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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町朱穂
3つ目のルール
64/77

番外編:ハヤブサの人間論評


ユニークアクセス数が、見事15万越えしました!!

その祝いの番外短編編です。

とっても嬉しいです。これからも、よろしくお願いします!!




我輩は犬である。

名前は、ハヤブサ。

―――どこで生まれたのか、見当はつかぬ。気がついたら、畦道で縮こまっていた。

周囲に親兄弟の形跡は、まるでなし。探しに来る気配もなし。腹の音はなるばかりで、一向に収まりそうにない。

自分の名前も、思い出せず、ただ唸る腹を抱えて徘徊しておった。

そのうち、雨が降り出してきた。まるで、毛皮を貫いて肌まで冷たくなりそうな灰色の雨模様。みっともないくらいふるえて、人肌を求めていた。温かさを求めるように、いや、この雨から逃げるように転がり込んだ橋の下で――――御主人と出会った。






―――この世界の人間ではない。




不思議と、そう直感する。

なんで、そんなありえないことを連想したのか分からない。

でも、ちっぽけな少女の笠の合間から覗く黒い髪の毛と健康そうな顔立ちは、この世界と不釣り合い過ぎた。

御主人も、顔をなみだと雨でくしゃくしゃにさせ丸くなっていた。

がくがくと震えながら、青白い光を握りしめている。



「帰りたい」



絞り出すように取り出した言葉は、誰に向けたのだろう?

自分に向けた言葉にも聞こえたし、ここにはいない誰かに向けられた言葉にも聞こえた。

夜が更けるにつれ、雨が収まってきた。それと共に、冷たい風も収まってくる。

我輩もうとうとし始めた時、思い出したかのように少女が目に入った。

どうやら、少女も寝入っているらしい。しかし、まだ顔にこびりついた雨――いや、涙が乾いていない。



―――この人、何処から来たんだ?



寝ぼける頭で、そんなことを考える。

彼女がどこに帰るのか、我輩は気になった。だから、彼女の後を着ける。

どうせ、行く当てはないのだ。それに、ついていけば飯が貰えるかもしれない。ここで目的もなく縮こまっているよりも、その方がよほど良い。そう感じた。

まぁ、嫌なことや怖い思いを数えきれないほどしたけれど―――でも、御主人は、なんやかんや言いつつも餌をくれる。毛並みだって整えてくれる。怖い顔をしても次の瞬間には、優しくしてくれる。いつも傍に置いてくれる。意味は分からないけど、名前だって付けてくれた。



だから、好き。

嫌いになれない。



そういえば、御主人もかなり個性的だけど、その周りにいる人達も個性的だ。



「むっ、ハヤブサ殿!」



こちらに駆けてくるのは、銀髪の美人さんだ。

ソニアは騎士の格好に身を包んだお人で、この軍隊の中で最も剣の腕が立つらしい。こっそりと修行風景を見たことがある。なんと、二本の訓練剣を使い演武のように兵士たちをのしていた。



「元気でござるか?お菓子、いるでござるか?」



このように、語尾は相当問題があるが―――かなりイイ人だ。

我輩はぶるりっと尻尾を振るう。一吠えすると、ソニアはニッコリっと弾かれたような笑顔を浮かべた。そして、鞄からコンガリ焼けたクッキーを取り出す。



「さぁ、食べるでござるよ、ハヤブサ殿」



喜んでクッキーを口に入れ、甘い味を楽しむ。

御主人と旅をしている間は、こんな甘い食べ物を貰える機会が皆無と言って等しかった。だから、こうしている時は平和だなって思える。



「ハヤブサ殿は可愛いでござる、うちに来るでござるか?」



しかし、我輩は御主人と一緒にいたい。

だから、首を横に振ってソニアから離れた。ソニアは少し悲しそうな顔をしていたけど、気にしない。

そのまま、御主人の臭いを辿る。途中、2人の女性が佇んでいるのを目撃した。

片方が、この軍の1番偉い人―――エリザベートで、もう1人がアーニャ。なんだか、2人とも同じ臭いがする。特に、アーニャの方は―――あの御主人を苛め抜いたルーシェと全く持って同じ臭いだ。だけど、それを御主人に伝える術を持たないし、別につたえてどうにかなる問題でもない。



「おっ、子犬君ね!」

「こっちに来きます?」



そう呼びかけられたけど、無視する。

犬は犬なりに、忙しいのだ。それに、なんだか怖いし―――



そうそう、怖いと言えば、あの人も怖い。

『天女』と呼ばれている女性のことだ。

なんだか、クッキーよりも花の香りに似た甘い匂いをしている。うっかりすれば、ふらりふらりっと彼女の下について行きそうだ。だけど、可愛すぎる美貌には毒がある。よく綺麗な花ほどとげが刺さって痛い思いをするように、きっとあの人も怖い人なのだ。

御主人も、彼女にいい印象を持っていないし―――

それに、匂いがきつすぎて意識が飛びそうになる。だから、彼女には近づきすぎないようにしている。だって、意識が飛んでいる間に御主人がどこかへ行ってしまったら―――『後悔』という言葉では語りきれない程、辛い思いをする。

そんな暗い気持ちで歩いていると、



「ハヤブサ」



御主人の声が、耳に飛び込んできた。

我輩は尻尾を千切れるばかり振り、御主人の腕の中に飛び込む。

御主人はよろけたけれども、なんとか我輩を受け止めてくれた。



「ハヤブサ、ここでお留守番する?」



どうやら、御主人はどこかへ出かけようとしているらしい。

でも、我輩は御主人にしがみつく。すると、御主人は困ったような顔をしながらも



「後悔しないなら、ついてきな」



といって、地面に降ろす。

つまり、ついてきていいっということだ。ここに来る前も、御主人は同じことを度々繰り返す。その都度、選択肢を自分で決めるように促すのだ。

だけど、我輩の答えは決まっている。



「……ってことです。ハヤブサも連れて行きます、ナナシ」



御主人は、傍らの男に微笑みかける。

額に大きな傷のある男は、ゆっくりと頷いだ。その無表情すぎる顔を、我輩は思いっきり睨みつける。この男は、1度―――御主人を手に駆けようとしたことがあるのだ。それは、断じて許されることではない。

というか、この男は何かとご主人の傍にいたがる。御主人は気がついていないみたいだけど、絶対にこの男が御主人に投げかける視線は―――他の人たちに向けられる視線とは違うのだ。

ますます、警戒せねばならない。



「……いくぞ」



男が小さい声で、御主人を促す。

御主人はマントで顔を隠すと、ゆっくり頷いた。マントの隙間から覗かす顔は、覚悟を決めたように引き締まっていた。

とうとう、どこかへ帰るのだろうか?それとも、また見知らぬ土地へ乗り込んでいくのだろうか?



―――そんなこと、我輩には関係ない。

我輩は、御主人の後に続く。



この人が、どこかへ帰るまで―――どうか、傍にいられるように。



そんなちっぽけな願いを、祈りながら。




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