
「・・・・・あの、ランド、何も起きないんだけ――――」
「今だっっ!!!!」
そういってランドが指を鳴らした、次の瞬間。
「――――へっ??」
まず、すごいきれいな景色が広がった。
空にいる。
というか、
「――――――おおおおおおおおおお落ちてるううううううううううう」
すごい落ちてる!
空から!
「きゃあああああああああああ」
横では美香ちゃんが悲鳴を上げる。
上のほうからランドの声がする。
「二人とも、びっくりしたー!?」
「うがあああああああああ!!」
「きゃあああああああああ!!」
でも、それに応える余裕はない。
というか、これ。
「これ、ぜったい、死ぬううううううう」
「そうだよ!」
上から再びランドの声。
「でも、大丈夫! 死ぬけど、死なないから!!」
「お、お前、頭沸いてんじゃねえのおお!!!」
「・・・・」
少し下を行く美香ちゃんを見ると、どうやら気絶してしまったらしく、目をつぶっていた。もしかしたらあきらめただけか。
そうこうしている間にも、確実に地面が近づいてくる。
必死に手足でもがいても、むなしく空を切るだけ。
そして、地面が目前に迫り。
首があり得ない角度にまがった美香ちゃんが視界に映り。
「あ、これ死んだな」
僕、菊本信也は。
2度目の死を迎えた。