第8話
週半ばのアルバイト。なのに新入社員の歓迎会とかで何となく店には人が多くいる。
そういえば、大学も飲み会とか結構あるんだったと思いだすが、まだそんなに仲のいい人間はいないことに気がつく。
営業時間が終わり、店を閉めてから 同じ方向の長谷川とともに駅へ向かう。
「そういえば高野、お前も新歓に行かないのか?」長谷川が 尋ねてきた。
「サークルとか入ればそうかもしれませんけれど」
正直、あまり大学に興味を持っていなかった。今の大学は滑り止めだったし、別段行きたいという学校ではなかったのだ。
「高野。おまえ、大学に入って何かやりたいことある?」
「え?」長谷川に言われて言葉に詰まった。そう問われれば、何もない。
「お前、建築学科なんだよな。どうして建築なんだ?」
「え・・っと、地域の景観とかの勉強をしたいなってちょっと思って」
「じゃあやりたいことあるんじゃない」
でも 専門分野は1回生では勉強しない。今やってるのは教養学科だ。
「いいんじゃない?好きなこと勉強するって」
そういわれて、改めて浩一は考える。
長谷川は、このバイトで接客を学び大学でも何かを学ぼうとしている。吉田は、店で経営を学び、そして御堂は環境学を学ぶためにK学院に入った。そして、浩一の大学の教授の名前も知っていた。
ということは俺の周りの人たちは、みんなただ大学に行っていたり、働いているわけではない。
大学でも勉強して、家庭教師やって御堂は、そこからも何かを学んでいるんだろうな。
浩一はふっとそう思った。
「ところで、高野って付き合ってる人いるの?」
「え?いませんけれど 長谷川さんは?」
「俺?居るよ。大事な人」
長谷川は、そういうと胸を張って高野の前に腰に手をあて立ちふさがった。誇らしげに、にかっと笑う長谷川がなんとなくうらやましい。
「おまえは、いる?大事な人」
その言葉に なぜか御堂の顔が出てくる。
「うーん。どうかなって思うやつがいるんですが」
あれってなんて言えばいいのか・・
それを聞いて長谷川は 興味深々といった顔で 浩一の顔を覗き込む。
「何。何かあったのか?教えろよ」
「えーっとですね。あの、長谷川さん。突然、キスしたくなってしちゃったことってありますか?」
「あるよ。うちの彼女のときそうだったけど」
「そんでもってどうなりました?」
「いやあ。なんていうのかな。なんか彼女が好きとかそういうのの前に、キスしちゃってたからなあ。そのときは もう好きになってたと思ってるけれど」
「欲求不満だったとか、そういうときもあるんですかね」
「おまえ、欲求不満だったらそこらへんの女子にキスしまくるか?」
「しません」
「ってことはだよ。つまり、キスしちゃったということは初めから自分の領域範囲だったってことだと思うけどな」
え・・・領域範囲って・・・
どういうことですか?と尋ねる前に長谷川は地下鉄の入口を指さす。
「俺、こっちだからさ。ま キスした相手と仲良くすれば?じゃ」
長谷川は笑いながら駅構内に消えていく。
そして、残された高野は 悶々と考えながらとぼとぼと自分の帰る道を歩いた。
ということは、俺は ゲイだったってことか?
御堂に対して、キスしちゃったってことは、つまり御堂に対して多少なりの 好意を持っているってことで・・・。 いや、御堂のことを考えると胸がずきっとしたりするのってこれまさに あれだよな。あれ・・・
電車に乗り、1人、友人とのキスのことを何なのか、考える浩一は、家に帰るまでずっとその新たな悩みについて考えてしまったが、頭の中では結局は答えは見つからないでいた。