40話 ドッペルゲンガー?
※今回は香奈子視点でお送りします。
「疲れたよ~」
半分泣きそうになりながら、私は机に突っ伏した。
夏祭りが終わってから数日。ずっと休む間もなく『白魔術』の勉強をしている。
勉強は苦手ではないけど、嫌い。
だって、『勉強が好き』っていうと、みんな嫌な眼をするんだもの。
澪ちゃんなんて
『それ、皮肉に聞こえるからやめて』
と、何度も何度も繰り返し言うから……嫌になっちゃった。
「でも、私が『建国の儀』に出るなんて―――無理だよぅ」
腕に顔を埋め、私は唸った。
『建国の儀』というのは、グランエンド王国の建国を祝う祭り。
毎年、王族主催で盛大に開かれる祭は、アーニャ様の『白魔術』が喝采を浴びているみたい。
でも、アーニャ様は病態が悪く今回は欠席。その代わりに、私が舞台に上がることになったんだ。
ブルースさんの話だと、アーニャ様が3歳の時から任されていた大役。身体の弱いアーニャ様だけど、1度も代役を使ったことがなかったらしい。
―――なんで今回は、休んでしまうのだろう?
きっと、私と澪ちゃんを利用しようとしたから、天罰が下ったんだ。
そんな感じがした。
「天女サン!」
そんな私に、にこやかな笑みを向けて来てくれるチェイン君。
深緑の髪を、ポニーテールにしているチェイン君は、喧嘩をしているところを視たことがない。いつも笑顔を浮かべて、私を励ましてくれる。
アルフレッドさんやブルースさんたちと比べると、ちょっと軽い気がする。でも――優しい人だって、私は知っているんだ。
「どうしたの、チェイン君?」
「疲れたと思うから、休憩がてら庭でも散策しない?」
「え?あ…あっ!」
チェイン君は、私の返事を待たずに腕をつかんできた。
そして、庭の方へと歩き出す。私も引っ張られるようにチェイン君に続いた。こうして手を引かれるなんて、滅多にない。少し顔に熱が集まってきた。
「どうした、天女サン?手がアツいよ。もしかして、緊張してる?」
そう言いながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべてくる。
私は首をふるふると振って、否定した。とんでもない、手をつながれただけで緊張しているだなんて―――恥ずかしくて言えるわけがないよ。
「べ、別に緊張だなんて……それに、1人で歩けるから……」
戸惑いながらも、私は握りしめられた手を外そうとする。でも、外そうとすればするほど――チェイン君は腕を強く握ってくる。まるで、決して離すまいと誓ったかのように。
「グランエンドの伯爵!カナコ姐さんから離れるッス!!」
痛みで顔をしかめる私を救うように、颯爽と現れる人影。
風でたなびくバンダナに、小さな背に程よくついた筋肉。そう、彼は――
「デ、ディンゴ君!?」
「僕がいるからには、カナコ姐さんはもう安心っスよ!」
にぃっと笑ったディンゴ君は、力任せにチェイン君を引き離した。
チェイン君は、明らかに不機嫌そうに口を歪める。……なんだか、珍しい表情を見てしまった。いつも明るくて調子物で、元気いっぱいのチェイン君が、こんな顔をするなんて……そんなに、手をつないでいたかったのかな?
「いったい、何を企んでいたんッスか?ことと場合によったら、僕がカナコ姐さんの代わりに正義の鉄槌を――」
「誤解だよ、ディンゴ君!」
「誤解?」
「うん、ただ一緒に庭園を散歩しようとしただけなの。
そうだ!よかったら、ディンゴ君も一緒に庭園散策する?」
私が誘うと、チェイン君が嫌そうな顔を浮かべた気がした。
でも、それは本当に一瞬。私が目をこすると、いつも通りの笑顔を浮かべたチェイン君がいる。
ディンゴ君は、嫌そうな表情に気が付いたのだろうか?
すぅっと目を細めて、ディンゴ君を睨みつけている。
「御一緒させてもらいたいッス!
