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煉獄のバラッド -九曜伝-  作者: 宮崎
運命は夜明けを待つ
18/34

#17 敵か味方か

「……どういうことなのかしら?蓮見君」


 颯太が教室の扉を開けると、そこには仁王立ちした皆川響子とその一味が待ち構えていた。


(ああ、そうだった……)


 颯太の瞳からすっと光が消える、そのわずかな隙を響子は見逃さない。顎をしゃくった響子の意図を的確に読み取り、一味は迅速に颯太を取り囲んだ。鉄壁かつ一糸乱れぬ動きはまるで軍隊のようだ。ある意味敬服に値する。


「昨日、蓮見君のお見舞いに南雲先輩が来ていたそうじゃない」

「まあ……うん」

「それだけじゃない!美の妖精(フェアリー)、倉間さんも一緒に居たって、どういうことだよ。俺の、俺の倉間さんがっ……!」

「だからお前だけのじゃねーよ!!!」


 どこをどう突っ込んでいいものか。

 急に背後に立った西村とその同志たちを振り返り、颯太は遠い目をする。


 そういえば、昨日そんなこともあったんだった。


 厳密に言えば見舞いというわけではなかったが、結月と波流が病院に来て少し話をし、談話室から出て別れたところを秀樹と学級委員たちに目撃されていた。その時、明日登校したら騒ぎになっているかもという嫌な予感がした。――ことを、すっかりと忘れていて、今思い出したのだ。


「颯太、ごめん。あの二人が話すのを止められなくて……」


 前は女子、後ろは男子という囲いの隙間から、秀樹が拝むようにして顔を出した。眉が八の字に下がり、申し訳なさそうに縮こまっている。秀樹が意味ありげにチラリと送った視線の先には、昨日見舞いに来てくれていた学級委員長と副委員長の姿があった。


(……なるほど)


 よくよく考えてみれば、副委員長は響子のグループに割と仲のいい子がいて、クラスの二番手に位置するグループに所属している活発な女子だ。噂好きも相まって、早速情報をリークしたに違いない。

 学級委員長はそこそこ真面目なタイプだと思っていたが、今や西村の後ろの同志組に紛れていた。結月の可愛さのあまりダークサイドに落ちたものと推測する。


 一応、颯太はあの場で言い訳という名の説明をしていた。しかし、二人は納得したのかしていないのか、とにかく話をしてしまったようだ。唯一黙ってくれていたのが、あの場ではぶつぶつ文句を言っていた秀樹だけとは。やはり、持つべきものは友達である。


 颯太は再度、秀樹と学級委員にした説明と同じものを、一から繰り返した。


「たまたま病院で会っただけだよ」

「たまたまって、そんな都合のいいことが……」

「でも、倉間さん、昨日は具合悪くて早退したって言ってたよ?」

「……そういえば、隣のクラスのやつがそんなこと言ってたな」

「じゃあ、診察ってこと?……南雲先輩は?」

「倉間さんの付き添いじゃないかな」


 たまたま、という点を除けば、概ね間違っていない説明だ。淀みのない颯太の回答に、響子や西村をはじめとした面々は腑に落ちない様子ながらも、次第に落ち着きを取り戻し始める。


 そこへ、担任がやってきた。颯太にとってはナイスタイミングだ。事態は有耶無耶のまま、朝のHRを迎えたことで幕を閉じようとしていた。


(朝から大変な目に遭った……)


 まったく、なぜこんな大事なことを、すっかり忘れていられたんだろう。颯太は机に伏したい気持ちを堪えた。最近、昼も夜も意識があるせいだ。そのせいで時間感覚がおかしくなっている気がする。加えて、夜はとんでもない出来事が起こりすぎていた。昼間の出来事など、記憶の彼方に追いやられていても仕方がない。


 とはいえ、そのあたりの対応をおろそかにしていてはよくないことが身に染みてわかった。こうして、平和なはずの学校の時間までもが、妖魔とは別の意味で恐ろしいものに脅かされてしまう。


(まあ、でも、妖魔に襲われるよりはマシだけどさ……)


 朝のホームルームが終わり、颯太が一限の現国の教科書を取り出した時だった。獲れたて新鮮ナマ情報が、隣のクラスから飛び込んできた。


「おい、今日、倉間さん休みだって!」

「えっ、マジ?なんで?」

「さあ、風邪じゃないかな。それから、南雲先輩も休みだってさ」

「えー!?」

「3-3の先輩から聞いた情報だから間違いない」


 光の速さで、西村と響子が颯太のほうを振り向いた。颯太も全力で首を横に振る。

 俺は知りません、の意だ。


 「いくらなんでも休みにまで付き添う?」「いやいや、風邪をもらっちゃったのかも」などとクラスがざわめく中、颯太は息を大きく吐いた。追及の手が緩んだことへの安堵はもちろん、二人の身を案じる気持ちによるところも大きい。


