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煉獄のバラッド -九曜伝-  作者: 宮崎
運命は夜明けを待つ
21/34

#20 昔語り

 柑子に連れられ、颯太はとある部屋の前に辿り着いた。

 襖がすっと開き、目の前にだだ広い座敷が現れる。


(なんか……すげー宴会できそう……)

 

 驚きが一周回って、逆にどうでもいいことを冷静に考えてしまった。


 座敷の中央には、厚みのある柔らかそうな座布団が一つ置かれている。よくある煎餅のような薄さではなく、とても立派なものだ。その上に颯太は置かれた。見ようによっては、座布団の上に正座しているように映るだろう。


 かすかに、カポーンと何かが何かを打つ音がする。何の音だろう――颯太が耳を澄ましたときだった。


「ようこそ、倉間家へ。わざわざご足労かけたね。蓮見颯太君」


 上座から労いの声がかかった。


 部屋に入った時から、既にその存在には気づいていた。何事にも凪ぐことのない、静穏な瞳で颯太を見下ろしている倉間静流は、今朝と同じ和装だ。この屋敷の趣きと良く合っている。


「今朝はきちんと挨拶ができなくてすまなかったね。僕は、祓師名家を束ねる五曜の盟主、倉間静流。この倉間家の当主でもある」

「蓮見颯太です。結月さんと南雲先輩には、いつもお世話になっています」


 颯太は深々と礼をした。作法はまったくわからないが、とりあえず気持ちだけは込めなければ。


「ああ、身体を楽にしてくれて構わない。君のことは二人から聞き及んでいるよ。君の特殊な状況も色々とね。そのことについて話をするために、君をここへ招いたのだが……」


 静流は、わずかに広げていた扇子を閉めた。小気味良い音と同時に、上座に近い襖がさっと開く。


「――この者の同席を許して欲しい」


 開いた襖の奥に、黒髪の女性が座っていた。縹や柑子と同じ系統の服、つまり白衣と袴に身を包んでいる。が、こちらは何の手も加えられていない、純和風の趣だ。


 女性は三つ指をつき、睫毛を伏せていた。表情は読めないが、肌が驚くほど白い。真っ直ぐに揃えられた長い髪は、後ろで一つに束ねられていた。


(まゆずみ)芙蓉(ふよう)と申します。黛一門の筆頭巫女代理の任におります。以後、お見知りおきを」

「は……はい」


 なんだかよくわからないが、すごそうな肩書きだ。縹たちとは違い、本職の人間だということだけはきちんと理解できた。同席を許すも許さないも、状況が飲み込めていない颯太は、曖昧に返事をするしかない。おそらくこの場合、断るという選択肢は元からないのだろう。


 芙蓉が座敷に入り、襖のそばに控えたところで静流が切り出した。


「さて、君は色々と知りたいことがあるはずだし、知らなければならないこともある」


 ――もちろん、その通りだ。

 本題に入ったことを察知し、颯太は大きく頷いた。


「はい。今の俺はいったいどういう存在なのか、知りたいです。あと、もし聞いてもいいなら……祓師や妖魔のこと、皆さんのこと。助けてもらってばかりで、俺は何も知らないので」

「今話せることは、話すと約束しよう。そうだね……君の置かれた状況を説明するには、まず僕たちのことに触れなければならない。そのためには、少し昔話を聞いてもらうことになる。蓮見君、時間はあるかい?」

「はい、大丈夫です」


 やっと、話を聞くことが出来る。その事の方が、時間なんかよりもよほど重要だ。颯太は自然と期待に胸を膨らませた。いったいどんな話が聞けるのだろう。


 しかし、静流の口から飛び出した昔話の始まりは、颯太が想像だにしないものだった。


「千年以上も昔のことだ。この国には、妖魔が当然のように世の中を跋扈する時代があった。君には信じられないことだと思うけれどね」

「えっ……!?妖魔が普通にいたんですか?今のように闇に隠れずに?」

「闇に生きる本質は変わらない。ただ、妖魔――その昔は『魑魅魍魎(ちみもうりょう)』『異形(いぎょう)の者』と呼んだけれど、そういった存在は人々に認知されていたんだよ。多くの妖魔がいて、今のようにあまり力を持たないものばかりではなかったからね」


 あまり力を持たない妖魔でさえ、アレなのか――颯太は、自分を襲った妖鳥を思い返した。あれ以上のものがそこら中にいたなんて。昔は殺伐とした世の中だったんだろうか。その答えは、静流がくれた。


「人と妖魔は相容れない存在。いつしか互いの繁栄のため、覇権争いを繰り広げることになったのは自明の理と言えるだろうね。けれど、それは皮肉にも、力を持たない人間にとって凄惨な歴史の始まりでしかなかった。種の存続をかけた争いにまで発展したと言ってもいい」

「そんなに……」

「ただ、どんな暗闇の中でも光は差すもの。やがて、転機が訪れる。人は知恵と努力により、妖魔を祓う術を身につけた。それが祓師という存在。彼らのおかげで、ようやく妖魔に対し反撃の狼煙をあげることができるようになったというわけだ」


 静流はそこで言葉を区切った。人間にとっては喜ばしい事態であるはずなのに、その表情は浮かない。悼むように、付け加えた。


「それは数え切れないほどの祓師の犠牲の上に成り立つものでもある。……痛ましいことだね」


 考えれば、当たり前のことだった。妖魔と対峙する恐ろしさを、颯太は身をもって知っている。昔の祓師は今の比ではない強さの妖魔と戦っていたのだというし、彼らの身が無事では済まないという事態は往々にしてあることだったのだろう。


