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煉獄のバラッド -九曜伝-  作者: 宮崎
運命は夜明けを待つ
32/34

#31 不調和ゆえに

 ――風が戻ってきていた。


 それはつまり、結界が破られたということだ。

 あたりの木々が、公園の中央から発される熱に悶えるように木の葉を揺らす。小烏丸と小狐丸を覆う尋常ではない熱量を目の当たりし、颯太は慌てて左右に目をやった。


「直弥さん!遊璃!無事ですか!?」


 今しがた目の前で起きたことが、本当に信じられない。


 直弥が小狐丸に斬りかかった直後から、そこで繰り広げられたのはあまりにも一方的な攻防だった。苦しげな表情で受身に回るしかない小狐丸を、直弥は容赦なく追い詰めていく。小烏丸が小狐丸に助太刀し、一対二となっても状況は変わらない。存在する、圧倒的な力量の差。いずれ迎える決着の時、直弥に軍配が上がるのは誰の目から見ても明らかだった。


 そんな風にして劣勢ですらなかった直弥と、近くで成り行きを見守っていた遊璃の姿が、ほんの瞬きの間に目の前から消えたのだ。焼け付きそうなほどの熱が肌に届き、颯太はようやく、二人が小烏丸と小狐丸を発生源とした突発的な爆風に吹き飛ばされたのだと理解した。


「話には聞いてたが、まさかこんな派手に打ち上げてくれるとはな。本当になんなんだこれは……」

「直弥さん!よかった、生きてた!」

「当たり前だろ、俺を見くびるなよ。遊璃はいるか?」

「……ここにいる」

「すぐ結界を張り直してくれ。あちらさんがやる気満々だ。実害が出る」


 普通の身体であれば木っ端微塵という恐ろしい運命を辿るはずの二人は、爆発の瞬間に防御したのか、そもそも身体にそういう仕掛けが施されていたのか、たいした怪我もなく立ち上がった。颯太は吹き飛ばされても傷がつく身体ではない。よくよく見れば遊璃の頬から一筋の血が流れているが、今の攻撃の規模を鑑みればそれくらいで済んだことが奇跡的だ。


「人使いが荒いよ……」


 文句を言いつつ、遊璃が胸の前で両手の指を絡めた。何かを呟きながら、指の組み方を幾度か変える。すると、遊璃の身体の輪郭をなぞる様にうっすらと光が満ち始めた。それと共に、空気が急速に変質する。頬を撫でる風がほどけ、儚く消滅していくような感覚に囚われる。

 

「私たちを閉じ込めるなんて許さない!」


 結界があと少しで完成するというところで、怒号が響き渡った。小狐丸が弾丸のように飛び出してくる。結界を張ることに集中していたのか、遊璃の反応が僅かに遅れた。鋭い爪を避け安全圏に飛び退けるだけの充分な時間はもうない。やむを得ず応戦すると思いきや、遊璃の表情に躊躇いの色が浮かんだ。


「遊璃!!」


 思わず颯太は叫んだ。危ない、このままでは――。

 そんな危惧を感じ取ったのは、颯太だけではなかったらしい。泣き声とも悲鳴ともつかぬ絶叫が、小さな身体と共に飛び込んできた。


「遊璃をいじめちゃ駄目ですーっ!」

「雛!?」


 小狐丸と遊璃の間に割って入ったのは、人型の女の子だ。遊璃が名前を呼んで初めて、颯太はその正体を理解した。想像していた通り、雛は遊璃よりも小柄だった。見た目で言えば小学校低学年くらいだろうか。小狐丸の攻撃を正面から受け、あっけなく弾かれて地面に転がる様は、式神とは思えないほど非力過ぎた。


「ううっ……痛いです」

「何で出てきたの。来るなって言ったよね」

「すみません……!遊璃が危なかったのでつい……」


 雛の言い訳に、遊璃の眉が思い切り顰められた。咎めるような視線を向けられ、雛の小さな身体が萎縮する。


「おい、結界はまだか!」

「……見てわかんないかな。邪魔されたんだよ。構築中くらいフォローしてよ」

「主の助けは式神で充分だろうが。俺だってほとんど力を出さずにこいつの相手してんだよ」


 直弥が右手に掴んだ長刀を大きく振るい、舌打ちする。小狐丸と同じように飛び掛ってきた小烏丸が、直弥の行く手を懸命に阻んでいた。薙ぎ払われた小烏丸は荒く呼吸を繰り返しているが、直弥も先ほどまでとは違って真剣な目つきで標的の姿を追う。


 本来であれば、小烏丸一人で直弥の相手をするのは相当荷が重いはずだ。それでも彼らは二手に分かれて戦うことを選択したらしい。意図的なのかそうでないのかはわからないが、その判断は功を奏していた。結界が失われた今、この場で直弥の力を存分に発揮することはできない。万が一にも、直弥の力の余波によって実害を出してはならないからだ。加減された力により、小烏丸との戦いは今や拮抗していた。


