51話 だって親友だから
重たい鐘の音が鳴り響く。
黒魔術の警戒音は反応しなかったが、用心に越したことはない。
私はさりげなくエリザベートを守護する位置に動いて、様子を窺う。そして、ドアがゆっくりと叩かれる。
「交代の時間でござるよ、ミール殿!」
「……だそうです」
私はホッと一息をつくと、握りしめていた剣を下ろす。
エリザベートは私の背中をポンッと叩き、
「お疲れ様、ミオ」
「それでは陛下。また、後程」
深く一礼をし、扉を開ける。
すると、そこには正装を調えたソニアの姿があった。
「お疲れでござる。ゆっくり休むでござるよ」
「ソニアさんも、頑張ってください」
「ははは、分かってるでござるよ!」
私達は握手をすると、そのままソニアはエリザベートの部屋に、そして私は廊下へと消えて行く。
さて、今日は夕飯の時間まで暇だ。
部屋に帰って、ハヤブサの面倒でも見ようか、と考える。たまには、思いっきり遊んであげるのも一興かもしれない。
「ん?」
そんなことを考えながら、何気なく廊下を歩いていると、少し先の角の所に白い手が視えた。幽霊の者とは異なる、人間の手。その手が、こいこいっと手招きをしている。
……なんだあれ?
私は無視して、別の道を通ろうとする。
すると、手の主が『行かせまい!』と言わんばかりに、慌てて角から飛び出てきた。
「もう何処に行くの……聞いてよ、ミールちゃん!」
私が問う間もなく、香奈子は叫んだ。
どうやら切羽詰っているようで、私の胸ぐらをつかみかからんばかりの勢いで迫ってくる。
「仕事終わるの、ずっと待ってたんだよ!?」
「いったい、どうしたの?何があったの!?」
いったい、彼女の身に何が起こったのだろうか?
疑問を抱きながら、その次の言葉を待つ。
「昨日の夜、ゼクスさんがね、頬を触ってきて『お前は、いい女だった』っていうんだよ!
怖かったから、逃げ出してきちゃった……」
「ゼクス・エドネス様……がですか?」
予期していなかった問いかけに、私は頭をひねった。
ひんやりとした壁に背を預けて、頭を回転させる。
どういうことだろうか。ゼクスは香奈子の『逆ハー』にかけられていたはず。彼の迷走ぶりは、己の手による天下統一を諦めて、抱え込んだ秘策の黒魔術師を手放してしまう程のもの。香奈子を『俺の妃』と称していたことからも、魅了されていることは火をみるより明らかだ。
なのに『だった』という過去形は―――どういう意味だろうか?
普通なら『いい女だ』で止めると思うのに……
「ちょっと前後の話を詳しく効きたいから……場所変えて話さない?」
ちらりっと宙に浮く浮遊霊に、目を向ける。
警戒音は発していないが、城の廊下は声が反響する。反響しない場所まで、移動した方がイイ。
「あっ、じゃあ、すぐそこが私の部屋なの!そこで話そうよ!」
香奈子は私の腕を引っ張ると、小走りしを始める。
その間も、周囲に警戒しながら走る。こうして香奈子に信頼されていること自体が演技で、私をはめるための算段かもしれないのだ。
『ナナシ裏切り者説』が濃厚である以上、警戒度は常にMAXまで高めておかなければならない。
というか、ナナシ裏切り者説が本当だった場合、私の正体は『いつ』香奈子に露見してもおかしくないのだ。
「そういえば……」
どうして、ゼクスは私を見逃してくれたのだろう?
