#29 号令とともに
カーテンを閉めていない暗い室内に、外の明かりが差し込む。どうやら月明かりのほかに、マンションそばの街灯も一役買っているらしい。それらの光は、室内にある四つの輪郭を朧げに映し出していた。
テーブルにうつ伏せになって寝ているのは遊璃。ベッドで寝息を立てているのが颯太。壁際に背を凭れさせているのが直弥。そしてそのそばでフワフワと漂うのが颯太の魂だ。
「さてと。準備は整ったな。あとは、あちらさんが来るのを待つだけ」
「本当に上手くいくかなぁ……」
颯太は夕方ぶりの魂状態の自分の身体を見下ろした。颯太の魂は、寝入って数分で身体と分離するように浮き出てきたらしい。ただ、魂の状態での意識は閉じられていたようで、強引に叩かれたり名前を呼ばれたりするうちに覚醒したのだと直弥は言った。確かに颯太の記憶でも、起きるときに誰かに名前を呼ばれ続けていたような気がする。
「だいたい、あの妖魔たちを捕まえたとして、簡単にその主を引っ張り出せるもんですか?」
「あの妖魔たちが式神と似た性質のものなら、おそらく主である妖星とは主従の契約で繋がってる。式神に危険があれば、主は必ず気付くものだ。確実に取り返しに来るよ」
「それって、捕まえた途端、妖星に反撃されるってことじゃ……」
「そうならないように、式神捕獲は短期決戦だ。捕獲した後はすぐさまこちらの結界内に移動する。そうして主従の繋がりを一時的にでも絶てば、妖星には式神の行方はわからなくなる」
「なるほど。その間に、式神に主の正体を吐かせるんですね」
「それは難しいな」
直弥はあっさりと首を横に振った。
「十中八九、吐きはしないからさ。式神は主の不利益になるようなことは決してしない」
「じゃあ、捕まえてどうするんですか」
「式神を取られれば、向こうは何らかの行動を起こすだろう。それを待ち、正体を炙り出す。それに、式神は妖星の手足だ。こちらに置いておけば、いざと言うときの戦力削減に繋がる。妖星のうちの誰が出てくるかわからない以上、慎重にいかないとな」
「先々のことも考えてるんだよ」と呟く直弥に、颯太は頷いた。
「わかりました。直弥さんと遊璃に任せます。祓師が二人いれば大丈夫だろうし……」
「まあ、たぶんな」
「ちょっ、なんでたぶんなんですか!?」
「遊璃は今年祓師になったばかりだ」
「えっ?じゃあ二人で一緒に何かをしたこととか、ない?」
驚いた颯太の身体が揺れた。落ち着けとばかりに颯太の身体に手をかけ揺れを抑えてから、直弥は思い返すように遠い目をする。
「それでいうと、遊璃の試術で俺が討伐補佐に入った時くらいか。というか、祓師たちは基本的に単独で仕事をしてる。どこかの家と協力して、ってのは俺も含めて誰も経験がないはずだ」
「だ、大丈夫なんですか、それ」
「まあ、大丈夫だろう。遊璃はやる気があんなだし、俺と紅駒でさっさと片付けちまえばいい。それに、このやる気のない主にも式神が一応いるからな」
直弥の視線を追い、小さな寝息を立てる遊璃の顔を眺めていた時だった。カツカツカツ、と聞き慣れない音が窓辺から響いた。見れば、窓の外に小さな影がある。
「……鳥?」
逆光でよくわからなかったが、目を凝らすとそれはちょこまかと飛び回る小鳥だった。何かを必死に訴えるように、嘴で窓のガラスを突いているのだ。直弥がひょいと立ち上がり、その小さな姿を認めると声を上げた。
「お、噂をすれば」
「もしかして、この鳥が遊璃の式神?」
「主と違って、健気で働き者の雀だよ。ちょっと元気すぎる節はあるけどね」
直弥が窓の内鍵を外した。ガラリと開けると、待っていましたとばかりに雀がすぐさま突入してくる。
『遊璃、遊璃!大変ですっ』
雀はともかく興奮しているらしい。呼びかけておきながら、テーブルに伏せている遊璃には気付かずに、懸命に羽を上下させて部屋を旋回している。雀はやがて颯太を見つけると、急にその目の前に下りてきた。
