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無題  作者: チャーハン
act/01 きっと、当たり前の日常は
10/15

8話

新キャラ登場です

 右腕が飛んだ。


 焼けるような痛みが全身を襲い、栓を抜いたシャンパンみたいに血液が噴き出る。あまりの痛みに飛びかけた意識も気合で何とか引き止めた。

 食いしばった歯の間から気味悪いうめき声が漏れ出した。


「思ったよか大分弱いじゃねえか、ぁあ!? そうだろキクモトオオオ!!」


「・・・・・」


「ははははっ、つぶれたカエルみてえじゃねえかよおい! 哀れなもんだな天才さんよお!!」


 下卑た笑みを浮かべた男が、鋭い蹴りで僕の腹を抉るように蹴り飛ばす。

 哀れ僕の体は軽々と空を舞い、数秒間にわたる浮遊感は疲労した感覚によって限界まで引き延ばされる。

 受け身も取れずに地面へ落下。

 千切れたばかりの右手があった場所から地面に飛び込み、御丁寧にも丹念に砂や得体のしれない塵芥がしっかりと刷り込まれる。むき出しになった痛覚神経が直にすり減り、頭の裏側で何回も火花が散った。

 男が追ってくるまでにはまだ数秒残っている。

 僕は無傷の左腕をカバンに突っ込み、刃渡り15㎝ほどのナイフを取り出した。逆手にもって自分の喉笛を掻っ切る。

 激痛と共に視界が暗転。

 しかしすぐに覚醒。無傷に戻った全身を確認した後、急いで駆け出す。とにかくあいつと距離を取らなくては。ナイフを再びカバンにしまいながら体制を整える。

 そうして僕が踵を返したと同時、背骨に激しい衝撃。息の詰まるよりも早く身体が吹っ飛び、10メートルも飛んだところで地面に滑り込み。何度も転がり続け、止まったころにはもう僕の三半規管はぐっちゃぐちゃで、起き上がれるような状態じゃなかった。


「おいこらぁ・・・」


 上の方から男の声がする。男にしてはややハスキーな、しかし獰猛さを孕んだ声。

 僕の嫌いな声だった。

 昔から。


「起きろやキクモトオ!!」


「ガフッ」


 男の踵が無防備な僕の横腹を潰しにかかる。

 パチンッ、と何かが爆ぜる音がした。

 見ると、腹が裂けていた。

 中からでろでろとこぼれている僕の内容物と共に思考が混濁し、目の前の光景が一瞬理解できなくなる。

 が、すぐに思い直す。

 こんなの、ランドに何回も見せられたじゃないか。何を焦っていたんだ僕は。


「ははっ、やっぱ脆いなお前! 蹴り一発で割れんなよ!」


 男が笑う。とがった口角を表情筋でひきつらせ、中から真紅の舌がのぞく。懐かしい表情だった。

 自分の体から熱が失われていくのを感じる。内臓はもうあらかた吐き出されていて、あとはもう血液が流れ出るばかりのようだ。男が踵を使って僕の体を弄んでいるが、すでにもう僕の痛覚は摩耗しきっていた。

