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黒魔術師と3つのルール  作者: 寺町 朱穂
1つ目のルール
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1話 目を覚ませば



「――お、澪ちゃん!」



幕が開くように、ゆっくりと視界が開けてくる。

私を覗き込んでいたのは、香奈子だった。青い瞳の周りを紅く腫らして、顔をくしゃくしゃに歪めている。



「かな、こ?」

「良かった!澪ちゃんも起きた!!」

「良かったですね、カナコ」



香奈子の後ろには、緑色の瞳を持つ青年が微笑んでいた。

香奈子に負け劣らぬ金髪に、雑誌の表紙を飾ってもおかしくないくらい整った顔立ち。明らかに、日本人離れしている青年だった。いや、顔立ちだけではなく……



「仮装?」



青年は、キリッと整えられた軍服を纏っている。

それも、明らかに西洋ファンタジーに登場しそうな軍服だ。『仮装』という言葉より、コスプレという言葉が似合うかもしれない。

私の言葉を聞いた香奈子は、ぷっと噴出した。



いったい、私は何か失言をしただろうか?

身体を起こし、香奈子の姿を視た時、初めて気がついた。なんと、香奈子も仮装をしていたのだ。香奈子は、ふんだんにレースで装飾された桃色のドレスで着飾っている。

私は、香奈子の爪先から頭の上まで凝視してしまった。



「香奈子、その恰好は?」

「あの服装だと目立つから、お借りしたの。似合う、かな?」



香奈子は、照れたように頬を赤らめる。

何と答えればいいのだろう。私から言わせてみたら……その服装の方が目立つ。ただ、桃色のドレスは、香奈子の魅力を十分に引き出しているように思えた。駅であった時よりも増して、香奈子が輝いているように思える。

テレビの中の人気女優やアイドルであっても、香奈子の前に跪くだろう。

私は女として、完全に敗北している。香奈子と張り合ってはいけない、絶対に。



「…えっと…」



でも、何故だろう。

ドレスを着ただけで、人の印象ってこれ程までに変わるのだろうか?

袖から伸びる腕に白さが増し、まるで小枝のような細さに変化した気がする。髪の色も、一層輝きを増しているし、まつ毛もくるりとカールしている。

果たして、彼女は本当に『香奈子』なのか?

つい、首をかしげてしまう。



「似合うよ、カナコ。これ以上ないというくらい、似合ってる」



問われてもないのに、青年が香奈子を誉めはじめた。

香奈子の頬に、ぽうっと赤みが灯る。



「ありがとう、アルフレッド王子様。でもね、私は澪に感想を聞きたいの。ねぇ、澪はどう思う?」



香奈子は、どうしても私の意見を聞きたいらしい。

アルフレッド王子と呼ばれた青年は、少し不機嫌そうに眉を歪める。自分より私の意見を求められたからだろうか。……ん?いや、待て。



「似合ってるけど……それよりも、王子様ってどういうこと?」



私が尋ねると、きょとんとした表情を浮かべた。首を小鳥のように傾け、不思議そうに私を見つめてくる。



「あれ、澪は聞いてないの?」

「聞いてないって、なんのこと?」



記憶をたどってみるが、今日は巷で有名な映画を観に行くために新宿に行ったのであって、それ以外の目的はない。

そもそも、私と香奈子との間で『仮装大会へいこう!』なんて話が出たことは、一度としてない。



「あのね、ここは『グランエンド王国』。この人は、アルフレッド王子様よ」

「アルフレッドで良いよ、カナコ」



私に説明しているはずなのに、王子が口を挟んできた。



「え、でも……ほとんど初対面の人なのに、呼び捨てなんて失礼だよ」



呼び捨ては『失礼』なのは確かだと思うが、それ以前に目上の人に対する言葉づかいじゃないなと苦笑いを浮かべてしまう。だけど、そんなことを言いだせるような雰囲気ではなかった。