完全に『私=処分したはずの黒魔術師』と分かっていたのに、『興が覚めた』といって解放してくれた。
『お前は俺の所有物だ。1度処分した以上、どう動くのは勝手だ。だが、主人に迷惑はかけるな』
といって、喉元に突き付けられた刀を外す。
あの後、もう少しコミュニケーションを取ろうと努力していれば、彼の真意がつかめたかもしれない。
だけど、私は自室に逃げてしまった。逃げてしまったら、会話は途切れてしまう。
まぁ……過去は悔やんでも仕方がない。問題は、いまだ。その経験を活かして、今、努力を重ねよう。
「どうしたの、ミールちゃん?」
その声で、私は我に返る。
部屋の前に辿り着いた香奈子が、不思議そうな顔をしていた。
私はしゃんなりと微笑を浮かべ
「いいえ、なにも。それより、早くカナコの話を聞きたいです」
と答える。すると、香奈子は釈然としない表情を浮かべながらも、部屋のドアを開けてくれた。
「ごめんね、お茶は切らしちゃって……」
「いいえ、おかまいなく。それで、なんでゼクス様と2人きりで話したの?」
私が尋ねると、香奈子は座り心地の良さそうなソファーに腰を掛ける。
「あのね……実は『大事な話がある』って呼び出されたの」
眼を下に向けて、ゆっくりと話しはじめる。
「大事な話?」
「うん、夜に呼び出されてね……単刀直入に『お前が昔話していた親友のことを聴きたい』って」
「親友?」
拳を握りしめる。
この状況出てくる名前は、1つしか思い浮かばない。だけど、私は『ミール』だ。
澪のことは知らないので、眉をしかめて尋ね返すことにする。
「親友とは……カナコの世界の子?」
「うん、澪ちゃんって言ってね、今は辺境の村で平和に暮らしてもらっているの。偶にね、お手紙も届くんだよ!」
「はぁ!?手紙!?」
大声で呆れてしまう。
手紙なんて、私は書いた記憶がないけど?
というか、この世界の文字は4か月たとうとしている今ですら、あまり書けない。せいぜい、アルファベットに値する言葉がかけるくらいだ。香奈子は、そこを怪しまなかったのか?
「ちょ、ちょっと見せてくれませんか?」
「なんで?」
「いや……ほら、カナコの友達がどんな人か気になるから」
そう言うと、カナコは手紙を渡してくれた。
田舎で流通しているとは思えない高級な羊皮紙に、藍色のインクで優雅な文字が連なっている。
識字には困らなくなったので、その流暢なグランエンド語を読み解いてみることにした。
「《親愛なる…カナコへ》」
この時点で吹き出しそうになる自分がいるが、そんな私を捩じるように抑え込む。
ここは、達観する時だ。自分の感情を切り離して、ただ黙々と機械の様に読むことに専念する。そうしなければ、やっていられないような内容だった。
「《グランエンドの郊外の牧草地帯で、私は過ごしています。
毎日、牛の世話を手伝うのは辛いです。でも、鼻面を押し付け…じゃれてくる子牛は可愛いくてしかたがありません!……あっ、カナコの可愛さには、叶いませんけど。
こちらの暮らしは新鮮で、今まで体験したこともないものばかり。
川の水は冷たくて泳ぐのには最適だし、空気も新鮮で村の人たちもみんな優しいです!普段、黒髪は忌避されます。ですが、みんな気にせず接してくれるのです!これって、素晴らしいと思いません?
もっとも、カナコの豊かな金髪の方が美しいって思いますけど。黒髪が嫌いで仕方がないので、その金髪が物凄く羨ましいです。
だから、心配しないでください。
私は元気で楽しく充実した日々を送っています。そうそう、私が作ったチーズも送りますね。
カナコは王都で、天女としての役割を頑張ってね!応援しているよ!!》
み、澪さんって……こんな友達だったんだ……」
さぁっと顔が青ざめていく気がする。
誰が代筆したのか、物凄く気になる手紙だ。
大方、アルフレッドやブルースあたりだと思うが……ないと思うが、ゼクスやナナシが書いた手紙だったら、絶対に引く。近寄らないで欲しいとさえ、思ってしまう。
というか、香奈子は本当に私が書いたと信じているのか?こんな気持ち悪い手紙を?
「うん、ちょっと性格が違うような気がしなくもないけど。
でもね、私のことを大事に思って書いてくれた手紙だと思うの。きっと、その牧草地帯で幸せを満喫しているんだよ!
だから、澪ちゃんの荒んだ心も癒されたんじゃないのかな?」
……それは、暗に『澪は荒れていた』というのか?