 何も感じない。

 視界の隅から徐々に光が失われてゆき、どうしようもなく巨大な孤独感が僕を襲う。

 怖い、とか思う前に死んだ。

 直後覚醒。痛みは消え、クリアな視界が僕のもとに帰ってくる。男からの重圧は消え、体は健康体そのもの。

 さっきとの感覚のギャップに吐き気がする。

 急いで体を回転させ距離を取り、できる限り早く身体を起こす。視界に男の姿が写って身構えるも、相手に動く気配はないようだ。

 黒の革ジャンにジーパン。赤と黒がまぜこぜになった髪をボサボサにし、じっと僕のことを見据える男。

 しばしの沈黙ののち、口を開いたのは僕の方だった。


「・・・・久しぶり、かな?」


「10年ぶりだ」


「どう? 元気してた?」


「死んだからここ来たんだよ糞馬鹿野郎」


「そりゃそうか」


 男がしかめっ面をして毒を吐く。

 神崎定式かんざきじょうしき

 それが、この男の名前だ。





 ■ ■ ■ ■ ■





 ランドからの連絡を受けた僕は、目が覚めてすぐ、帰ってきた美香ちゃんにペナルティーのことを伝えた。

 それを聞いた美香ちゃんはかるいパニックになってしまった。仕方ないだろう。自分の位置情報が筒抜けなんて、殺してくださいと言ってるようなものだ。いや死なないけど。

 僕らは話し合ったのち、このまま町に残ることに決めた。人が多いところだし、敵の手駒たちも大きな騒ぎは起こしたくないはずだろう、と踏んだのだ。


 踏んだのだが、それは大きな踏み違いだった。


 翌日の朝に外へ出ると、出た瞬間に思いっきり蹴り飛ばされた。魔法使いの加護を受けた何者かに、魔法の力で。

 そこからは、ずっと蹴られっぱなし逃げっぱなし。死んでは生き返り、生き返っては死に。

 美香とはもうはぐれた。


 ランドからもらったナイフの使い道が分かったような気がする。あいつは何も言わなかったけど、このナイフは絶対に自害するためのものだ。

 まあ、そんな感じで蹴られまくって、民家のかべも件の街壁も全部突き抜けて何度も肉団子になりながら、僕は町の外までやってきた。

 僕と美香が街に入ったのとは逆方向にある、荒れた感じのなんにもない平原。赤茶けた砂埃が舞い、ところどころに大きめの岩が不恰好に寝転んでいる。


「なあ、キクモト」


 神崎が口を開いた。


「なにさ」


「てめえ、俺のこと覚えてるよなあ」


 覚えてるも何も。一日たりとも忘れたことはない。

 僕が殺し損ねた、頭の悪いチンピラ。


「もちろん、覚えてるよ? 神崎」


 僕は笑って答える。今の今まで蹂躙されていたのも忘れて、無意識に、とても嗜虐性をはらんだ笑みを。

 自分でそういう笑い方をしてると自覚してる分、よっぽどたちが悪いなあ。

 僕の答えを聞いた神崎が、しかめていた顔をもっとしかめる。

 いや、もうあれは怒ってるのか。


「・・・・俺はもう、お前の面を拝むことは一生ねえもんだと思ってたんだがな・・・」


「良かったじゃん、また会えて。旧友との再会。まあなんとロマンチックな話だろうね、涙が止まらないよ僕は」


「ほんとお前死ねよ」


「そっちこそ」


 僕は笑ったまま、神崎からの怒りを受け止める。笑みを鏡代わりにして、倍にして返すように。

 なんでお前がここにいるんだよ。

 一番邪魔な人間が、僕と同じこの世界に。

 とりあえず僕は、神崎のすきをうかがうために会話を進める。

 もしかしたら天文学的な確率で、懐柔の余地があるかもしれない。・・・まあ、ないとは思うけど。


「にしても意外だなあ、神崎がここにいるなんて。どうしたのさ、死んだの? どうやって?」


「・・・・あいっ変わらず気味わりぃ奴だなお前」


「あれ、シカト?」


「てめぇにんなこと教える義理はねえだろ」


「ええ~、つめたいなー」


「たいして気にもなってねえくせに」


 ばれたか。


「そんなことないよ、冷たいじゃん神崎」


「・・・なあ、聞いても良いか」


 神崎が僕の発言を無視して質問をする。

 その「聞いても良いか」って発言自体もう質問なんだけど、まあそれは置いといて。

 何の質問かは大体予想ついてるけど、一応聞いてみる。


「何?」


「お前、罪悪感とかないのか?」


 やっぱり。

 やっぱり、予想通りの質問だ。単細胞の脳味噌はトレースしやすいな。

 この世界まで来てまだそんな話に固執してんのか、この男。心底見上げた執念深さだ。

 いや、深いから見下げた? まあいいや。


「何のこと?」

 

「・・・・っざけんなよてめえ!!」


 試しにしらばっくれてみたら、神崎が切れた。

 叫んだ神崎は息を切らして、自分を少し落ち着かせるために荒くなった呼吸を整える。

 少しして神崎は、再び口を開いた。

 かなり怒気をはらんだ口調で、僕を黒の瞳でねめつけながら。


「・・・・・お前、自分が何しでかしたかの自覚、あんのか?」


「あったらこんな態度取らないよ」


 馬鹿じゃねえの?


