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煉獄のバラッド -九曜伝-  作者: 宮崎
運命は夜明けを待つ
33/34

#32 連鎖を呼ぶ声

「もう、早くこいつを捕まえて帰ろう、小狐丸!」


 小烏丸が羽を広げて空へと舞い上がった。直弥の頭上を飛び越し、颯太を狙うつもりらしい。

 颯太は拳をさらにきつく握った。


(お願いだ、俺の中に真名があるなら!力があるなら!)


 自分にもできることをしたい。この呼びかけに、応えてくれるなら――。


(目覚めてくれ!今すぐに!!)


 目を閉じ、颯太はひたすらに祈る。小烏丸が向かってくる気配がしたが、颯太は自分自身に意識を集中させた。瞼の裏の暗闇をじっと見つめ続ける。すると、ふいに光が見えた気がした。蝋燭の炎のような小さな輝きが揺れる。


「なっ、颯太……!?」


 直弥の驚きの声が耳に届き、颯太はハッと目を開けた。小烏丸の進路を妨害しつつも、唖然とした様子でこちらを見つめている直弥がいる。視線を横にずらせば、同じ表情の遊璃も見えた。


 颯太は、二人の視線が注がれている自らの身体を見下ろした。別にどこも変わったところはない。


「颯太、力が魂を包んでる」

「えっ?……いや、全然わからないんですけど」

「え、見えてない?今、光ってるじゃん」


 直弥の言葉通り、颯太の魂は光で包まれている。だがそれはいつものことだ。言われてみれば、いつもは淡い光が今はだいぶ輝度を増し、くっきりとしているように見える程度の変化があるだけで――。


 そこでようやく、颯太は気付いた。これまで、この光は颯太と芙蓉しか見えていなかった。それが今、直弥や遊璃にも見えているのだ。これは明らかな異変だ。


「でも、それだけじゃ……」


 何も出来ない、と唇を噛み締めかけたときだった。直弥の一瞬の隙をついて脇を通り抜けた小烏丸が、颯太に向かって猛進してきた。身体が動かないとわかっていても、防衛本能が働く。颯太が翳した腕に小烏丸の手が触れた時、颯太を包む光はさらに輝きを増した。


「え……!?」


 颯太は、自分でないものの気配を感じた。触れられた箇所から、何かが颯太の中に流れ込んでくる気がする。


「うわっ!な、なんだ今の!?」


 押し留めることなどできなかったそれは、小烏丸が悲鳴と共に手を引いたことで収まった。小烏丸は戸惑ったように掌を確認すると、「なにをした」と颯太をきつく睨む。そう言われても、颯太にも何が起きたのかまったくわかっていない。射るような視線に後ずさり、また、気付いた。


「動けてる……!?」


 颯太はいつの間にか浮くのをやめ、地面に立っていた。後ずさった右足がしっかりと公園の砂を踏み締めている。制御のきかなかった身体が、颯太の思う通りに動いているのだ。


 真名の力なのか、それはまだわからない。ただ、自由に動けるようになった事実に颯太は歓喜した。こうなれば、颯太にも出来ることがある。


「遊璃、俺がこいつら引き付けるから、その間に結界を!」

「えっ、颯太!?」

「おい、俺はこっちだぞ、小狐丸!」

「あっ、『ヘンなイキモノ』が逃げた!」


 ――颯太の役目は囮だ。

 小狐丸の注意を少しでも引きつけられればいい。案の定、颯太が身を翻したことに小狐丸は反応した。


「無駄だよ!逃げたって捕まえるんだから!」


 小狐丸が地を蹴り、跳躍する。颯太の行く手を阻むように目前に降り立つと、鋭利な爪を光らせながら近づいてきた。深紫の瞳が、颯太の足を見つめる。


「ちょっとだけ、それを動かせないようにするね?」

「なっ……!」


 予想以上に小狐丸を焚き付けてしまったらしい。颯太は小狐丸との間合いを計りながら、どうすべきか必死で考えを巡らせた。動けるとはいえ、小狐丸の攻撃を完全に防御できるかわからない。できるだけ遊璃からはなれて時間を稼ぎつつ、なんとか攻撃を凌がなければ。


 小狐丸の爪が音を立てて空を切る。辛うじて飛び退いたが、目の前の光景に冷や汗が吹き出た。颯太が居た場所に爪が突き刺さり、地面が深々と抉られている。小狐丸は宣言通りに足を狙っていた。次の一閃は、もう防ぎようがなかった。確実に足を抉るはずの攻撃に、颯太が覚悟を決めた時だった。


「――お待ちなさい!」


 頭上から凛とした声が降ってきた。加えて、何かが飛び込んできて颯太と小狐丸を隔てる。


 ぴしゃり、と鋭い音を立てて地面を叩いたそれは、返す動きで小狐丸の爪に絡まった。蔦のように伸びたそれには、見覚えがある。倉間の屋敷でも見た、鞭だ。それを操る先を辿れば、やはり、莉華子が地面に着地するところだった。さらにその上から、二人の影が降ってくる。


「莉華子、結月……!?紅駒も!」

「颯太、大丈夫!?何があったの」


 結月が颯太へと駆け寄ってきた。魂の姿であるにもかかわらず身体が制御できている様子に驚いているようだ。それから周囲を見渡し状況を確認すると、直弥へと声を投げかけた。


「これはどういうこと?さっき結界が壊れたのを見たのよ」

「姫、なぜここに……って、今は説明してる場合じゃないんだ。ちょうどいい、そのまま颯太についててくれ!莉華子と紅駒は、妖狐の相手を頼む!」

「――承知」

「わかりましたわ」

 