というか、ツッコミどころしかないぞ、この手紙。
忌避されているけど、それはこの世界だけ。日本人、いやアジア人の大半は黒髪だし、私自身は黒髪を好いている。
それに、私はこんなにも香奈子を万歳!な文章を書くわけがない。
私自身、香奈子を羨ましいなって思っていたけど……高嶺の花、比べる対象とすら思っていなかったし。
「……」
……香奈子は、もしかしたら……私のことを『親友』と思っていたのかもしれない。
思っていてでも、何か理由があって追い出したのだろう。
目の前の香奈子を見る限り、本当に私が生きていると思っているみたいだし。まさか、崖に落されたとは夢にも思っていないはずだ。
ただ、さすがに本当の親友なら……手紙の真偽くらい見極めて欲しかった。
まぁ、それも後の祭り。
私は香奈子に復讐して、元の世界に帰るためにここにいる。ココは正体を明かさずに、知らん顔しておくのが得策だろう。
「まぁ……手紙は置いておくとして、それで?ゼクス様に話したの?」
「うん、一通り話したよ。
そしたらね、偉そうに腕を組んで言ったんだ。
『お前……もし、その親友が死にかけて、お前に恨みを抱いているとしたら……どうする?』って」
やはり、ゼクスは気が付いていた。
私が黒魔術師であるということだけではなく、グランエンドから追い出された『天女の片割れ』であるということも。
思い返してみれば、察しているような言葉があったような気がする。
例えば、魔術書を読み解いたときに鎌をかけられた記憶がある。そもそも、15,6の黒髪なのに忌避される理由を知らないのは、誰が見てもおかしいではないか。
『逆ハー』に魅了される前のゼクスなら、気が付いても妙な話ではない。もしかしたら、その時点では推測にすぎなかったと思うが……香奈子の話を聞いて、『斉藤澪=もう1人の異世界人』と認識したのだろう。
「……それで?」
としか、私は返せない。
香奈子はその時のことを思い出したのだろう。ぷくぅと顔をしかめて、腰に手を当てた。
「だから私、言ってやったの。
『澪ちゃんが私に恨みを抱くなんて、ありえない!』って」
「ありえない?」
「うん。だって、私と澪ちゃんは親友だもん!
だけどね、そう言ったらゼクスったら『でも、恨みを抱いたとする。気が付かないうちに、カナコが親友を死に追いやってしまったとしたら?生きながらえた親友は、カナコを恨むのでは?』って言葉を重ねるの」
「それで、どう返したの?」
そこが、1番気になる。
きっと、ゼクスも気になったのだろう。私は一字一句聞き逃さないように全神経を集中させた。
若干不機嫌な香奈子は、当然!と言った口調で言葉を続けた。
「『そもそも私が死に追いやるなんて、ありえない!
万が一、そんな状態になったら―――ごめんねって謝る。そしたら、許してくれるよ。だって、親友だから。
澪ちゃんなら、許してくれるよ!』って」
「親友だから―――間違いも許す?」
「うん!」
やっと理解者が現れた!というような笑顔で、香奈子はうなずいた。
私の内心を無視した晴れやかな笑顔は、何故だろう。無性にはらわたが煮え返る。
「だって、人間だれでも間違いってあるでしょ?間違いを笑って許してくれる、それが親友だよ!」
「……」
間違いを笑って許せる?
『死に追いやる』を『間違い』で済ませるのか、この女は。
身体の内側からヒンヤリとしたものが、広がっていく。
……この回答が納得いく結果だったら、復讐の被害を減らしてもいいとまで考えていたのに。少なくとも、和解は出来ると考えていたのに。
「それ、本気で言ってるの?」
「そうだよ!って……あれ……どうしたの、ミールちゃん。なんか、顔が怖いよ?」
私は素の顔をひっこめ、代わりに笑顔を引っ張り出す。
感情をおしこめ、ひたすら営業に徹した。そうしないと、やってられない。
それは……いくら『逆ハー』の魅了にかかった男でも覚めるというわけだ。いや、それでもかかり続ける男はいるかもしれないけど。
「そうですか?
それで、ゼクス様は――」
「うん、『お別れだ』って。ちょっとさみしいけど……最後まで、あの人のことは分からなかったな。いきなり頬を触って来るし、あ~気持ち悪い!」
でも……まぁいいか!と香奈子は開き直り、続いて昨日の夕食の話へと変わる。
私は相槌を打ちながら、これをエリザベートに報告する術を考えていた。
もし、これが本当の噺なら、とるべき行動が1つ無くなる。
いや、抑え気味になるというのが適切かもしれない。
甘い香りが漂う昼下がり。
だけど、窓の外を見ると遠くに今にもはち切れそうな入道雲が浮かんでいる。
はてさて、それはヴェーダへ向かう雲なのか。それとも、グランエンドに向かう雲なのか。
入道雲と少女が巡り合うまで、もう少し。




