復讐させなさいっ!
よくある主従逆転設定を自分なりに料理してみたら残念なラブコメが出来上がりました。
「アンタもういらない。クビ」
淡々とそう告げたのはディルクが働く屋敷のご令嬢だった。
一人娘故に蝶よ花よと育てられた彼女に逆らえる使用人なんて誰もいない。
……いや、本当はそれでも自分だけは特別なのだとディルクは思っていた。
何故なら、お互い憎まれ口を叩きながらも友情めいた絆がそこにはあると信じて疑わなかったからだ。
「まさか、私の命令に逆らえる訳ないわよね?」
いつも以上に性格の悪さを前面に出した笑顔。
いつもなら戯れ言をと一蹴出来るのに、その時だけはどうしても出来なかった。
――そうしてディルクはほんの僅かな退職金を渡されて、着の身着のままお屋敷から追い出されたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ロジー、すみませんがお遣いを頼まれてくれませんか?」
「りょーかい致しました!」
メイド長に呼ばれパタパタと忙しなく走っていく女に視線を向ける。
彼女の名はロジーナ・オーペッツ。
栗色のショートヘアに翡翠色の瞳がよく似合うノイベルト家の中堅メイドだ。
ハツラツとした雰囲気で人当たりもよく仕事もソツがないため後輩は勿論、屋敷に長らく勤めるベテランの使用人からも一目置かれている。
……そんな彼女が十年前まではこの屋敷の令嬢だと言うと、事情を知らない人間は大抵驚く。
其ほどまでに彼女は今や立派なメイドとして、かつてオーペッツ邸と呼ばれていたこの屋敷でかつての使用人・ディルク・ノイベルトに仕えていた。
「……」
おかしい。どう考えてもおかしいだろうコレ。
ディルクの予定では、旦那様を亡くし拠り所のなかった彼女の、叔父の元で嫌々ながらメイド紛いな事をしている彼女の前に颯爽と現れ、助ける所か更なる恥辱を与え愉悦に浸ると言う復讐劇が始まる予定だった。
(というのに――なにメイド業に目覚めちゃってるんですかお嬢様!)
アンタ自分でも鼻唄混じりに言ってましたけど適正バッチリですよ、天職って奴ですよ。どうしてこうなったコンチクショウ――と、そんなディルクの気持ちも知らず、かつてオーペッツ領地だった村へと今日も鼻歌を歌いながら暢気に向かうロジーナを見て何ともいえない気持ちになる。
今、彼が彼女に言いたいこと……それはもう色々いっぱいあった筈だが、あえて言うならこの一言だ。
――ロジーナお嬢様、お願いですから復讐させやがれ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
世の中は往々にして成るように成るもんだな、としみじみ思う。
ロジーナ・オーペッツは、かつて自分の屋敷だったこのノイベルト邸にて、今をときめいてる気がしなくもないノイベルト子爵ことディルク・ノイベルトにメイドとして仕えている。
もうすぐ八年目なのでそこそこ中堅のポジションである。
……と、こうして経緯だけ書くと悲劇の様な身の上だが、実際は全然まったく一切たりともそんなことはない。
何故なら、今のこの状況は彼女が思い描いていた以上に理想的な状況なのである。
まず一点目として挙げられるのは、雇い主がディルクである事だ。
彼は元々使用人として何年も働いていた経験がある。
品行方正で、少しだけ目上の人への毒舌が酷い――といっても、今の上司にはそんな所が気に入られているらしい――が、本来は曲がった事が大嫌いな性格でもある。
たかが使用人とならず、適切な仕事環境を提供してくれる屋敷はそう多くない。
ロジーナがこの屋敷に雇われたのはある意味特例的かつ特殊な理由なのだが、それはそれ、これはこれと言う訳で理不尽な思いをする事なくのびのびと働けている事は非常に有り難い。
そして二点目は、ロジーナにとって現在の仕事は適正が抜群に良かったのだ。
これは父を亡くし厄介になっていた叔父の屋敷に居た時に発覚した。
性格的な相性の悪さでなかなか折り合いがつかなかった叔母や従姉妹に強要されて始めた仕事だったが、奔走している内にロジーナのメイドとしての才能が開花したのだ。
最終的には屋敷の色々なモノを握ってしまい、ディルクに引き抜かれた際は引き継ぎで相当苦労した記憶がある。
何だかんだ主従としての相性は良かったのか、別れ際に叔母や従姉妹から別れを惜しまれ泣かれすらしたが、惜しむらくは建前上叔父は私の後見人だったため正式なメイド扱いが出来ず、給金をもらえなかった事――それだけが悔やまれる。
