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第9話

「それじゃあ、健人。今日はここまでね」

 隣で数式が解けて得意満面の顔をする中学生に向かって御堂は言った。

「えー。もっと難しいの、やりたいー」

 だだっこのような教え子に御堂は、甘えただね、と笑う。

「ねえ。先生 もう少し教えてよ」

「これくらいがちょうどいいんだよ。また明後日来るんだからそれまでに他の問題、やっとくんだよ。健人」

「はーい。わかったよ。せっかく楓が来てるから、もう少しゆっくりしてもらいたかったのにー」

 教え子の言葉に 御堂は片づけの手を止めた。

「楓さん・・来てるの?」

「うん。結婚だめになったんだってさ。だから、今こっちに帰ってきてて。今日、先生が来るって言ってあるし、ねえ。もう少しいてよ。俺、あいつ逃げてなんだよ」

 甘えた声を出す健人とは裏腹に、御堂は「明日 早いんだよ」と言い捨てて急いで家を出た。

 早く帰らないといけない、と御堂は足早に駅へと急ぐ。

 きっと吉田だ。吉田が、高野のことを楓に話したんだろう。


 吉田の従兄弟の楓・・・健人の保護者だ

 自分を助けてくれた楓を紹介してくれたのも吉田なら、バイトの家庭教師の口も実は、吉田の紹介だった。吉田からはバイトの口とそして初めての男の恋の相手まで紹介されてるんだから世話がない。


 楓が教えてくれた恋の甘い記憶と、苦い思い出、去って行った彼から結婚するとの連絡があって・・・気兼ねなく健人の家庭教師をしていたのに。


 10歳年上の楓にとって高校生だった御堂はどこまでもお子様だった。

 いや。それは今でもだろうが・・・。 

 でも御堂にとっては 楓とまた会うといいうことは、初恋の苦しさをもう一度再体験することに他ならないものだった。

 健人の家を出て早歩きで駅に向かっていると、後ろから聞き覚えのある声が御堂を呼んだ。

「ヨウ。ヨウ。聞こえないのか?」

 優しい声。 楓だ。

 思わず、御堂が振り返ろうとするが、その前に後ろから長身の男が抱きすくめた。

「ヨウ。逃げなくてもいいじゃない。ね」

 香水の匂いと彼の体臭がまじりあったそれに、御堂の体は熱くなり、胸の奥が淡く光りを灯らせる。

一瞬だが、その甘い想いが自分の中で目覚め、目が眩みそうになる。


 夜とはいえ、天下の公道でもお構いなしとばかりに 楓は御堂の体を反転させると 正面から彼を抱きすくめその頭に何度も口づける。

「本当に、きれいになったね。ヨウ。久しぶりに会えて本当にうれしい」

 長い髪を後ろで束ねた 太陽のように明るい笑顔の楓は、そういうと御堂の頬を両手で包んだ。

「楓さん」

 楓の手の上に自分の手を重ね、御堂は苦しげに、そのまま目を閉じる。

「なぜ・・・・僕を追いかけてくるんです?」

「なぜって。ヨウが好きだからだよ」

 単刀直入のはっきりした答え、楓の声は温和で 麻薬のようなものだと御堂は思う。

「健人くんがいるんですよ。やめてください」

 ようやく御堂は決心したように眼をあけ、彼を睨みつけた。

 しかし楓は、にこにこ笑っている。吉田と同じ何食わぬ純粋そうなその顔にいらつくが、楓自身はただ御堂の体を離さないように強く抱きしめた。

「ねえ。ヨウ。健人は知ってるんだよ。僕たちのこと」

「嘘」

 なんで、という疑問符に 平然と楓は答える。

「だって。健人は、僕の子供だもん。あたりまえじゃない」 

「じゃあ。親らしいところ、少しは見せてあげてください!」

 御堂はようやく彼の腕から抜けると叫ぶように強く言った。


 楓の腕の中から離れ、距離を置いた二人を帰宅途中のサラリーマンがそばを通りがかりながらじろじろと見て去っていく。何かのトラブルかと思われたのだろう。

「僕、帰ります。不審者に間違えられて通報されそうだ」

 御堂はそういうと 一応と言う風に、楓に一礼した。

「ヨウ。そんなに僕が嫌い?」

 踵を返そうとする御堂に、楓は尋ねる。

「嫌いじゃないです。楓さんを嫌いになれるわけないでしょう?」

「じゃあ、好き?」

 単純に好きか嫌いかということでしか判別できないのか?と思いながら、

「それは・・・わかりません」と答える。

 そのとき、御堂の脳裏には 高野の顔が浮かぶ。


 彼とは仲良しなだけで恋愛になることはないけれど、でも一緒に居たいという気持ちはかわらない。


 御堂の心の声が聞こえない、楓は御堂の言葉を聞いて満足げに頷いた。


「じゃあ。ヨウ。もう一度、僕と恋しようよ。今度は絶対に君を泣かせないから」

 どこまでもポジティブなことを言う、御堂は、ふっと笑った。

「楓さんらしいですね。でも 僕も相当しつこく人を好きになりますから 楓さんのところに帰ることは 約束できませんよ」と言った。



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