 結月は一日分の無理が祟ったのだろう。病院の別れ際の様子からして、たった半日寝たくらいでは完全回復など見込めないとしてもおかしくない。今どのくらい回復しているのか、心配なところだ。


 波流もまた、昨夜の一戦で能力切れを起こし、怪我もしていた。そのために必要な養生だと推測できる。ただ、周防家で朝日を浴び不可抗力で先に消えてしまったことで、残した面々のその後が気がかりだった。倉間家当主が迎えに来ていたのだから、よほどのことは起きていないと思うが……。


 そもそも、颯太には連絡する術がなかった。狐少女に携帯電話を取り上げられたままだ。

 なにより、颯太はあの状況の中、何が出来るという立場でもない。そんな人間が、今、彼らを率先して心配するというのも、なんだかおかしな話だろう。


 そんなことを考えながら、ふと、廊下に目をやった。隣のクラスの担任が、結月欠席の理由を尋ねる生徒達に群がられている。這う這うの体で職員室へ逃げていく先生の後姿に、「人間に襲われるのもちょっと嫌だな……」と、颯太は思い直したのだった。







 下校時刻。

 校門を出た颯太のもやもやした気持ちは、最高潮に達していた。


 自分を助けてくれた人たちのことだ。やはり、心配なものは心配だった。

 とはいえ連絡手段を持たないわけで、颯太はどうしようかと思案に暮れる。その直後、車の急ブレーキの音とともに、颯太の視界の端に黒塗りの何かが見えた。


「わあっ!」


 注意散漫になっていた颯太は、咄嗟に後方へ飛び退いた。突然のことに身体のバランスを崩す。足がもつれ込み倒れた拍子に、頭に衝撃が走った。ついでに目から火花も散る。


 そうして転がった先は、立派な高級車の鼻先だ。運転手が慌てて飛び出してきた。


「お怪我はございませんでしたか!?」

「……ったぁ……あ、だ、大丈夫です……」


 颯太は上半身を起こそうとして、よろけた。ぶつかった衝撃なのか、まだ身体がフワフワする。

 車に轢かれかけたのだということはもうとっくに理解していた。何度車に轢かれるつもりなのか自分は――我ながら、呆れるしかない。


「……!?え、あ、あの……!?」


 駆け寄ってきていた運転手が、颯太を見て急にその足を止めた。


「……は、はい?」


 驚愕の面持ちで凝視され、颯太は戸惑った。運転手はまだ、声にならない様子で慄いている。

 なんだろう。颯太が怪訝な表情で見つめ返していると、長い車体の後方のドアがガチャリと音を立てて開いた。


「――まあ。お怪我はないようで、何よりですわ」


 すましたような声とともに、西洋人形のような雰囲気の少女が出てきた。白を基調とし、金ボタンのついた上品な作りの制服に身を包んでいる。年の頃は、颯太とほぼ変わらない。くりっとした大きな瞳と、つけ睫毛のように綺麗に生え揃った睫毛が、かなりの目力を生み出している。


「お、お嬢様……」

「わかっているわ。あなたはお下がりなさい」


 少女の命令を聞くや否や、運転手は脱兎の如く運転席へと駆け込んでいった。

 本当に、人の顔を見るなり何事なのだろう。この状態で言うのもなんだが、少し失礼な気がする。


 一方の少女は、無言で颯太を一瞥すると、つかつかと歩み寄ってきた。見事な内巻きの髪の束を揺らしながら、颯太の隣に屈み込む。まじまじと全身を眺められ、身の置き場に少し困った。