『あっ、あなた様が餌ですね!初めまして、遊璃の式神の雛と申しますっ。ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いします!』
「……あっ、うん。げ、元気だね」
『はいっ!いつでも元気、がモットーです!』
名前からして性別は女の子だろうか。目の前の小さな式神――雛は、どことなく幼稚な印象だ。可愛らしい声で一生懸命に喋っている。人型になれば、どれくらいの大きさだろうか。おそらく遊璃よりも小柄な気がするが。
「で、雛。大変っていうのは……」
『ちょっと直弥様!私の主は遊璃ですよ』
「そのお前の主を見てみろ」
直弥に言われて、雛が自分の真下を見た。そこには、まだ眠りこけている遊璃がいる。
『ああっ、寝てるーっ!!そんな無体な!起きてください、遊璃っ』
驚き過ぎたのか、雛は面白いほどに一度飛び上がると、そのまま速攻で飛び降りた。遊璃の頭の回りを何度も往復しながら呼びかける。その騒々しさに耐え切れなくなったのか、遊璃がむくりと起き上がった。
「そんなにピーピー騒がなくても聞いてるよ……」
『ひどい扱いです!ちゃんと仕事してください』
「はあぁ……。どうしたの?」
『敵が来ました!あと、味方も来ました!』
仕事をしている自分を褒めてくださいと言わんばかりに、雛は得意げに胸を反らした。かろうじて反らしたとわかるくらいの傾斜は雀にもつけられるらしい。
「はっ?どういうこと?」
『だから直弥様!私の主は遊璃ですっ』
「わかったから。遊璃、頼むぞ、早急に」
「……詳細を報告して」
『はいっ!この小屋の西方に二体の妖魔らしき影を発見!まだ近づいてきてはいませんが、本作戦の標的と思われますっ』
小屋というのはもしかして、このマンションのことだろうか。妖魔のことよりもまずそこを確認したい。颯太はそんな気持ちをなんとか抑えた。
(そりゃ、結月や直弥さんのような屋敷じゃないけど!)
おそらく碓氷家も相当な屋敷なのだろう。そこで暮らす式神にとっては、マンション一つ程度、小屋も同然ということらしい。これが、悪意なく言っているとわかるのだから恐ろしい。
『それから、小屋後方に結月と莉華子を発見しました!電柱の陰に隠れているようですが、なにをしているのでしょうか?』
「……はあっ?」
可愛らしく首を傾げた――ように見えるくらいの傾斜はあった――雛の言葉に、直弥の表情が一変した。
「嘘だろ……あんのお転婆娘たち……!」
「結月と莉華子って、倉間の屋敷で待機だった筈だよね」
「そうだよ!それがなんで来てんだよ」
直弥の声音には焦燥が含まれている。颯太もまた、呆気にとられていた。
遊璃の言葉通り、この囮作戦に結月と莉華子はまったく関わっていない。静流が囮作戦を許し、実際にそれを指揮する直弥が遂行要員に遊璃だけを指名したからだ。それもこれも、こんな夜中に颯太の部屋に上がるためには男である必要があったからだと颯太は理解している。なのになぜ、結月と莉華子が近くに潜んでいるというのか。
想定外の事態に立ち尽くしていた颯太たちだったが、いち早く我に返ったのは直弥だった。己の式神の呼びかけに耳をすませる。
『どうする?作戦は中止にするか?』
「……いや、決行する。紅駒、姫たちを即刻回収し安全を確保しろ」
『――承知』
突如湧いて出た不安要素を振り払い、直弥は開けられた窓から身を乗り出した。このまま落ちれば、下手すると命はない。が、直弥にはそうならない能力がある。遊璃が緩慢な動作で立ち上がったのを確認し、浮遊する颯太を捕まえた。三人は顔を見合わせ、小さく頷く。
それだけでよかったが、あえて直弥は口にした。
「――行くぞ。妖星討伐の前哨戦だ」




