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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町 朱穂
1つ目のルール
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8話 弱小国と強大国

私は、戦場を知らない。

ただの女子高生だ。素人は口出ししないに限る。

しかし――そんな戦場素人の目から見ても、これは不味い。

冷や汗が背中を伝う。絶対に勝ち目がない、そう断言できてしまうくらい、兵力差は圧倒的だった。



『エドネス』と名乗る国――つまり、今いる国が持つ兵力は、僅か3万兵程。

それに対して、北の国も東の国も10万以上。南も西も海で国がないとはいえ、これは辛い戦況だ。

ちなみに、『エドネス』の海を挟んで西方の国に位置する大国『グランエンド王国』は、この地図によると、北の国や東の国より遥かに絶大な力を持っているようだ。

ここの兵力は『測定不能(80万以上) 追記:天女と名乗る秘密兵器あり』と記されていた。

……なんと、香奈子が秘密兵器認定されているらしい。

まぁ、『逆ハーの加護』は『洗脳』という秘密兵器になりそうだが……と、そんなこと今は関係ない。



「どうした、兵力のあまりの差に臆したか?

ちなみに、今回攻めてくるのは東の国『メルト王国』。推定兵力は8千だな」

「えっ、でもここには10万って書かれていますよ?」



私が口を挟むと、お前は馬鹿か?と言いたげな視線を向けられる。

…馬鹿だよ。戦にはど素人だ。

本の中でしか『戦争』のに文字を知らぬ、平穏な環境で過ごしてきたのだ。そんな一介の女子高生に、戦の駆け引きなど分かるわけがないではないか。だから、尋ねたのに。

少し、ムッとしてしまう



「自国を護る兵が必要だろ。

メルト王国は、北のヴェーダ帝国と牽制しあっているからな。

小国ここを滅ぼしている間に攻められたら、たまったもんじゃない。

まぁ……8千もいれば、余裕で勝てると足元を見られているのさ。それに、あちらの方が、兵士1人1人の質が良い」



その口ぶりからは、不思議と自嘲気味たモノを感じることが出来なかった。

まるで、上空から全てを面白がって俯瞰しているような。

舐められていることに激怒することもなく、悲観に酔うこともなく、ただ『いかにしたら勝てるのか』だけを考えている冷徹な蒼い眼差し。

地図を静かに見下ろす横顔に、何故か釘付けになってしまう。



どうして、この人は冷静でいられるのだろう?



己の中に、『天下統一』という揺るぎなき柱があるからだろうか?

それとも、別の理由なのだろうか?



「人の顔をじろじろ見るな」



地図に視線を向けたまま、淡々と声をかける。

私は慌てて地図へと目を落としながら、返事を返した。まだ始まってもないのに、首を斬られたらたまらない。

ゼクス・エドネスの機嫌を逆なでぬようにしなければ……



「は、はい。すみません」

「真面目に取り組め。失敗したら、貴様は死ぬぞ」



文字に直すと1行にも満たない言葉だが、ぐさりと心の奥まで突き刺さった。

つばを飲み込み、ゼクスの横顔を心の奥に閉じ込める。そう、私は生きないといけないのだ。ここで、こんな序盤で死んではいけない。

ゼクスは箱から駒を幾つか取り出すと、地図の上へ配置し始めた。



「メルト王国の先鋒軍は、およそ5千。

名のある将軍に率いられた隊だな。だが、俺達が相手をするのは、ここではない」



『先鋒』と刻まれた駒を進め、その奥に『本陣』と書かれた駒を配置する。



「本陣には、メルト国王と精鋭部隊3千が駐屯している。先鋒軍の後から進軍してくるつもりだ」

「たった3千?それで国王を護りきれるとおもっているんでしょうか!?」

「いや、これが戦の定石だ。

先鋒軍を率いる将軍はメルト王国の人間だが、兵士の大半は属国の人間。一気に属国の人間を使い攻め落とし、自国の人間の犠牲は最小限にとどめようとする」



言われてみて、なんとなく納得する。

例えるならば、鎌倉時代の元寇だ。

九州に押し寄せた元軍の大半は、モンゴル人ではなく属国にされた朝鮮半島の人間だったと聞く。やはり、自国の人間を殺したくない、という思いが根底にあるのは頂点に君臨する長の感情だ。異世界でも、そこのところは変わらないらしい。



「だからこそ、裏をかくのだ。

俺達は本陣ここを叩く。そして、メルト国王の首を刈り取る」

「でも、国王が死んだら『弔い合戦』が始まるんじゃないでしょうか?」

「甘いな。あそこの跡継ぎは、正真正銘の弱虫よ。

親に甘やかされ『習い事』ばかりにせいを出す坊ちゃんが、『弔い合戦だ――!』なんて言えるはずが無かろうが。せいぜい、『これを機に、攻め込まれてはならん!』と防御するので手一杯だ」



