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煉獄のバラッド -九曜伝-  作者: 宮崎
運命は夜明けを待つ
31/34

#30 前哨戦

 三日連続、三度目の真夜中の空中散歩が始まった。

 まだ仲間と呼ぶには抵抗のある直弥と、自分より年下の遊璃が颯太の周りを固めつつ、目標の場所まで移動する。


「よし、颯太はここで待機だ。俺たちは配置につく」


 颯太のマンションの近くにある公園で、直弥が足を止めた。


「遊璃、結界を張れるか」

「今?」

「いや。先に結界を張っておくと罠に気づかれる可能性がある。あいつらが公園内に侵入したら、一気に覆うんだ。できれば、颯太にギリギリまで接近しているのが望ましい」

「わかった」


 遊璃は小さく頷くと、妖魔がいると思われる方角へ目を向けた。


「……様子は?」

『――そろそろ来ますっ』


 雛の報告を受け、颯太たちに緊張が走った。直弥と遊璃は颯太と距離を取り、それぞれ公園内の木陰に身を隠していく。と同時に、公園のど真ん中に一人取り残された颯太は、ごくりと唾を飲み込んだ。夜空に、こちらに向かってくる二つの影が見えた気がした。


(本当に、こんなことになるなんてな)


 三度目ともなれば慣れるか、といえば、まったくそんなことはなかった。

 一度目はわけがわからないうちに妖鳥に襲われ、結月に助けられた。二度目は妖魔たちに齧られそうになり、波流が救援に来た。いずれも、望まずして起きたことだ。


 そして、三度目の今夜。颯太は初めて、自ら望んで妖魔と対峙する。


「あーっ、こんなところにいたよ!小烏丸っ」

「ホントだ!やっと見つけた!」


 昨夜と同様に、プリーツスカートを翻しながら狐少女が公園内に降り立った。颯太がいるところまでは、まだ距離がある。烏少年は空に浮かんだまま、あたりを見渡した。


「今度はおかしなところはない?」

「特に何も。さっきは逃げられちゃったもんね。追いかけてるうちに、よく見えなくなって」

「そうそう。なんだったんだろう、あの不思議な感じ」


 直弥の張っていた結界のことを言っているのだろう。この妖魔たちはやはり、微かながらも違和感には気付いていたらしい。


「よしっ、こいつ拾って帰ろう、小狐丸」

「でも『ヘンなイキモノ』のトモダチがいないわ、小烏丸」


 狐少女はきょろきょろと周囲に目をやった。そして不意に、何かに気をとられたように動きを止める。葉擦れのする木陰を食い入るように見つめ、その顔に不安の色を滲ませた。


「……なんか……イヤな感じ……」


 颯太はハッとした。今、狐少女が見ている付近には、遊璃が潜んでいるはずだ。まだこちらに近づいてもいないのに、気付かれてはまずい。何とか意識を自分に向けさせなくては。


「お、おい!そこの狐っ子!」

「ちょっと、私、そんな名前じゃないわ。小狐丸よ」

「じゃあ、小狐丸!俺のケータイを返せ」

「……ああ、『ヘンなイキモノ』はこれが欲しいの?」


 あっさりと小狐丸は颯太に向き直った。ポケットから携帯電話を取り出すと、勿体ぶった様に揺らしながら颯太に近づいてくる。先ほどまでの不安は忘れ去ってしまったのか、小狐丸は口の端を持ち上げられるだけ持ち上げ、楽しそうにしていた。颯太は内心拍子抜けしながら、会話を続ける。


「人のものは取っちゃいけないんだよ。返せよ」

「それってニンゲンの決まりでしょ?私達には関係ないもん。ね、小烏丸」

「そうだよ、ニンゲンの決まりは関係ない」


 目の前で笑う小狐丸の後ろで、小烏丸も大きく頷いた。羽ばたきを止めてようやく地面に降り立つと、二歩、三歩と歩を進め、颯太の近くに近づいてくる。


(――今だ!)


 小烏丸の手が颯太へと伸ばされた瞬間、ざわり、と空気が揺らいだ気がした。まるで真空に留められたように、一切の無音の空間が出来上がる。今この時、結界が張られたのは明白だ。遊璃は颯太の意図を正しく理解していたらしい。


「やだ、また!」


 小狐丸が悲鳴に近い声を上げるのと、木陰から長身の影が飛び出してくるのはほぼ同時だった。







「始まったわ、莉華子」

「そのようですわね」

 

 異空間の出現を感じ取り、結月が少し離れた空を見上げた。「あれは遊璃の結界かしら」と莉華子が呟く。きっちりと基礎通りに構成され、大きさとしても余分のない結界を見る限り、その推測は合っているだろう。面倒なことを嫌う遊璃はいつも最低限のことしかしないが、そこに不足はないのだから文句は付けられない。