 轢かれかけたとはいえ、転んだだけだ。

 しかも、余所見をしていた自分に百パーセントの非がある。こんなに心配されてしまうと、大変居た堪れない。


 少女はそんな颯太の気持ちを知ってか知らずか、無言のままひたすら颯太を凝視している。

 ふいに、ピンク色を帯びた薄めの唇が少し尖り、おもむろに開かれた。


「起き上がれますか?」

「あ、だ、大丈夫だから」


 すっと手を差し出され、颯太は慌てて起き上がろうとした。


「……あれっ」


 違和感がした。ふわっと身体が揺れる。

 前に動いたと思ったのに、動いていなかった。立ち上がったと思ったのに、視線の高さが変わらない。


「どうしましたの?手をお取りくださいな」

「あ、いや……えっと」


 女の子の手を取り起きるというのは、なんだか男の矜持が傷つく。颯太はあいまいに断ると、再度身体に力を込めた。が、やはり動けていない。


「……あれ……」


 おかしいな、と颯太が首を傾げていると、少女が眉間に皺を寄せた。

 取り調べ中の刑事のように、目つきが鋭くなる。


「……あなた、気づいていませんの?」

「え?なにが?」

「あなたの身体、あそこにありますわよ?」


 少女が指差した先、道路脇の塀の前には、萎びた青菜のようにクッタリと横たわる颯太の身体があった。


「えええぇーーーっ!?」


 目玉が飛び出るとはこのことだ。


(なんで俺、身体から出てんの!?)

 

 颯太は自分の身体に駆け寄ろうとした。が、もちろん出来るはずもない。倒れて頭をぶつけた時に気絶してしまったのか、颯太はすでに昇天したような顔をしていた。間抜け面過ぎて脱力してしまう。


「……夜だけじゃないのかよぉぉぉぉ……」


 悲痛な呻きとともに膝をつく勢いの颯太に、少女が声をかけた。


「なにやら込み入った事情がおありのようですわね」

「まあ、それなりに……ううっ」

「何度かこういうことを経験されてるのかしら?」

「二回ほど……」


 なんの動揺も見せず尋ねてくる少女に、颯太は無意識のうちに答えていた。

 普通ならば、この少女も先ほどの運転手と同じように、颯太を見て仰天するのが当然の反応だろう。それにも考えが及ばないほど、颯太のほうがこの事態に動揺し、嘆いている。


「それでは、元に戻っていただける?」

「それは、今は無理というか」

「……なぜ?」

「朝日を浴びないと……」


 言いながら、颯太は不安になった。

 朝日を浴びて元に戻るというサイクルは、夜眠った時の話だ。少なくとも、それは実証されている。

 それは裏を返せば、それ以外の状態では朝日を浴びて元に戻れるかどうかなど、なんら保証されていないということではないのか。


 昼間に気絶して引き起こされたこの状態では、どうやって元に戻るというのか――。


「もしかしたら、戻れないかも」

「まあ……。それは困りましたわね。しかも身体があれでは……」

「どうしよう……」


 颯太はぐったりと下げていた顔を上げた。少女は頬に手を当て、物思いに沈んでいる。

 本当に、困った事態以外の何物でもない。颯太は悲壮感を漂わせながら、また地面に視線を落とした。こうなると、自分ではどうすることも出来ないのだ。


「ごめん、もしよければなんだけど」

「はい、なんでしょう?」

「ケータイを貸してもらえないかな。電話をしたくて」

「それは、いいですけれど……。意味がわかりませんわ。あなたが元に戻ることと何の関係が?」

「戻れるかはわからないけど、話は聞いてもらえる。力になってくれそうな知り合いがいるから」


 今この時、結月や波流以上に頼れる人などどこにもいない。


 毎度毎度頼ってばかり、その上、養生中の人間に更なる厄介事を持ち込むのは非常に心苦しかった。とはいえ、このまま路上に身体を打ち捨てて漂っているのも色々と問題がある。妖魔に見つかれば確実に食われるし、通行人に見つかり救急車を呼ばれでもしたら、原因不明・意識不明の重体扱いだ。


「この状態のあなたの手助けになる方……?」


 心なしか、少女のまわりの温度が下がった気がした。すっと目が細められ、何かを探るように颯太の瞳を見つめる。


「興味があるわ。どんな方かしら」

「それは、その。友人だよ」


 颯太は曖昧な態度で、少女の要求を誤魔化した。少女は見知らぬ他校生だ。簡単に結月や波流の話をしていいわけはない。それでなくても、結月や波流は人には言えないような秘密ばかり持っているのだから。


「ごめん。詳しくは話せないんだ。電話さえさせてもらえたら、御礼はするから」


 しかし、颯太の頼みは聞き入れられなかった。少女の態度が一変する。


「……それはできない相談ですわね」

「え、な……なんで?」

「こちらにも事情というものがありますの。あなたが、わたくしの――」


 戸惑う颯太に対して高飛車な笑みを浮かべ、少女は低く呟く。


「敵か味方か、見極めないと」


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