「とにかく、結界が先だ!妖狐の相手は雛にさせろ」

「無茶言わないでよ……!」


 再び目前に訪れた小狐丸の一閃をギリギリで交わしながら、遊璃は周囲に目を配る。襲い来る小狐丸と距離を置きたいのだろう。結界の構築が最優先であることくらい、わざわざ言われなくても遊璃とてわかっているのだ。


 しかし、目の前にはそれを邪魔する小狐丸がいる。普段協力したことのない遊璃と直弥では、上手く連携も取れていない。加えて、遊璃は力を具現化することなく逃げに終始していた。攻撃もしないが防御もしない。いや、防御という名の横槍は雛が出している。それに気付いた遊璃の額には汗が滲んだ。


「雛、手を出さないで。下がって」

「なぜですか!?私も式神です、戦えますっ!」

「雛にはまだ、こいつの相手は無理だ」

「それはっ……でも、でも!」


 雛は自らの実力不足を充分に理解しながら、それを理由に退くことに異を唱えた。首を何度も左右に振り、健気にも遊璃の前方に立つ。小狐丸はそんな二人を交互に眺めてから、雛に焦点を定めた。


「お前……こいつのトモダチ?」

「なっ、なんですか?」

「トモダチなの?」

「意味がわかりません……。遊璃は私の主です!」


 雛が言い放った言葉に、小狐丸はコテンと首を傾げた。


「主、って?よくわかんないけど……、お前、なんだか私と似てるみたい」

「さっきから、なにをいってるんですかっ?」


 小狐丸の呟きについていけず、雛は置いてきぼりを食らっている。だが、小狐丸はそんなことには一向に構わず、尻尾を大きく揺らした。


「……決めた、お前も捕まえよう」

「へっ?え、え?」


 雛が動揺した声を上げたのは言うまでもない。遊璃と颯太も目を見開く。


「ちょ、ちょっと待て!お前たちの狙いは俺だろ」

「そうだけど。待っててくれる?『ヘンなイキモノ』もあとでちゃんと捕まえるから」

「ま、待つか!」


 颯太の突っ込みを尻目に、遊璃が「戻れ!」と叫んだ。途端に雛の身体が眩く光り、間を置かずして雀の姿に変化する。忙しなく羽を動かす雛に瞬時に遊璃の手が伸び、すっぽりと覆った。


「ひ、ひどいです遊璃……!無理やり(もと)の姿にするなんて!」


 抗議の声が上がるも、遊璃は無言で受け流した。雛を手にしたものの、その表情は優れない。雛を簡単に奪われはしなくなったが、守るものが颯太のほかにも増えたのだ。状況は確実に悪化していた。


「雀……!?お前、雀だったの?やっぱり私たちと同じだわ」

「なにが同じなんだ?お前は元々狐で、こいつは烏だってことか?」


 小狐丸の呟きに直弥が口を挟んだ。


「そうよ。トモダチに力をもらって、ニンゲンみたいに動けるようになったんだから」

「へぇ。トモダチ、ね。それは誰なのかなぁ?」


 直弥は小烏丸と切り結びながらも、少しずつ戦いの場をこちらへ近づけている。二手に分かれていたものが一つに戻ろうとしていた。先ほどと同様に小烏丸と小狐丸を二人同時に引き受けるか、颯太を庇いつつ戦うか、どちらかの意図が直弥にはあるのだろう。


「うう……なんかよくわかんないけど、お前には教えたくない!」


 小烏丸が大きく刀を振り下ろした。感情の趣くままの太刀筋は杜撰すぎて、直弥は受け止めることすらせずにこれを難なくかわす。


「なんだ。トモダチとか言っといて、式神の本能はちゃんとあるらしい」

「うるさいうるさい!わけわかんないこと言うな!ちゃんと相手をしろ!」

「そうしたいのは山々なんだがな。くそっ、ここにあと一人いれば……」


 直弥はちらりと遊璃のほうへ視線をやった。小狐丸に雛を狙われた遊璃は、結界を張ることがまだ出来ずにいる。颯太はここにいない紅駒のことを思い浮かべた。もし彼が当初の予定通りにここにいたら、きっとこんなことにはなっていないはずだ。


 しかし、いない者について今ここで言うのは詮無きことだった。どう転んでも、ここには三人しかいないのだ。三人でうまく形勢を逆転するしかない。たとえ颯太が、戦力という意味ではまったく役立たずであったとしても。


(いや、そうやって諦めてたら、いつまで経っても俺は無力でしかない……!)


 自分には何も出来ない。そればある意味確かなことで、今までどんなに念じたところで颯太の身体は制御できていない。もう、それが当然のことなのだと思い込んでいた。だが、今夜は違うかもしれない。颯太は、真名のことを知った。不思議な能力を引き出すことのできる、真名のことを知ったのだ。


 そうだ、やってみなけりゃ、わからない――颯太はきつく拳を握り、それを見据えた。

 それからゆっくりと目を閉じると、自らの意識の深淵へ、呼びかけた。

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