 そうした先人達のおかげで、今こうして颯太たち人間は平和に暮らしていられるのだ――。


「……人間は、妖魔との争いに勝ったんですよね?」

「妖魔がまだ存在している以上、真の意味で争いが終結したとは言えないね。それでも、形勢は大きく決している。ここまで妖魔側が衰退したのには、理由があるんだ」


 静流が視線を落とした。目の前の膳、そこに描かれた星紋をじっと見つめ、口を開く。


「数百年ほど前の話になる。争いは膠着状態のまま大小の火種が燻り続け、時に世を騒がせていた。そんな折、武蔵の国にて九人の祓師が頭角を現した。彼らは、他に類を見ないほど優れた祓師だった。彼らの活躍に世は喝采を浴びせ、九つの星という意味を込めて『九曜』と呼び、讃えた」

「九曜……」


 颯太は反芻した。耳慣れない言葉だ。


「時の領主も、九曜の活躍には大いに喜んだらしい。彼らに祓師としての『名』を持つ権利を授けたと聞く。それを受け、彼らは自らに名をつけた。それが、九曜の輝ける時代の興り」


 それが昔話だからだろうか。懐かしむように目を細め、静流はゆっくりと言葉を紡いだ。


「しかし時を同じくして、妖魔側にも史上最大にして最悪の“大禍(たいか)”が生まれた。熾烈を極めた人と妖魔の争いはそれをもって最終局面に至り――その最後の大戦で、辛くも人が勝利を得ることになる」

「大禍はどうなったんですか」

「九曜の者達によって封印されたよ。妖魔側はそのほとんどが祓われ、力なきものたちが闇に住むのみとなった。ただ、祓師側も無傷では済まず、多くの損失を出した。九曜は大禍大戦の前後で五人の仲間を失ったという」

「半分以上が犠牲に……」

「そう。そして大戦が元で九曜は瓦解した。祓師の家系として今もなお現存するのは、五家のみだ」


 哀愁を帯びた表情で、静流が遠くを見つめる。


「その五家が、後の五曜――周防家、宝生家、碓氷家、平家、倉間家にあたる。つまり、僕たちは九曜の末裔ということになるね」


 知られざる歴史の中に生きた、偉人の末裔。

 この倉間の屋敷や、周防の屋敷を一目見ただけでも、彼らが由緒ある家柄だということは想像に難くない。まさかそんなにも昔から、彼らの血脈が存在していたとは。


 聞かされた話に、颯太がただただ呆然としている時だった。 バタバタと廊下を走る騒がしい足音が、こちらへ近づいてきた。


「静兄っ、ちょっ……あ、あれ?開かない」


 障子の前に人影が差し、同時にガタガタと揺れた。どうやら誰かが障子を開けようとしているようだ。


「静兄っ!柑子でもいいから、開けてよー!」


 部屋の中にいる面々へ呼びかける駄々っ子のような声に、どうしたものかと柑子が静流を見上げた。そして、静流が頷いたのを確認すると、障子へ向き直る。


「――何事」


 障子が開いた。その拍子に、バランスを崩した小柄な身体が転がり込んでくる。杏寿だ。

 静流と柑子は既に乱入者の正体がわかっていたらしい。特に驚くこともなく、柑子は畳に転がる杏寿を見下ろした。


「どうしたというの」

「大変なんだよ!柑子、あっ、静兄でもいいから結月ちゃんと莉華子ちゃんを止めてよぅ」

「あの部屋には縹を残してきたはずだけれど」

「縹は駄目よ、見てるだけなんだもん!もうっ、早く来て!でないと……」


 要領を得ないまま上座に訴えた杏寿が、視線を颯太に向けた。


「颯太君の身体がっ……!」

「えっ、俺の身体が、なに!?」

「大変なことにっ……!!」


 杏寿の不吉な発言に、言葉も動きも固まりかけた時――ぐい、と何かに引き寄せられる感覚に囚われた。


「えっ……!?」


 どこを引っ張られているというわけではない。強いて言うなら全てだ。颯太の今ここにあるすべてが、何かに吸い寄せられるように、どこかへ向かおうとしているのだ。


「ああっ、颯太君……!?」


 颯太を見つめる杏寿の瞳が真ん丸になった。そんな表情もすぐに、うっすらとぼやけていく。颯太の視界に、白が入り込む。ああ、これは――颯太は理解した。そして、受け入れた。


 颯太の姿は、その場から忽然と掻き消えた。


「……颯太君!ど、どうなっちゃったの!?」


 掻き消える颯太を掴まえようとした杏寿は、伸ばした手が取られなかったことに悲しみと焦りの表情を浮かべた。だが、その場にいる大人たちは冷静だ。すぐに、静流の声がかかる。


「大丈夫だよ、杏寿。彼はあるべきところに戻っただけ。せっかく話の途中だったのだが……。仕方ない、僕たちも向かおうか」

「ど、どこに……?」

「結月と莉華子と、彼の身体があるところだよ。目覚めて早々、彼は大いに困っているだろうからね」


 静流は苦い笑みを浮かべながら、ゆっくりと腰を上げた。

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