27話 澪のスキル
枯れ葉が舞う。
そう、まるで花弁のように。渦を巻きながら、哀愁を漂わせて舞っている。
満月と星だけが浮かぶ寂しい岩場。
下界は夏真っ盛りだというのに、ここは冬のようだ。
いや、冬なら次に春が来る。だけど、花が咲く気配は全くない。
「死んだ魂が集まるのも、分かる気がするよ」
購入したばかりの食料を背負い直し、私はポツリと呟いた。
黒魔術師として、この寂しい土地でルーシェに弟子入りをした。
私の才能に花が咲くことが、これからあるのだろうか?
一応は、ルーシェの下で『修行』に励んでいる。だけど、実際の1日を振り返ってみると、修行の時間より『仕事』を任される時間の方が多く取られているのだ。
それも、黒魔術に関係ない仕事。
掃除したりとか、洗濯したりとか、買い出しに行ったりとか、料理したりとか。
……正直『メイドか何かですか、私は?』と、思う時がしばしばある。
おかげで、0に等しかった『家事スキル』がメキメキと向上している。
修行が終わった後で寝具に倒れ込みたくても、値下げの誘惑に惹かれて、こうして夜に山を駆け下りる私がいる。
特に母親にまかせっきりだった料理分野は、この3カ月で一気に飛躍したこと間違いなしだ。日々レシピを考える私を、もはや誰も『皿洗い担当の斉藤澪』と言わないだろう。
レストランで出るような料理は作れないが、そこそこなモノだと自負している。
前はしかめっ面で呑みこむように食べていたけど、最近では『これはなんだ?なかなか美味い』と言ってくれるようになったのだ。これは、凄い進歩だ。
……もしかしたら異世界料理ってことで、需要はあるかもしれない。
そうだ、いっそのこと山を下りて食堂でも開いてみたら――――
「……いや、何考えているんだ、私」
ここにいる目的を見失うところだった。
完全に『都合の良い弟子』として働いている。修行がついでになってしまっている。
一応、新しい黒魔術は教えて貰った。知識も深まった気がする。体力も精神力も尽き、短い時間だけど達観することが出来るようになった。
だけど、それだけ。
「こうしている間にも、香奈子の奴は動いているって言うのに」
思いっきり歯を食いしばる。
そうだ、いつまでもここで弟子をやっている場合ではない。早急に、策戦を立てて行動しないと、取り返しがつかなくなる。
全てが水の泡になってしまうのだ。
「きゃん、きゃん!」
「少し黙って、ハヤブサ」
焦る気持ちに、思いをはせる。
足場もろくにない崩れ落ちそうな山道を、慣れた足取りで踏みしめながら。
さて、いったいどうしようか。
弟子を辞めるのは、たやすいことだ。この山を下りればいいのだから。だけど、この程度の力で勝てる相手なのか?
敵は私が知る限り、強敵しかいない。
香奈子の洗脳能力も大きな問題だが、その傘下に集う男共も、いや、そっちの方がむしろ突破しがたい壁なのかもしれない。
アルフレッドの大国王子(というか、実質国王)としての権力、あっさりとプツェル公国を落としたブルースの知略、チェインは………チャラくて、スッと獲物を横取りする狡賢さがある気がする。そして、実際に使えた経験のあるゼクス―――私みたいに忌避された者でも使えるならば迎え入れる斬新さがあった。
たぶん、彼女の下には彼らと同等、いやもしかしたら、それ以上の男がいるのかもしれない。
そんな男たちが1つに纏まって、香奈子を護るために全力以上の力を発揮してくる。
では、私には何がある?
多少マシになった家事スキルと、半端な黒魔術だけだ。
それ以外、なにもない。
だけど、キッと他に何かある。そう思って自分の中をもう一度見つめ直す。だけど、それがい、私の取り柄はなにもなかった。いや、先に挙げた2つだって、取り柄と言えるか分からない。むしろ――――
「キャン!!」
そんな私を拒むかのように、ハヤブサが前に飛び出した。
まるで、ここから先に進ませないと言わんばかりに。私は小さくため息をつく。
「どうしたの、ハヤブサ?」
何かを伝える様に、必死で吠える。
その必死な声が耳障りで、少しそっとして欲しいのに。
「少し静かにして」
なのに、何かを否定する様に吠えたてる。
いつもは言うことを聞いてくれるのに……頼んでもないのに私の進む道に着いて来るのに。
本当に、こいつは何なんだ?