完全に香奈子とアルフレッド王子の世界は、私から切り離されている。



そう、例えるのであれば『桃色空間』だ。触れるのも億劫になるくらいの、ふんわりと甘すぎる『桃色空間』が発生していた。

リア充爆発しろ!と叫ばなかった私を誉めて欲しい。



「失礼じゃないよ。僕はカナコのことをカナコと呼んでいる。ほら、おあいこだ」

「じゃ、じゃあ……アルフレッド、さんでいい?」

「さん、か……まぁ、今はそれでいい」



そう呟くと、アルフレッド王子は辺りが華やぐ笑顔を浮かべる。

横で見ている私でさえ、頬が染まってしまうほどの笑顔だ。そんな笑顔を正面から受けたカナコは、顔が蒸発するのではないかと言うくらい赤く染まっていた。



「そろそろいい?質問を再開するけど?」



こほん、と咳払いをすると、桃色空間は吹き飛んだ。

アルフレッド王子は、邪魔されて少し怒ったような顔をしていたが、口には出さなかった。ただ、黙って香奈子との距離を取る。



「え、えっと。何の話をしていたんだっけ?」



頬を蒸気させた顔を、私に向けてくる。



「グランエンド王国って、日本のどこ?私達ってトレーラーに轢かれたんじゃなかったっけ?」

「え、そこから!?女神さまに説明を受けなかったの?」

「めがみ?」



どうも、話がかみ合わない。

私達は、ほぼ同時に首を横に傾ける。



「カナコ、そこの彼女も天女としての指名を受けたのではないのかい?」

「天女!?」

「あ、アルフレッドさん!ちょっと席を外してもらえないかな?少し、澪と二人っきりで話がしたいの!」



渋るアルフレッドを無理やり追い出した香奈子は、ふぅっと息を吐き出した。



「あのね、澪。私達は、トレーラーに轢かれる直前に『異世界トリップ』したの」



小説で聞きなれた単語が、香奈子の口から飛び出した。

『異世界トリップ』…それは、『オズの魔法使い』のドロシーや『不思議の国のアリス』のアリスのように、異世界を渡ってしまうことを指し示す。

『あ~、私の前にも白兎さんが現れないかな』と本を片手に何度、幻想したことだろう。




「だけど、それは小説の中だから可能なのであって、現実には起こりえないこと」



こんな混乱した状況下で、冗談を言わないで欲しい。

私は眼を細めて、香奈子を睨みつけた。



「香奈子、ふざけるのはやめて」

「ふざけてなんかないよ。だって、女神さまが『貴女をトリップさせてあげます』って」



泣き出しそうな顔をしながら、香奈子は必死で説明し始めた。身振り手振りを加え、必死に私の記憶を思い出させるように語り始める。



「トレーラーに轢かれる!って思ったらね、女神さまが現れたの。

『これから送る世界を平定しなさい』って。

『ただ、貴方はあまりに無力。強い人に護られるよう“ぎゃくはー補正の加護”を与えましょう』って言われたんだ」



知らない。



私には、そんなこと一切なかった。



異世界トリップなんて、女神さまなんて、聞いてない。



知らない、私は知らない。


そもそも『ぎゃくはー補正の加護』は、女性の周りにイケメン男性が群がってくるというハーレム状態、すなわち『逆ハー補正』ということだろう。

そんなの、ただでさえ美少女の香奈子にはいらないじゃないか。何もしなくてもイケメンが群がってくる香奈子ではなく、むしろ、一度も男性に言い寄られた経験のない『私』にチート性能を付けて欲しかった。



「そもそも、『世界を平定』ってどういうこと?」

「えっと、女神さまが言ってたんだけど、

『この世界は戦乱の世。どこかの国を先導し天下を統一させてください。天下統一した暁には、元の世界へ帰してあげます』って」

「う、うそ」



視界が、一瞬遠ざかる。

つまりだ。戦乱を平定し、どこかの国に天下統一させる。

それが出来ない限り、お父さんやお母さんの所には帰れないってこと?

いまにも臥せそうな私に、香奈子はトドメを刺した。



「それで、私は空からグランエンド王国城に落ちたの。だから、『天女様』って言われているんだ。

その時に、澪も落ちてきたから、澪も『天女様』ってことになってるの」

「てんにょ、さま」



なに、その展開。

思わずシーツに顔をうずめた。

『天女』というネーミングセンスに背筋が逆立つ。せめて、『勇者』の方が良かった。そっちの方が、カッコいい。いや、カッコいいと思うのは女として失格なのかもしれないけど。




「そうか、じゃあ澪ちゃんには『加護』がないんだね?……じゃあ、私一人で頑張らないといけないってことなのかな?」



香奈子は、寂しそうに囁いた。

蒼い瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだ。私は理不尽さを叫びたくなったが、その叫びをグッと堪えることにする。



今叫んでも、事態は好転しない。

せっかく異世界に来ているのだ。現実との差異を楽しみながら、世界を平定することにしよう。異世界へ行くなんて、何度も何度も夢に見た出来事ではないか。

うん、こうなったら達観するのが一番だ。

そう割り切ると、世界が鮮やかに見え始める。微笑を浮かべた私は、香奈子の肩を叩いた。




「大丈夫。私も出来る限り協力するから。それに、香奈子は加護持ちじゃん?

戦いは他の強い人に任せて、護って貰えばいいんだよ」



『平和の象徴』として天女を祭り上げさせる。

実際に戦い指揮を執るのは、この国の重鎮に任せればいい。可愛らしい女の子が旗頭になることで、右肩上がりに戦気も上がるものだ。

もちろん、誰かを戦場に送り込むというのは後味が悪いが……



「ほら、異世界の『ジャンヌ・ダルク』になるんだよ。そうすれば香奈子と私は、楽に世界を平定できる」



香奈子と私でジャンヌ・ダルクになればいい。

ジャンヌは最期、火やぶりにされてしまったが……『逆ハーの加護』がある香奈子なら、仲間に殺される心配しなくていいはずだ。私が処刑されそうになった時は、香奈子が救命のため立ち回ってくれるだろうから平気。



「せっかくの異世界だよ。血なまぐさいことは本職の人に任せて、私達は異世界を楽しめばいいんだ」

「で、でも……他の人を危険な目に合わせるわけにはいかないよ」



香奈子は、心底辛そうに瞼を降ろす。

そして、泣き出す一歩手前の香奈子は、絞り出すように呟いた。



「戦いは、いけないことだもの」





※8月21日 一部改訂


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