第5話
こちらへどうぞ、と吉田に案内されたのは、店で一番奥まったスペースでこじんまりとしたところだった。
「吉田か?なんで御堂さんと」
「御堂さん?って おまえ、こいつのこと 覚えてないわけ?ほら、帰りいっつも電車で一緒だったじゃない?
ほらほら、こうやって眼鏡かけて、髪の毛なんてまっすぐの黒い髪で 詰襟似合ってる感じの・・・」
吉田は 笑いながら 指で丸い輪を作るとそれを後ろから 御堂の目元に置いてみる。
眼鏡をかけてまじめで電車に乗っていた。その姿を思い浮かべて過去の姿と今の姿がゆっくりと重なった。
「メガネって・・・もしかするとあの黒縁?」
浩一は 目をぱちくりさせながら 御堂の姿をまじまじと見る。あの黒い髪といかにも神経質そうな黒縁メガネ。品行方正を絵に描いたようなあのクラスメイトが 今は柔和な顔で微笑んでいる。
「そうそう。あの眼鏡くんね。今は、みどうちゃんって呼ばれてるけど」
お手ふきで 手をゆっくりとふきながら 吉田を見た。
メガネって言われて思いだしたけれど、実際、彼の名字も覚えていないのは自分でも意外だった。
「ごめん。御堂。名字、おもいっきり忘れてたわ」
「いや。名前変わっちゃったから」
あ。・・そう・・・か。と浩一。この4年の間に色々とあったんだな。
しかし、インドネシアかどこかのスカーフでかぶせて髪をまとめている吉田は昔から同じく陽気な男だ。
「今日、メガネから超久しぶりなメールがきてさあ。みたら お前がこっちの大学に来てるから ここに連れてくるっていうからさあ。俺、びっくりして。半信半疑だったんだぜ。まさか 東京じゃなくってこっちの大学かよって」
それにしても やっぱイケメンだよな。高野って。と吉田はメニューを聞きながら 高野をほめちぎる。
「吉田は、大学K学院なの?」
「そうだよ。でも、あんま学校いかなくていいかなって思ってる」
「どうして?」
「この店、実は従兄と共同経営してるの」
「げ。その年齢で店もってんのかよ」
「20歳になったら、そうなるかな。それまでは大学でそっちの経営を勉強したいって思って入ったんだけど。実地で勉強してもいいかなって思ってるんだけれどね」
吉田はそういうと、後で来るからさとウインクして奥へと入った。
「この店。人気があるんだよ。食事だけじゃなくて、吉田や楓さんが盛り上げてくれるから。内装のデザインや、たとえばこういう、スペースを作ったのも楓さんのアイデアなんだよ」
「楓さん?」
「吉田の従兄弟。色んなことを教えてくれてすごく勉強になるんだ」
そういわれるとなんだか吉田の背中が妙に男っぽく見える。
この年齢で店を持つ・・・?御堂といい吉田といい、目標っていうものを持っている友人たちが輝いて見え、何も考えていない自分が恥ずかしいと思う。
「それよりも御堂」
「ん?何?」
「メガネじゃないんだ。コンタクト?」
「ううん。レーシック手術を受けたんだ。そんなに変わったかな」
「変わったってもんじゃないよ。まるっきり別人じゃない。ほんと、こんなにきれいになるもんかな」
浩一は、そういって御堂の前髪をかきあげた。
その瞬間、御堂の頬が染まるが そんなこと一向に関係ないといった風に浩一はいう。
「ほんと。おまえ、きれいな顔してんな。っていうかこっちって 美形が多いな」
「他に美形をみたわけ?」
御堂は、浩一の手から逃げるようにぱっと顔を伏せると浩一は彼の動作に何の違和感も感じずその答えを考えた。
「女にはいなかった。えっとおまえ覚えてるかな。ミサって女。同じ学校にいてさあ。目が大きいんだけれど、あいつ、まつ毛を書いてるの。超びっくりだよな。でもあいつの彼氏とか、今日知り合った大倉とかやたらときれいな顔しててさ」
「ふう・・ん。美形が多いんだ。O大って」
「そうなんだよな。女は、ま、平均かな」
納得するように頷く浩一に顔を赤らめる御堂。
そんな中、吉田が溜息をついて「お飲み物でーす」と空気を明るくするような声で近づいた。
「吉田。御堂って美形じゃね?」
「ああ。美形だよ。御堂、レーシック手術してからやたらとモテモテだったもんな」
「あーやっぱり。そうだよな」
そりゃそうだろう。これだけの美形だ。きれいな顔の男に飢えている女子高のお嬢様方から一目置かれて当たり前だ。
「やめろよ。そんな話」
「いや。いいだろ?どうせわかることなんだからさ。俺の美形のいとこともつきあってたし」
「いい加減にしろよ。怒るぞ。おまえ」
御堂の目が 吊り上って赤らんでいる。
かなり怒っているようだと吉田が背筋に寒いものを感じたところで折よく女子グループのお客が入ってきた。
「はーい。いらっしゃいませーって。ま、愛しの高野ちゃんが帰ってきたんだから うれしいっしょ。じゃなー」
吉田はこそっと御堂に耳打ちするが、それに対して御堂は両手で顔を覆った。恥ずかしさのあまりどこかに入りたい気持ちになる。
「あ?どうしたんだ。御堂」
「え・・・あ・・目が痛くって」
本当は 顔が赤くなって、目が涙目になっているからだ。
吉田にされたカミングアウトで高野に自分が好意を持っていることを知られた、それに対して悲観的になってしまう。
「え?それってやばいんじゃない?ちょっと見せて」
「は・・え?」
高野は 御堂の手を外させ、その顔をすぐにあげさせる。
「顔・・・」
鼻先に高野の顔がある。御堂は血流がどんどん速く体内を回っているのを感じたようで、体が熱くなるのを感じる。
「顔・・・近いよ」
「っていうより、目。純血してない?涙、出てるし」
そういって その指先が涙をぬぐう。どきどきと胸が早鐘のようになる。御堂は、どうしてこうなるのかわからない。
「ごみ・・はいってないけれどさ」
「ん」
「やっぱ きれいだわ。おまえ」
なんだろう。これって。
茶色の目が、じっとこちらを見ていて、半開きの唇が やわらかそう。これって いいってことだよな と浩一は思う。
「あのさ」
「ん?」
「ちょっと・・いいよね」
何が?と聞こうとしたとき、唇が触れた。