そんな訳で、王都で勤める使用人の平均かそれ以上に給金を貰えている現状に、不満がないどころか充実した日々を送っている今日この頃なのである。
「ほんと、何で十六年も令嬢やってたのかな。もっと早くメイドになればよかった」
「……ロジー、天国の旦那様がお泣きになる様な事は言って下さいますな」
「おっと、ごめんなさい」
思わずポロっと出た本音に料理長のブルーノが眉を寄せる。
相変わらず柔軟な発想で作られる料理とは裏腹に本人はいたって真面目なおじさんである。
――そう、三点目はかつてオーペッツ邸と呼ばれていた時代にこの屋敷で働いていた使用人の殆どが現在もそのまま此処で働いている事だ。
当初、ロジーナの父・オーペッツ卿の屋敷を買い取るディルクに彼らは当初難色を示したらしいが、そんな彼ら一人一人に「使用人時代に世話になったから恩返しをさせてくれ」と直々に頭を下げて今の体制が出来たらしい。
なんとも彼らしいエピソードだなとロジーナは思う。
彼らが未だに自分の父を「旦那様」と呼ぶのをディルクが許してくれた事も、娘としては非常に嬉しい。
そんな使用人達がロジーナを知らない訳もなく、立場は変われど今も変わらず可愛がってくれる。
勿論、仕事は仕事で厳しい先輩方なので甘えてばかりではいられないのだが。
「それにしてもディルク様がノイベルト子爵の血縁だったとは」
「ほんと、世の中何が起こるか分からないものですねぇ」
「そうですね、もしあのままあの方が路頭に迷っていたら――と、申し訳御座いません、お嬢様……」
「あはは、だから私のことはロジーと呼んで下さいと言ってるじゃないですか」
ブルーノが失言とばかりに申し訳なさそうな顔を向ける。
そんなブルーノにロジーナこそ申し訳なくなる。
そう、ロジーナは確かに十二年前、使用人ディルクを不当な理由で解雇した。
――そして今のこの状況こそ、彼女が最も望んでいた状況なのだ。
「四点目、ディルクが子爵の後を立派に継いでくれた」
「え?」
「ううん、なんでもないです」
小さく呟いた言葉に振り返ったブルーノに笑って誤魔化す。
そしてロジーナは今日も陽気なメイドとして人生を謳歌するのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ディルクがまさか――それは本当なのかノイベルト卿」
「ああ、あれは確かに…私の息子の子だ」
十二年前のオーペッツ邸。
屋敷の主であるオーペッツ卿ことロジーナの父親は、突然現れたノイベルト卿の言葉に信じられないとばかりに聞き返した。
「十七年前、平民の女との間に子を生し駆け落ちした息子をずっと捜索させていたのだ。まさかその数年後、息子も女も流行り病でとっくに逝っていたとは……」
「ノイベルト卿……」
風の噂では武功の多い立派な子爵と聞いていたが、そこにいるのは息子を亡くし気落ちしているただただ年老いた一人のお爺さんでしかない。
「それで、ディルクを連れ戻しに来たと?」
ロジーナの父は相手を気遣いながらも話を進める。
ノイベルト卿は一瞬なにかを躊躇った後、自信なさ気に言葉を紡いだ。
「本当は、そうしたい所なのだが……今更、どの面を下げて孫に会って良いものか」
「……」
確かにディルクはオーペッツ父娘が偶然寄った港町で拾い育ててきたが、彼が自身の生い立ちを語ることはなかった。
もしかすると口にしないだけでディルクは彼やその血縁を恨んでいるかもしれない――それは否定出来なかった。
しかし、だ。
ロジーナはこの時、彼とディルクは和解すべきだと思ったのだ。
「ねえ、それじゃあ、話をせざるおえない状況に追い込むのはどうかしら?」
「「………は?」」
それまで黙っていたロジーナが突然口を挟んできたせいか、彼女の父とノイベルト卿は目を見開いて此方を見た。
そして娘が何を考えているのか薄っすらと感じ取った父親の眉間に皺が寄る。
「ロジーナ、お前もしや……」
「そう、ディルクを解雇しちゃえばいいのよ!」
きらきらと瞳を輝かせるロジーナに、父親は頭を抱え、ノイベルト卿が呆気にとられる。
「簡単に言うがな……」
「あら、簡単なことじゃない。ワガママお嬢様が喧嘩ついでにそのまま解雇。悪いのは私なんだから、お父様もディルクもノイベルト卿も悪くないわ」
「ロジーナ!」
クルクルとまるで演説でもするかの様に高らかに語っていると、いつもよりも強い口調で父がロジーナを呼んだ。
余計な口を子供が挟むなという事だ。
しかし、彼女にとってこれだけは譲れなかった。