 莉華子が頷くと同時に、紅駒がそのそばに飛んだ。二対一になり、小狐丸は一転して不利になったことを悟る。


「お前たち、誰なの?『ヘンなイキモノ』を捕まえるんだから、邪魔しないでよ!」

「あなたこそ大人しく捕まりなさい。遊んでいる暇などないのですわ。遊璃、結界は」

「……もう、できる」


 颯太が小狐丸を引き付けた直後から、遊璃は結界構築に入っていた。呟きの後、組まれた指がぴたりと動きを止め、閉じられた瞼が開く。結界が完成したのだ。直弥がすかさず叫んだ。


「遊璃、一瞬でいい。力を使うことを躊躇うな。どうにかしてこいつらの影を縫え」

「そんな……」


 遊璃はまたも躊躇う素振りを見せた。どうやら、直弥や莉華子たちと違って積極的に力を具現化したくないらしい。だが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。遊璃は唇を噛むと、その両手に仄かな光を宿す。


「そんな簡単に……言わないでよ!」


 瞬きする間もなく、遊璃は両手を交差するようにして光を投げつけた。


 投擲された光は、空気を切り裂きながら形を変え、小烏丸と小狐丸の足元に突き刺さる。地面に食い込んだそれは、大きく鋭い矢じりのようだ。忍者が使うクナイに似ているというのが、一見した颯太の感想だった。研ぎ澄まされた二つの両刀は鈍く光っている。


「なーんだ、全然かすってもないよ?残念だったね」

「どうだろうな。残念かどうか、確かめてみればいい」

「……え!?」


 勝ち誇った顔の小烏丸は、直弥の振り下ろした刀を避けようとして――動くことができなかった。袈裟懸けに斬られてもおかしくなかったが、直弥の刀は寸前で止められている。小狐丸のほうも同様に、その後の莉華子の攻撃に抵抗できなかったらしい。鞭が小狐丸の身体に絡みつき、きつく縛り上げている。


「あいつら、どうして動けなくなって……」

「『影縫い』よ。妖魔は闇と繋がっているから、影を縫い留めれば足が動かせなくなる」


 颯太の疑問に結月が答えた。どうやら遊璃の攻撃は直接的なものではなく、間接的なものだったらしい。


「さて、遊びはここまでだ」


 直弥の言葉に、小烏丸が暴れた。手にした刀を振り回して叫ぶ。直弥は肩を竦めて小烏丸に近づくと、その横腹に長刀の柄を思い切り叩き込んだ。


「ぐっ……!お、お前たち……」

「悪いな。妖魔の生け捕りってのは初めてなんだ。手加減できなくても、許してくれよ」


 直弥の笑みは、逆光となっていた小烏丸の目に映ったかどうかわからない。ただ悔しそうに顔を歪めさせながら、小烏丸の身体はずるりと崩れ落ちた。既に捕らえられていた小狐丸が、悲痛な呻き声を上げる。


「……助けて、……」


 乞い願う微かな呟きは、確かに小狐丸から発せられた。だが、颯太たちの耳には届かない。誰かの名を呼んだ後、小狐丸は気力が途切れたかのようにして急に身体を前傾させた。気を失ったらしい。


「…………」


 捕獲した二つの身柄を見下ろし、直弥が大きく長い息を吐いた。その顔に疲れと苦々しさが滲んでいることに、颯太は気づいている。楽勝と思われた前哨戦は、蓋を開けてみれば辛勝だった。自分達に原因があることは、誰に言われなくてもわかっていた。







「――小狐丸?」


 限りなく小さい、けれどはっきりと自分を呼ぶ声が聞こえた。

 思わず電話の子機から顔を上げ、意識を彼女へと集中させる。だが、どんなに呼びかけても応答はない。


 健人が耳を離した子機から、相変わらずガラの悪い声が響いた。


『おい、聞いてるのか、クソガキ。朝も夜もピザパーティするのはいいが、ぐだくだ喋ってないでさっさと注文をしろ』


 田沼の店へ電話をかけたのは、三上家に食料がないからだった。家政婦の作り置きを両親が食べ尽くして行ったせいで、健人は外食か出前を取るかしかない。仕方なく――そう、仕方なく、健人は本日二度目のピザの宅配を頼むことにした。断じて田沼と絡むためではない。仮にそうだったとしても、単なる暇潰しだ。


 しかし今、健人はそんな田沼との会話を中断し、呆然と立ち尽くしていた。視点が定まらず、宙を彷徨う。


「小狐丸?小烏丸?」


 二人の気配を探したが、どこにも見つけることは出来なかった。意識が閉じられているのか、健人の目には何も映らない。


 ――何かあったら必ず呼んで。


 健人は二人と交わした約束を思い出した。子機が手から滑り落ちる。二人の身に何かが起きたのだ。だから小狐丸は自分を呼んだ。約束通りに。それなのに、健人は助けを求める声に応えられていない。


 気付けば、健人は走り出していた。無我夢中で窓へと駆け寄り、眼下に向けて大声で友達の名前を呼ぶ。返答は、やはりいくら待てどもなかった。だが、無常な現実を思い知らされても、健人は諦めなどしない。昼寝をしに出かけたときと同じように、窓枠に足をかける。


 そして、部屋には誰もいなくなった。閉める者のいない窓のカーテンが風に揺れて翻る。


『おい!注文は!?――ったくイタ電はやめろって言ってるだろ!』


 床に転がった子機から、注文を受け損なったピザ屋の罵声だけが虚しく響いた。


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