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無題  作者: チャーハン
act/02 反乱
14/15

10話

 取引、しないか?

 僕と美香ちゃんは、能力によっていくら殺しても殺せない。かといってお前のように強いわけじゃないから、人なんて殺せるはずない。

 このまま一方的な蹂躙が続いてもどっちの得にもならない。むしろ損ばかりだ。僕は痛いし、お前も疲れてる。……いろんな意味で。

 だから、取引だ。

 一緒にやりたいことがある。

 神崎みたいに強い奴ならきっとできることだけど、弱い僕らにはできないことだ。

 その内容については、美香ちゃんも揃ってから話すとして……。

 どうだろう?

 ひとまず、休戦と行かない?




 ■ ■ ■ ■ ■




「で、あの人に背負われて、一緒にジャンプしてきたわけね」

「そう。そういうこと」


 あらかたの説明を終えて、ベッドにばふっと身体を投げ出す。

 僕らは再び、濡れガラスのヤドリギの一室に戻っていた。

 美香ちゃんに僕、神崎に紫苑さんの四人は、あのあと一旦それぞれの宿に帰って僕の『取引』について話し合うことになった。詳しい事情を話すのはそのあとだ。

 僕と神崎はともかく、美香ちゃんと紫苑さんには、積もる話もあるだろうし。


「美香ちゃんの方はどうだった? なにかされなかった?」

「さっき話した通りよ。なんか連れてかれて、転がされて、縛られた。それからちょっと話してたら、あんたらが来た」


 なされるがままに……。


「どんなこと話したの?」

「別に。……ねえ、信也。紫苑、ちょっと変じゃなかった?」


 美香ちゃんは腕を組んで顎に手をやり、まるで探偵か何かのように言った。

 紫苑さんが、変? うーん……、よくわからないけれど……。

 あ。


「そういえば、来てるマントがやけに長かった。あの身長には長すぎるよね、あれ」


 下手したら引きずるくらいの長さだったからな、あれ。

 自分で買ったなら、もう少しサイズの合ったものを着るだろう。ということは、誰かからもらったものか。誰か……。神崎? または……。


「……あのマント、魔法使いからもらったんじゃないかな?」

「変な推理しないの。私が言ってるのはそういうことじゃなくて」


 はぁとため息をついた美香ちゃんが、心配そうに窓の外を見やる。

 あの目は、紫苑さんのことを思っているのだろう。

 美香ちゃんの親友。僕もまあ、何回か面識はある。うっすらとしか覚えてないけど。


「紫苑、なんか、変だった。今までの紫苑じゃない感じだった」

「具体的には、どこらへんが?」

「口調とか、表情とか、ふるまいとか」

「……ふぅん」


 そうか。よく見てるんだ。そりゃそうだ、親友なんだから。変わったことがあったら普通は気付く。

 親友なんだから。


「でもさ、美香ちゃん」

「ん?」

「また会えて良かったね、紫苑さん」

「……」


 僕の言葉に美香ちゃんは真剣だった表情をほどき、一瞬驚いた顔になってからそっぽを向いた。……どうしたのだろう。照れたのかな。


「ねえ、信也……いえ、兄さん(・・・)」

「……」


 あぁ、と。

 僕は忘れていた。完全に忘れていた。きれいさっぱり忘れていた。

 美香ちゃんからあの子を奪ったのは、僕だった。あの時の美香ちゃんは、本当に辛そうにしていたのだ。親友を失ったのが辛かったのだろう。その親友がいなくなったのは、僕のせいなのだ。

 本来、兄は妹から『お兄ちゃん』やそれに類する単語で呼ばれると大いに喜ぶはずなのだけれど、僕らの間での『兄さん』は、また違う意味を持つものになっている。

 蔑称とか、そういう感じの。

 僕らがまだ、『兄と妹』だった時の呼び方。今でも僕は兄妹のつもりだけど、美香ちゃんとしては僕は『他人』らしい。最近は埋まってきたと感じた溝も、まだまだ深かったようだ。