「私が誰よりもディルクの幸せを望んでいる事を、一番知っているのはお父様よね?」
「ロジーナ……」
父に無理やりせがんで付いて行った港町。
二人揃ってぼんやりしていた所に現れた孤児の少年。
ボサボサだけど綺麗な黒鳶色の髪。透き通った藍色の瞳。
盗みはダメだと説教する世間知らずなロジーナに、面と向かってお前に何が分かると鋭く睨み返すその目、雰囲気、表情、何もかもが彼女にとって酷く衝撃的で。
あの日ディルクに出会ってすぐに、一緒に来ないかと誘ったのはロジーナだった。
「お前はそれでいいのか、お前は……」
きっぱり言い切ったロジーナにそれでも確認する父親の気持ちも分からなくはない。
それでもロジーナが考えを改める気はないと圧力をかけた笑みを向ければ、母親に似て頑固に育ったものだと小さく溢した。
「ノイベルト卿、お父様も。今此処で話したことは、くれぐれもディルクには内密にお願いしますね」
このやり取りの数日後、ロジーナは宣言通りディルクを解雇した。
ノイベルト卿は彼女との約束を守り、偶然を装って着の身着のままの路頭に迷ったディルクを保護したのだった。
――まさかこの一連のやり取りを父が封書に記録しているとは露とも知らず、ロジーナは今日この日まで流れる様に生きてきたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……これは一体どういう事ですか」
「何の事でしょうディルク様」
「しらばっくれんな、ロジーナお嬢様!」
想定外だ。とんでもない裏切りだ。
まさか今更こんな展開がやってくるとは思わなかった。
かつてのノイベルト卿ことディルクの祖父からある日突然送られてきた届け物。
それはロジーナの父がいつか必要になった際にディルクへ渡してくれと書いたらしい封書で、その中身は不当に解雇してしまった事への詫びと――ロジーナがあれだけ内密にしてくれと言っていたアレコレが懇切丁寧に暴露されていた。
(もう、渇いた笑いも出てこないわ。こんなのってないわお父様――!)
何とか誤魔化せないかと明後日の方向に口笛なんて吹いてみれば、ディルクは苛々とした態度を隠す事無くガンッと両足をくんで机に乗せた。
「お行儀が悪いですよ、ディルク様」
「うるせえやってられるかコンチクショウ。大体気持ち悪いんですよ、様付けなんて!」
「色々口調混じってませんかディルク様」
いやまあ、ロジーナとしてもやさぐれる気持ちは分からんでもないのだが。
「何なんですか一体、本当に、もう……」
一度激昂して少しは落ち着いたのか、今度は意味が分からないと深いため息をつく。
ぐるぐる悩むついでに「何で言ってくれなかったんだ」とか、「僕の悩みは一体何だったんだ」とか、「復讐とか恥ずかしすぎる」とか思ったこと駄々漏れで何だか可哀相になってくるが、ロジーナがこの屋敷に雇われた理由は彼女自身、言われなくても分かっていた。
ただ、復讐がちっとも復讐になってなくてやっぱりディルクだなぁと使用人一同、微笑ましく思ったりもしたけれど。
こういうところが相も変わらず可愛いから、やっぱりディルク様はディルクだなあと思う。
「つまりみんなディルク様が大好きってことですよ」
「なんなんですか、それ…」
柄にも無いこと考えて一人で勝手に苦労してたんだろうディルクが脱力する。
何だか昔に戻った様で、ロジーナは嬉しくてえへへと笑った。
そんな彼女の様子に何を思ったか、ディルクがボソリと呟いた。
「……てやる」
「へ?」
「復讐してやるって言ったんですよ。どいつもこいつも僕の知らない所で勝手なことしやがって……関係者全員嫌というほど恩返しするってね!」
徐々にヒートアップしていく現・ノイベルト卿にロジーナは立場も忘れ思わず素で「はい?」と答えてしまう。
「それ恩返しじゃなくて仕返し……ってちょっと待て待って待って下さい」
気が付けばロジーナは席を立ったディルクに距離を詰められ壁に追いやられていた。
「まずは貴女ですよロジーナお嬢様。天の邪鬼なアンタを全力で幸せにしてやりますから、覚悟しやがれ!」
「ぎゃーーーーーーーーー!?」
――そんなこんなで数年後。
すったもんだの末、見事に復讐を果たした子爵様がいたとかいないとか。
了
主従物好きすぎですね!yes!
ワケあり元ご令嬢すきすぎですね!yes!
愛されヒーローだいすきですね!yes!
オッサンだいすきですね!yes!
相変わらず好きなもの好きなだけ入れたくってかき混ぜて作りました。
楽しかったです!yes!
閲覧ありがとう御座いましたー!