 とはいえ、遊璃が今回の作戦を任されたことについては、莉華子にとっていささか納得がいかなかった。結月にしても、颯太を囮にすることにはなんだか胸騒ぎを覚えて、こうして屋敷を抜け出してきている。


「なぜですの。わたくしだって、きっとお役に立てますのに……!直弥さんが強いのは認めますけど、遊璃と二人だけでというのは心配ですわ」

「ええ、波流が怪我をするほどだし。もっと人を割いてもいいはずだけど。大丈夫かしら」


 愚痴を零しながら、二人は「何かあったときに役に立つため」に張り込みを続けていた。が、寒空の下というのはだいぶ身体に堪える。二人の意気込みも少しずつ萎み始めた。


「……はぁ。勢い込んで来てしまいましたけど、わたくしたち、なにをやっているのかしら」

「考えてみれば、黙って出て来たわけだし。これは絶対に……怒られるわね……」

「静流様に怒られるのは嫌ですわ……」

「私だって……」

 

 お通夜のような沈んだ空気がその場を包む。その時、忍び笑いとともに、二人の後ろに光が溢れた。


『――やっと頭が冷えたか』


 知り得た声に振り返る。現れ出た強面の顔には、やれやれ、と書かれていた。


「紅駒!?」

「も、もしかしてバレてたんですの……?」

「当たり前だろう。それも雛に見つかるとは、お前達もまだまだだな」


 直弥や紅駒ならいざ知らず、まだ幼い雛に見つかったという事実は、莉華子と結月にショックを与えるには充分だった。仲良く固まった二人を尻目に、紅駒は戦いの火蓋が切られたであろう方角に目をやる。無言の紅駒に対し、おそるおそる結月が口を開いた。


「紅駒、ここにいていいの?」

「それが直弥の命だ」

「いえ、あちらに行くべきですわ。紅駒がここにいては、こちらの戦力は削られているも同然ですもの」

「それでも、直弥の命は絶対だ。お前達を守るよう言いつけられているんでな」


 結月と莉華子は押し黙った。紅駒とて、直弥の元に行きたいのは山々なのだろう。だが、それは主によって許されていない。その原因を作ったのは、自分達だ。


「……ごめんなさい!私たちが勝手に来たから」

「謝る相手が違うぞ、結月」


 紅駒が鼻を鳴らしたときだった。その切れ長の目が微かに細められると同時に、勢いよく空を振り仰ぐ。


「――直弥?」

「……紅駒?どうし……」


 結月の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。次の瞬間、鼓膜が震えるほどの爆発音が轟く。結月と莉華子は明らかな異変に気付き、音のした空を見上げた。


「うそっ、結界が……!」


 遊璃が張っていたはずの結界が、ガラスが割れるようにして夜空に破片を散らしていた。修復されることなく、崩れ落ちるようにして消えていくそれを呆然と見つめる。


 あの空の下で、限りなく不都合に近い何かが起こっているのは確実だった。


「まずいわ……紅駒!」


 結月の呼びかけに、紅駒は顔を顰めた。

 彼にとって行くべきであり行くべきでない事態に、苦渋の表情を浮かべている。


「なにをグズグズしてますの!早く行かなければ直弥さんたちが」

「だが、お前達の護衛が今の俺の任務なのだ」

「……!!」


 莉華子が唇を噛んだ。

 やはり自分たちが来たのは大きな間違いだった、と思い知る。役に立つどころか、私たちは今、彼らの足を引っ張っているのだ。


 後悔の念に押し潰されそうになり、同じ表情をしているであろう結月のほうへ顔を向けた莉華子は、小さく拍子抜けした。盗み見た結月の表情は、想像と全く違う。固い面持ちではあるものの、後ろ向きな感情は一切出ていない。


「だったら、紅駒」


 何かを決意したように、結月は紅駒の前に進み出た。莉華子は無意識にその横顔を追う。


「私たちと一緒にあの場所に行くわよ」

「結月……?なにを言って……」

「紅駒は直弥さんの命令通り、私たちを守っていればいいの。私たちはあの場で、できることをするわ」

「なんだと……!?」


 結月の発言に紅駒が目を見張り、小さく呻いた。彼にとっては無茶振りもいいところだ。


 しかし、考えてみればそれが一番いい方法なのだった。少ない時間で考えた結果、莉華子もそう結論付ける。おそらく主を心配している式神にとっても、それはつい屈してしまうほどに悪魔的な囁きだったのだろう。


 ほんの少しの間をおいて、紅駒の鋭い視線が結月と莉華子を絡め取った。


「……あまり世話を焼かせるなよ」

「きゃっ!?」

「わあっ!!」


 紅駒はついに頷くと、結月と莉華子を乱暴に抱えて夜風吹く空へと飛び上がった。


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