……その男が、姐さんに手をだしてくるかもしれないッスからね」
「嫌だな。ちょっかいなんて、出さないよ。
俺は庭園探索のついでに、そろそろ到着する『ヴェーダ帝国使節団』を一緒に覗こうと思っただけ」
「使節団?」
つい、声が色めき立ってしまう。
ヴェーダ帝国といえば、この世界に平和同盟に加入していない最後の国。
使節団ってことは、ついに参加を決めたってことかもしれない!
ここの生活を離れるのは……せっかくできた友達と別れるのは辛いけど、そろそろ元の世界が恋しい。
特に、お米や御味噌が食べたい。
この世界って、和風っぽい世界観があるのに―――食文化だけ西洋っぽいんだよね。
でも、食事のためだけに元の世界に帰るだなんて―――この世界に悪い気もする。
「同盟に加入するってこと?」
「いや、それは未定みたいだよ」
チェイン君が首を横に振るう。
「参加するには、ヴェーダ国民の反発が大きいらしい。
だから、国民の反発が収まってから参加するんだって」
「うーん、そっか……」
国が成り立つためには、国民が第一。
反発が大きいなら、仕方がないかも。反発が収まるように、私も喜んで手をかさなければ。
「なるほどッスね。今回は、『建国の儀』だけ参加して、グランエンドに対するイメージを高めるってことッスか」
なんとなく釈然としない感じみたいだけど……それを振り払うようにディンゴ君は笑った。
「よし、観に行くッス!そろそろ到着する頃ッスから!
―――あっ、ほら!あれッスね!」
ディンゴ君は、窓の外を指さす。
覗き込んでみると、門の前に騎馬が連なっていた。
編み笠を被った女性を先頭に、牛にひかれた金の車を護るように囲んでいた。
「ねぇ、もっと近くに行ってみない?」
私は、彼らの返答を待たずに走り出す。
ひらひらと長いドレスは、転びそうになる。だけど、ドレスの端をつまみ駆け下りた。
「ようこそ、グランエンド城へ」
アルフレッドさんの声が、聞こえてくる。
たぶん、使節団を出迎えているのだろう。
「丁寧な御出迎えに、感謝します」
何処かで聞いたような声。
私はその声に郷愁を覚えながら、城門へと急いだ。
「それでは、中へ――」
「待って!」
やっとの思いで辿り着く。
アルフレッドさんは、驚いたように私を振り返った。
「カナコ!?白魔術の練習は――」
「今、休憩中なの。それで、彼女が―――使節団の方ですか?」
聞き覚えのある声、だけど――グランエンドにいるはずのない人の声。
それでいて、私が1会いたいようで会いたくない人。
私は期待を込めて、編み笠の彼女を見つめた。編み笠の彼女は、優しげな笑みを浮かべると笠を外す。
すると、ふわりと見事なまでの茶髪が顔を覗かせた。
「はい、ヴェーダ帝国使節団副護衛長、ミールと申します。
よろしくお願いします。えっと……」
どちら様ですか?と言いたげに表情を曇らせる。
澪ちゃんじゃない……でも、ミールさんは、どことなく澪ちゃんにそっくりで……
髪の色と名前が違うけど、目元とか、口元とか、雰囲気が―――。
なんだか、懐かしい気持ちになってきた。
もしかしたら、この世界に来てから2人目の女友達になってくれるかもしれない。
そんな予感が胸を横切った。だから私は、精いっぱいの笑顔で挨拶をする。
「私、香奈子と言います。よろしくお願いします、ミールさん!」
「はい、カナコ様。こちらこそ、よろしくお願いします。
―――それでは、そろそろ城へ入城してもよろしいでしょうか?」
アルフレッドさんに了承を得て、城へと進み始めるミールさん達。
背筋をピシッと伸ばしたミールさん達は、どことなく凛と引き締まっていてカッコいい。
あんな真剣そうな姿、私――この世界に来てから初めて目にしたかもしれない。
私は彼女たちの背中を、惚れ惚れと眺めるのだった。
だから、気が付かなかった。
先頭を進むミールさんが、勝ち誇ったような笑みを浮かべたことに。
※9月25日:誤字訂正




