元の世界
「……そ、それ……」
思わず息を呑んだ少女の視線の先を辿り、グレイスは自らの手元を見遣った。
そこにあるのは、
「あぁ、これ?」
一振りのナイフと、鞭。
「別に、これで君をどうこうしようと思ってるわけじゃないけど。携帯品だから気にしないで?」
「気にしないで」?
無理に決まっている。何故目の前にそんなモノを持ったものがいるのに落ち着けるだろう。
少女の怯んだ表情を認めると、グレイスはやや表情を歪めた。
「……疑ってるの?」
ワントーン低くなった声音に、少女は反射的に首を振った。
「そうだよね? 君はそんな子じゃないもんね。あぁ良かった。君に嫌われたのかと思ったよ」
グレイスはケラケラと笑い、ナイフを弄んだ。
「大丈夫。ただ単に仕事に使うものなだけだから。それより、君は自分が誰だか知りたいんじゃないの?」
グレイスの言葉に、少女は一も二もなく頷いた。
自分が誰なのかを知りたいという気持ちは確かにあったが、今はそれよりも目の前の青年がただ恐ろしかった。
「ふふ。素直な子だなぁ。全部顔に出てるから、何を考えてるのかすぐ判るよ」
「……っ」
少女の足が竦んだのを見て、グレイスはさらに愉快そうに笑う。
そうして、静かに何事かを呟き始めた。
「数多の世に咲く花を摘み、蜜を吸うては天を舞う。我、主の名において、ここで新たな花を摘む」
彼は恐らく、そんなことを言った。
「えっ……?」
その途端、少女の周囲が目映く輝き始める。
「なに……!?」
「知りたいんでしょう? 自分のこと。だから、行ってらっしゃい。――怖くなったらいつでも戻っておいで?」
グレイスの言葉尻を待たず、少女の意識は闇に解けた。