ゼクスは、意地悪そうに笑った。

笑みを浮かべたまま『先鋒』と『本陣』の駒を動かしていく。



「作戦はこうだ。

まずは先鋒軍が、城を1つ落とすのを待つ。すると、本陣も城へと動き出すだろうな」

「その城を根城にするため、ですか?」

「それ以外なにがある、この間抜け」



ぺしっと額を叩かれる。

どう見ても戦に関しては素人だと分かっているはずなのに、『間抜け』と言われると少しムカつく。ただ確認したかっただけなのに。情報のやり取りを勘違いしてしまい、取り返しのつかない事態に陥ってしまったら、それこそ大問題だ。

間抜け、と称されたことは我慢することにしよう。真剣に次の言葉を待つ。



「……まぁ、間抜けにこれ以上説明しても意味ないな」

「んなっ!?」



意味がないとは、どういうことだ?

いや、戦法の全貌を知らなければ私だって動けないのに。

そのことを問いただす、いや進言しようとする私を制すように、言葉をつづけた。



「貴様、感情が顔に出過ぎだ」



侮蔑の眼差しを、ゼクスは全く隠そうとしていない。

いや、これでも無表情だと思うのだけれども。実際に、鏡に映る私の表情は、先程までと大差ない無表情面だ。何故、読み取れたのだろうか……

まぁ、それは置いておこう。後々考える時間があるはずだ、たぶん。



「気を付けます。

それにしても、これ以上を知らなくて良いとはどういうことでしょうか?

戦場を共にする以上、策戦の綿密な打ち合わせは」

「必須だな。だが、策戦というモノは思い通りに進まないのが道理だ」



ゼクスは、ふんっと鼻を鳴らした。



「俺は今年で19歳になる。だが、19年間、俺の思い通りに進んだことなど、指の数あるかないかだ」



確かにその通りだ。

私も思い通りに事が進んでいたら、今頃はグランエンドで優雅に過ごしていたはずだ。いや、それ以前に私も女神とやらと出会い、好条件で異世界トリップしていたな。

異世界トリップと言う特殊な話を抜かしても、日常的に思い通りに進んだことなどない。

テストでは思い通りの点数を取ることなんて稀だし、貯めていた金を別のことに使ってしまうことなんて良くあることだ。

それにしても……19歳だったのか。私よりも年上だということは思っていたが、もう少し上かと。



「だからこそ、少しでも『勝利像』に近づけるため策を練る。

本来なら貴様にも作戦を教えた方がいいのだろうな。

しかし、貴様は戦場においてド素人の間抜けよ。最低限の情報でも混乱しかねない」



物凄い馬鹿にされようだ。

私のことを考えて行動しているのか、馬鹿にしているのか、どっちなのだろう。たぶん、後者のような気がする。だが、尋ねると正直に

『馬鹿にしているに決まっているだろう、そんなことも分からぬとは……本当に間抜けだ』

と蔑まれそうだ。

……聞かないでおこう。



「さて、そんなド素人の貴様がする仕事はこれだ。

なに、極めて簡単なものだ。安心しろ」



真剣な表情を浮かべた青年は、私を手招きした。

ゼクスは身を屈め、私の耳に作戦を耳打ちする。その作戦を聞いた瞬間、私は唖然とする反面、どことなく……青年が浮かべているのと同種の笑みを浮かべてしまうのだった。



「アンタ、わるじゃない?」

「口のきき方に気をつけろ、間抜け」



だが、『悪』と呼ばれたことに反感は抱いていないらしく、逆に髪の毛を撫でられた。

なんというか、愛玩犬への『ご褒美』みたいな感じで。

『悪』と呼ばれて喜ぶなんて、子ども?と一瞬思ったが、それを口にした瞬間、首を斬られるかもしれない。それに、16歳ににもなって撫でられるのことは恥ずかしい。

でも……別に拒否する気にはなれず、反抗する気にもなれなかった。



「貴様がする仕事は、分かったな」



上から声が降ってくる。

頭を撫でる手が上がり、少しだけ消失感を覚える。

私は目を伏せ消失感を心の奥へ仕舞い込み、代わりに口元に笑みを引っ張り出した。

いや、笑みが自然と出てきた、と言えばいいのかもしれない。



「それでは、人が集まるところへ、連れて行ってください」



この初仕事を、絶対に成功させてみせる。

加護なんてないけど、覚えた魔術を使いこなして見せる。

そしていつか――――――香奈子が私を裏切ったことに後悔させるのだ。




※8月22日:一部訂正

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