「はぁ……どうしたんだよ、本当に」
これから先に進ませたくないのか?
なら、ハヤブサが落ち着くまで留まろう。その場に腰をおろす。すると、ハヤブサは安心したように吠えるのを辞めた。だけど、道をどかない
「……」
しばらくハヤブサを睨む。
だけど、それも面倒になってきた。
なにはともあれ、静かになってくれたのだ。このまま、自分の進むべき道を模索するとしよう。
「―――?」
ハヤブサから目を逸らし、谷の下へ目を落とす。
吸い込まれそうな谷の中腹に、人1人が横になれそうな岩場がある。そこに、なにやら光るものを見つけた。小さな半透明の小鳥が、何かの上に載っている。
夜の闇の中に沈んでしまって、良く視ることが出来ない。だけど、暗闇に慣れてきたのと、満月の灯りで、小鳥の下に横たわる人がいることに気がついた。
そう、ボロボロの着物に包まった深編笠が倒れていることに。
「ナナシ!」
崖を駆け下りようとして、僅かに戸惑う。
こんな何も用意のない状態で駆け下りたら、下手に勢いがついてしまってナナシの所で止まれない。転がり落ちてしまう。
そうならなかったとしても、私には大の男を持ち上げられる体力が―――あるけど、さすがに背負ってがけを登ることは不可能だ。
「見よう見まねだけど―――仕方ない」
バッと右手を前に突き出した。
半透明の小鳥霊を捕える様に、手を伸ばす。1日の修行の後で疲れているけど、まだまだ体力にも精神力にも余力はある。いや、なくてもやらなくてはならない。
「『来たれ、空を舞う魂よ!』」
腕がキリッと痛み、指先から黒い糸が伸びる。
不思議なことに、黒魔術使役時の気怠さはなかった。痛さも注射針を刺すように一瞬だ。
痛みになれたのか?それとも、別の理由があるのだろうか?
一瞬、そんな疑問が横ぎったが―――考えるのは後だ。今は、ナナシを助けることに集中しろ。
「ふんっ!」
糸を手繰り寄せる様に腕を引くと、小鳥が舞い上がった。
チチチッと鳴きながら、ゆっくりと腕に止まる。私はルーシェに見せて貰った『伝令』を思い返しながら、小鳥の言葉を吹き込んだ。
「『師匠へ伝令:崖の下にナナシ発見。息があるか不明。これより救出に向かう。引き上げるため、応援頼む:澪』」
一気にそこまで唱えると、山の頂上へ腕を向けた。
それだけで、何をすべきか分かったのだろう。いや、魔術が成功したというのだろうか。
半透明の小鳥霊は小さな翼を広げ、弾丸のようにまっすぐ山頂へ飛び立っていった。
「ハヤブサ、アンタはここに待機してて。
師匠が来たら、吠えて知らせてね」
そう言いながら撫でる。
ハヤブサは了解した!とでも言わんばかりに、ワンッと一吠えした。
私は荷物を足元に置くと、軽くストレッチを開始した。
別に、ナナシを助けても私の徳にはならないし、そもそもアレがナナシだとは限らない。
3か月かかって、ようやくここまで来たということなのだろうか?
一体、なんのために?
私と同じように弟子だったということは、こんな崖に落ちるはずがないと思う。
というか、小鳥霊がいるなら、何で私の様にルーシェへの救援を飛ばさなかったのは何故だろうか。
……奇妙な点があり過ぎる。
だけど、一言―――礼を言いたい。
そして、問いたい。何故、私を助けたのかを。
「それに、借りをそのままにしておけないし」
いまから、命綱なしで崖下へと歩かなければならない。
私には縄がないのだ。
こんな所で、崖を降りることになるなんて考えたこともなかったし。
だから、ルーシェが助けに来てくれなかったら困る。
ルーシェが面倒くさがって、助けに来なかったら……縄を寄越してくれなかったら……私とナナシは崖の岩場で野垂れ死ぬ。私は未練の余り、十中八九、幽霊になってしまうだろう。
いっそのこと、幽霊の状態で、香奈子に復讐しに行こうか?
「バカバカしい」
『死』という考えを、一蹴する。
最悪な状況になっても、ぎりぎりまで生きようと努力しよう。
懐に、水の入った竹筒と予備の魂が入ったガラスの小瓶があることを上から確認する。
少なくとも、水があれば数日は生きていける。その間に方法を模索すればいい。
これまでだって、諦めないで歩いてきた。
今回も諦めてたまるか。
「よし……行こう」