「お前、人に、人の家族にあんなことしといて、自覚ないのか?」


「だからさぁ――――――」


 僕が答えようとすると、


「そうか、もうわかった」


 僕の答えを途中で遮った神崎が、顔を上げながら言った。



「今から俺の中で、お前を『人間』の分類カテゴリーから外す」



 何言ってんだろう、こいつ。


「だからお前は、いや、目の前の物体ものは、ただの肉の塊。俺の中では、ただの破壊対象」


「?」


 すると、あたりの空気が一変する。急に張りつめ、肌がひりつく。


物理限界突破リミッターオフ、破壊対象を固定観察ロック


 神崎の声が無機質なものに替わり、抑揚がなくなる。


 直後。


 空間が歪んだ。




 ■ ■ ■ ■ ■








 ■ ■ ■ ■ ■




「すみません、先輩。もう終わりますから」


 私を抱えた人物の方から声がする。声色からして女の子らしい。

 目の前を景色が過ぎてゆく。無力な私は、どうやってもこの子から逃れることはできない。そもそも今逃げても、地面に落ちて死んでしまう。もう死ぬのは嫌だ。

 昨日宿に帰った私は、信也から魔法使いによる『ペナルティー』について、詳しい説明を受けた。

 戦慄した。

 隠れなきゃいけない相手に自分の場所がばれているなんて、冗談じゃない。そんなの、GPSをつけながらの鬼ごっこじゃないか。

 完全に無理だ。

 混乱した私をなだめた信也は、これからのことを話し合おうと提案してきた。私もそれに賛同し、二人で話し合いを始めた。色々な案が出されたが、結局このままこの町に残ることに決まった。

 その晩はもう眠りにつき、翌朝起きて、身支度を整え、朝食を取るため外出。信也がドアを開けると、

 横向きに信也が吹っ飛んだ。

 状況が飲み込めないままに、無意識に私も一歩前へ足を踏み出す。すると、横殴りに強い衝撃。次の瞬間、私の視界はゴルドの街を一望していた。

 私を抱えた女の子は人間離れした脚力で家々の屋根を蹴り、何メートルもの距離を一気に跳躍して進む。着地の際の衝撃はほとんどない。


「あの、もしもし」


「・・・・・」


「あの!」


「・・・・・」


 何度か呼びかけてみるも応答は無し。聞こえていないのか、聞こえていて無視しているのか。

 しばらくなされるがままの状態が続く。特に苦しくはない。おそらくこの子は敵の手駒か何かなのだろう。当然、私と信也を狙うわけだ。

 焦りはない。私は死なないし、死ぬのももう覚悟が出来て・・・・いや、もうあきらめはついている。痛いのは我慢しなくてはいけない。

 一段と大きな跳躍の後、急にあたりの景色が変わった。建物だらけの街から、街壁の外に飛び出たのだ。大きな川と森があるので、おそらく私と信也が入ってきた方向だろう。

 女の子はそのまま地面に降り立ち、片腕に抱えていた私をゆっくりと下におろした。何とも丁寧な扱いに違和感を覚える。これから殺すだろう相手に何を気遣っているのだろうか。

 なされるがままに地面に寝かされる。

 ごろんごろん。


「・・・・」


 無言で転がる私を女の子(?)が何も言わずに見つめている・・・たぶん。フードのせいで影ができており、顔が見えないのだ。


「・・・・」


「・・・・」


 沈黙は続く。

 とりあえず体を起こし、女の子と正面から対峙する。背丈は私より高いが信也よりかは低い。165ぐらいか。体つきは細身で、目立ったものは持っていない。頭までかぶったコートに隠してあるのかもしれないが、そこまではわからない。

 森の近くまで来たようで、女の子越しに森が見える。その上にゴルドの街壁が頭をのぞかせ、ここがかなり遠くまで離れた場所だということを思い知った。

 信也は大丈夫だろうか。はぐれてしまったけど、また会えるだろうか。


「お久しぶりです、先輩」 


 私が益体もなくそんなことを考えていると、女の子が声をかけてきた。

 先輩?


「あなた、誰?」


 私のことを先輩なんて呼ぶ人は、どの世界にもいないはずだ。後輩と仲良くなったことなんて一回もないし。

 私が聞くと、女の子が答えてきた。何とも平坦で、のっぺりした声で。


「お忘れですか、先輩」


「・・・悪いけど、私のことを先輩なんて呼ぶ人、会ったこと無いの」


「・・・・・・」


 また沈黙。どうにもテンポが悪い。


「フード、取ってくれない? 顔見えなくて」


「・・・はい」


 私が頼むと、女の子がおもむろに両の腕をフードへ伸ばした。

 するり、とフードが落ち、彼女の顔があらわになる。


「どうですか、先輩」


 彼女は上目づかいに私のことを見、儚げに質問してくる。

 思わず息を飲んだ。ヒュッ、と、咥内を無意識的に空気が通過する。舌が乾いて張り付く。


「紫苑、さん?」


「そうです。お久しぶりです」


 肩口までで切りそろえられた黒髪。

 やさしそうに垂れた瞳。

 私の唯一無二の親友が、そこにはいた。






 2年前に兄が殺した、私の親友が。

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