プロローグ
山崎 香奈子は、すぐ見つかった。
新宿駅の混雑の中でも、一際目を惹く存在だからだ。
西洋人の血を引くらしく、秋の稲穂のように輝く金砂の髪が揺れている。慌ただしく行き交う人々も、思わず振り返ってしまうような美貌の持ち主だ。
「……あれ?」
というか、数か月前と比べて振り返る人の数が確実に多くなっている。
中学の時と比べて、益々美貌に磨きがかかったのではないだろうか?
特に胸のあたりが、私の倍以上のふくらみを帯びている。
まったく、同じ『女性』に分類されるとはいえ、こうも自分と容姿がかけ離れているとなると、嫉妬も対抗心も沸いてこない。彼女に勝てる要素なんて、私には何もないのだ。
「スタイルはもちろん、料理もプロ並み。おまけに性格だって悪くないか」
もちろん、そんな香奈子に無くて私にあるものもある。
例えば、霊感とか。
ちょうど、駅上空を漂う浮遊霊に視線を向ける。
夏特有の眩しい日差しの下において、半透明の幽霊が漂っていた。
きょろきょろと辺りを見渡す香奈子を、頬を染めて眺めている。
「…幽霊が惚れるなよ…」
幽霊にまで惹かれる美貌となると、もはや魔性の類だ。
何かに憑かれているかもしれないから、お祓いに行った方がイイ。
もっとも、『アンタ、幽霊にまで好かれているよ』なんて、香奈子に言ったことはない。
いくら『香奈子の親友』というカテゴリーに属するとはいえ、幽霊が視えているなんて話した暁には、気持ち悪がられるだろうから。
いつか遠回し気に、お祓いを進めてみよう。
「あっ、澪ちゃん!」
海を綴じ込めたような青い瞳が、私を映し出したらしい。
やわらかな笑顔を浮かべた香奈子は、手を振りながら走り寄ってきた。私も軽く手を振り返す。
「久し振り、澪ちゃん!えっと、GW以来会ってないから……3か月ぶりだね!」
「そうだね。じゃあ、行こうか」
白いスカートをふわりと膨らませながら、香奈子は映画館へと歩き出した。
私と香奈子は、小学生の時からの親友だ。通学路が同じで一緒に帰宅したことをきっかけに、私達は友達になった。
ゲームをしたり、アイスを食べたり、校庭で遊んだり、とても充実した毎日を送っていたと思う。
中学に上がってからも、互いに別々の友達はいたけど香奈子との仲は一線を画していた。
こうして2人で映画を観に行ったり、ショッピングモールを冷やかしに行ったり、楽しく遊んでいる。
友達の中には『澪と香奈子ってレズなの?』と言うが、断じて違う。ただ、なんとなく気が合うから遊んでいるだけだ。
お前には気楽な友達がいないのかーっと、つい言い返してしまったことを良く覚えている。
「澪ちゃん、信号変わったよ?」
信号が青に変わっても歩き出さない私に、不安げな視線を向けてくる。
私は慌てて愛想笑いを浮かべると、足を前に踏み出した。
「ご、ごめん。ボーっとしてた。今日って暑いしさ」
「本当に暑いよね。最高気温は40度超すかもって噂されているんだよ?」
「本当に?日本はいつから亜熱帯になったの――」
地球温暖化って嫌だな、もう。
そう口にしかけた言葉が、放たれることはなかった。
目の前に突然現れたのは、賑やかな宣伝を流す大型トラック。目を惹くようラッピングされたトレーラーが、何を間違ったのだろう。まだ赤信号だというのに、横断歩道へ進行してきたのだ。
ほとんど渡りかけていた多くの人々は、すぐに避けることが出来た。トレーラーの運転手も事態に気がつき、即座にブレーキを踏む。しかし、ちょうど真ん中を歩いていた私と香奈子に、退路は残されていなかった。
私は声にならない悲鳴を上げる。
トレーラーが近づいてくる様が、やけにゆっくり視界に飛び込んできている。でも、動くことは出来ない。逃げることが出来ない。
「い、いやぁぁ!!」
香奈子の悲鳴に近い叫び声が、響き渡る。
その瞬間だ。私の周囲は、急に眩しいくらい白い光に包まれる。白い光は全てを包み込み、何もかもが分からなくなる。
――まるで、強大な存在に『斉藤澪』が塗りつぶされていくような――
こんにちは、寺町朱穂です。
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※8月21日 誤字訂正