残された時間を
「早かったね」
目が覚めた時、少女の目の前にいたのはあの恐ろしいと感じた青年、グレイスだった。
しかし少女は何故か、彼を見た瞬間強い安堵を感じた。
「……どうかした?」
黙りこくった少女を怪訝に思ったのだろう、グレイスが首をかしげて少女を見た。
「わた、し」
「何か思い出したの?」
グレイスの言葉に、少女は首を振る。得られたものなど何もなかった。
あの泣き崩れていた女性が誰だったのかすらよく判らない。何故自分があんな場所にいたのかも。
「……怖いことでもあった?」
グレイスの声音は思いのほか優しくて、少女は泣き出しそうになった。
自分は一体、誰なのだろう。何故「死にかけている」のだろう。
何も思い出せないのがもどかしいのと同時に、何も思い出したくないという感情が湧きあがってくる。相反するそれらを胸に閉じ込め、少女は落ち着く為に深呼吸をした。
「……なに、も」
「ん?」
「なに、も、わからな、かった」
それだけ言うと、少女は暗い世界でぺたんと座り込んだ。――本当に座っているのか少女にはわかりかねるほど曖昧な感覚だったけれども。
「私、どうして、死にかけてるの、かな」
「人が死ぬ理由なんて色々あるからね。自殺でもしようとしたのかもしれないし、殺されたのかもしれない。不慮の事故だったって言うこともある。一概にはどうと言うことも出来ない」
「うん……」
「でも君はまだ死んでいない。だから、出来ることをしたら良いんじゃないかな?」
グレイスは優しげに微笑んでみせる。
手にはまだ鞭とナイフを持っているのに、少女はもう、不思議とグレイスを恐ろしいとは感じなかった。