 だから僕も、あの頃の呼び方で答える。


「なんだい、美香」

「大嫌い」

「僕は君が大好きだよ」


 美香は振り向き、僕の方を見た。キッと眉を吊り上げ、憎悪にまみれた瞳で僕のことを捉える。

 怒っている美香もやっぱり可愛かった。

 数秒睨まれ、ふっと視線が外される。ビンタかな、と身構えたけど、幸い平手が飛んでくることはなかった。美香の手が痛まずに済んで何よりである。

 別に僕の頬が痛まなかったのは、どうだっていいことなのだ。

 美香はカバンを肩にかけ、ドアの方に向かう。


「……そろそろ約束の時間よ、信也」


 ドアノブに手をかけてこちらを見る美香の顔には、いつも通りの無表情が貼ってあった。

 そう、いつも通りの。

 だから僕もそれに応えるように口角を引き上げ、明るい声で言う。


「じゃあ行こうか、美香ちゃん」




 ■ ■ ■ ■ ■




「おーい」


 先に来て待っていたらしい神崎と紫苑ちゃんに手を振る。神崎はこちらを一瞥しただけで何も言わず、紫苑さんはそもそも呼ばれたことにすら気づいていない模様。ぼ~っと虚空を見つめている。

 時刻はちょうどお昼時。

 僕らは話し合いもかねて、近くの酒場で一緒に食事をすることになった。待ち合わせはその酒場の前。どうやら神崎たちの方が早かったらしい。

 近くまで行って神崎にねぎらいの言葉をかける。


「お待たせ」

「……まさか来るとはな」

「だってお昼ごはんだし」

「……ちっ」


 舌打ちされた。


「じゃあ、入ろうか。ね、美香ちゃん」

「ええ」


 後ろの美香ちゃんに言って、酒場に足を踏み込む。




 ■ ■ ■ ■ ■




 話し合いは円滑に進んだ。主に話し合うのは美香ちゃんと神崎で、僕と紫苑さんは蚊帳の外状態。神崎をからかったり料理を食べることしかできない。

 苦ではなかった。

 約一時間ほどで終わった話し合いの結果、僕らは一緒に行動することになった。

 少なくとも僕が提案した『取引』の内容が終わるまでの間は、一緒に。

 他の魔法使いの手駒がやってくるかもしれないため、午後にはこの町を出発する流れとなった。僕らも神崎たちも、移動しやすいように荷物だけは少ないのだ。


「とりあえず、次は南に進む」


 食事が終わり酒場から出たとき、神崎がそう言った。


「なんで?」

「そっちの方で、でかい事件があったらしい」

「良く知ってるね」

「酒場で言ってるやつ居たろ」

「聞いてなかった」

「カスが」

「文房具に罵倒された!」

「死んどけ」

「けんかするな信也」

「兄さんうるさいです」

「「すみません」」


 兄が妹に頭が上がらないのは世界共通かもしれない。

 そんなこんなしながら、宿に到着。店主にいなくなることを告げ、店を出る。

 再び神崎たちと合流し、街の南門まで移動する。途中ふと、あのジャンプで連れてってくれれば早いのにと言ったら、今日はもう使えないらしい。一日一回限定で超人的な力が使える能力らしい。

 案外不便だな。

 思い出深……くもない街を抜け、南門の前に立つ。兵士の人に外に出ることを告げると、軽い身体検査ののち、やっと石門を通してくれた。

 この仰々しい門とも、これでお別れ。

 南に向かう馬車に乗せてもらうことになった。乗車料の交渉は美香ちゃんがやってくれた。金額は決まったけど……。


「大分ぼられてない?」

「……そんなこと、ないわよ」

「えぇーー……」


 馬車に揺られ、街を抜ける。

 吹く風は、僕らをどこに連れて行くのか。


 ともかく、初めての馬車での旅が始まった。

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