54話 籠城戦は…
「うわぁ……凄いな」
香奈子は両手で口を押えながら、感嘆の言葉を漏らす。
確かに、これは凄い。
浮遊霊の瞳を通じて香奈子の様子をリサーチしているのだが、そこはもう『圧巻』としか言い表せなかった。ちょっとしたサロンコンサートが開ける広間には、びっしりと袋が詰められている。
浮遊霊を移動させなくても、その中身は判別可能だった。
袋いっぱいに詰められたのは、小麦粉のような白い粉。ジャガイモに似た茶色の芋に、木からもいだばかりのみずみずしい果物の数々。それが、次々と運ばれてくるのだ。
「これ、どうしたんですか?」
疑問符を浮かべながら、香奈子は振り返る。
そこに立っていたのは、最小のブルースとアルフレッド王子だ。アルフレッドは香奈子を安心させるように肩を立てきながら、柔らかな声で問いに応える。
「籠城戦のための食料だよ」
「籠城戦……まさかっ、この国が襲われるんですか!?」
「ははは、万が一のためさ」
だけど、『戦』という言葉で、香奈子の顔は曇っていく。
「でも、準備をするということは―――どこかと戦うんですよね」
香奈子は人の感情を読み取ることに関しては疎いが、頭の出来は悪くないのだ。むしろ、全国模試でトップクラスを争うほど、勉強を苦にしたことはない。
だから、そのくらいのことは想像できるのだろう。
「まだ同盟に入っていない……ミールちゃんたちのいるヴェーダ帝国ですか?
それとも、ゼクスさんのエドネス王国ですか?」
香奈子はどちらを疑っているのだろうか?
アルフレッドもブルースも、香奈子を安心させようと言葉を探しているみたいだ。
心配させることが怖いなら、みせるなよ!とツッコみを入れたい。だけど、言葉を探していることも策の1つなのかもしれない。実際に、そこまで焦る素振りなく、ブルースは優しい言葉をかける。
「それは分かりません。ただ、万が一の備えですよ」
「でも、私――っ、本当のことが知りたいんです!!」
髪の毛と同じく、折れそうな黄金の睫毛で縁取られた瞳には、じわりっと涙が浮かび上がる。瞳を潤ませ、肩を震わせながら香奈子は2人を見上げた。
……意図してやっているわけではないのが、末恐ろしい。香奈子の魅力をダイレクトに浴びた彼らは、途端に頬を赤らめる。顔には迷いが浮かび、瞳は淀む。
「カナコ」
先に立ち直ったのは、アルフレッドだった。
少しだけしゃがみ、香奈子と同じ視線になると、蕩ける笑顔を向けた。
「なにごとも、備えというモノが必要なんだ。
ゼクスの情報だと、どうやら『ヴェーダ帝国』が良からぬ動きをしているらしい。
だから、万が一のために食料を溜めこんでおくのさ。食べ物があれば、それだけ安心して護りに徹することが出来る」
「ですが、籠城戦は最後の手段ですよ」
眼鏡をくぃっと上にあげたブルースが、アルフレッドを指摘する。
「籠城戦で勝利した戦など、聞いたことがありませんから」
「えっ、ないの!?」
香奈子は、心底驚いた声を上げる。
ブルースも香奈子と同じ位置までしゃがみと、眼鏡越しに真摯な瞳を向けた。
「ええ。籠城戦とは本来、外部からの『援護』があって勝利するモノ。
しかし、今現在―――少々、外部からの援軍を待つのは難しいのです」
言葉を濁す。
なるほど、どうやら他国の内乱については話していないようだ。香奈子が心配するから、話さないのだろうと余裕で想像できる。
「長期戦に持ち込み勝利した事例も、聞いたことがあります。
しかし、民も兵も疲弊し、かろうじて敵を追い返したのです。国が弱りますので、出来れば籠城戦は―――」
「でも、時間が稼げればいいの!」
香奈子は固くなに言い放つ。
「時間を稼いで、交渉するの。
大丈夫、ミールさんがいる国だもの。話せば分かってくれるはずだよ!」
『話せば分かる』。
だけど、『問答無用』と銃殺された首相を香奈子が知らないわけがないのだが?
しかし、香奈子の口調を聴けば『本気』で発言していることは一目瞭然で、心なしかブルースが困っているように見える。
「天女様――」
「私の世界の言葉にね、『剣よりペン』ってことばがあるの。
暴力は出来るだけ控えで、安全に手を取り合って平和な道を探そう!
そうだっ、私!いまからエリザベートさんに話を聞いてくる!!兵隊を動かす前なら、なんとかなるかもしれない!!」
部屋を飛び出そうと駆け出す香奈子を、アルフレッドたちは慌てて追いかける。
「待て、カナコ!まだ、確証があるわけではないんだ!」
「離してっ、血が流れる前に留めないとっ!!」
暴れる香奈子。
だけど、その暴れ方も幼子のようではなく、どことなく品のある暴れ方だった。やはり、育ちの良さというのか……。
「天女様、相手にいわれのない疑いを駆けられたら―――それこそ、嫌に思われますよ」
ブルースが優しく諭す。
「私が食料庫にお連れしたのは、万が一の可能性を知らせるためです。
もしかしたら、『建国の儀』で何か起こるかもしれない。
その時に、天女様が慌てぬよう……先に伝えておこうと思ったのです」
納得してない香奈子だったが、暴れる手を下げる。
寂しそうに俯きながら、ゆっくりとブルースを見上げていた。
「分かりました。
でも、くれぐれも――――――なにもなかったら、あの食料は元の持ち主に渡してくださいね」
「何故?」
この唐突な願いには、さすがのブルースも面を食らったようだ。
「だって、あれだけ集めるには―――みんな、苦労したはずだから。
あんなにあっても、何もなかったら城の人だけだと食べきれなくて腐らせちゃうよ。だから、元の持ち主に―――
いえ、食べる物が無くて困っている人の、施しとしてください!」
香奈子の背からは、光がさしているように見えた。
まるで、本当の天女みたいに。
「分かりました。天女様からの施しとして、民に配りましょう」
「わ、私からではなく、グランエンドの国からとしてください。なんか……ちょっと恥ずかしいから」
頬を赤らめ、照れる香奈子。
その香奈子に、改めて惚れ直す逆ハー陣。
戦争の足音など感じられない空間が、そこには築かれつつあった。
『建国の儀』まで、あと2日。
両陣営は、刻一刻と準備に入っていた。
さて、運命の女神がいたら―――微笑むのはどちらか。




