第4話
浩一が 講義室で 席に着きノートを開くと「あの」と声がかかる。見ると茶髪のつけまつげをつけた、今風の女の子が隣に座っていた。
「私のこと 覚えてる?」
「は?」
「高野君でしょ?私よ。ミサ。立石ミサよ」
ミサ・・・と言われ、浩一は,みるみる顔をひきつらせた。
恐怖のストーカーアンド束縛女。
人のメールを見てあらぬ嫉妬をして、学校で変な噂を流しまくった女。
昔よりかわいくなっているが そのつけまつげの下には昔と同じ、自尊心むき出しの目がじっとこちらを見つめている。
「あ・・・ああ。久しぶり」声が上ずるのは 恐怖からに他ならない。
「わー。やっぱり覚えてくれたのね。超イケメンになってて うれしー!!」
といってやたらと体を触りまくる。こいつ、こんなキャラだっけ?と浩一はわからぬように 後ずさる。
「ねえねえ。同じ学校に来るなんて運命だと思わない?」
「いや全然。だっておまえの学校、大学なかったし、推薦枠だろ?どうせ」
「嬉しいわ。だって、これは運命よ。運命。ね。どきどきしない?」
「全然」
こういう女は関わらないに限る。向こうの方にミサと呼ぶ男が見えるが、当の本人はまったく無視して浩一に、にじり寄る。
浩一は苦々しい顔をしながら男の方に手を振った。
「ほら、おまえの彼氏、こっちを見てるぞ」
「やだあ。前田君は 友達よ。今度さあ、飲みに行かない?」
「時間ないんだ。俺、勤労バイト学生なの」
「えー。じゃあ、携帯は?」
「俺、睡眠時間確保したいからおまえには教えない」
そうなのだ。中学時代、暇さえあれば電話してくるこいつのために携帯電話を変えたことがあった。そのことで疎遠になった友達も多くいたんだぞと心の中で悪態をついてみる。
「いじわる。でも 絶対に飲みに行こうよ。前みたいにさ」
前って清く正しい中学生だった俺とおまえは 飲みに行くことはなかったけど、とそれを無視して、ただ手を振って、ノーを示した。
ミサは、じゃあね、と言って手を振ると自分を呼んでいる男の方へと駆け寄る。前田と呼ばれたミサの彼氏は 彼女をみて、そして浩一を睨みつけた。
結構イケメンじゃないか。あいつ・・・。彼氏がいるんだから、もう二度と来るなよ。
「ああいう手合いは気をつけた方がいいよ」と隣に座った男が言った。
にこにこと笑っているが、どこか抜け目ないといったところがある雰囲気だった。どっかのお坊ちゃんなのだろうか。さらっと着こなしたジャケットは、デザインといい布地と言い、品がある。
「あの女、モデルだろ?この間、Kコレクションに出てた。隣にいるのは前田紡績の息子って聞いたけれど」
「あ、そう」
有名なファッションショーと大企業の名前に、興味は出ない。
そうか。最近のモデルってああいう風なんだ。
納得しながら、隣を見る。それにしてもミサは、彼に話しかけなかったんだろうか。上品だし、顔立ちが整っているし・・・
「入学式にあの女、話しかけてきたけれど話が10分も持たなくってね。まいったよ」
彼は笑うと こちらに手を差し伸べた。
「僕は、大倉 正孝。君は?」
「俺は、高野 浩一」
握手っていうのは、なんかなと思いつつ堅く握りしめると彼は両唇を上げて笑う。
「よかった。話が合う人がなかなかいなくてね」
いや。俺は あんたと話が合うとは思わないけれどと言いたかったが、初めての大学生活で 彼も心細かったのだろうか、結局午後もこの大倉と一緒にすごすことになったのだ。
夕方、大学の最寄り駅で御堂と待ち合わせをする。
御堂もバイトが休みだからちょうどいいと言っていたから今日食事をする約束をしたけれど、なんだが今日って早すぎだろうか?いやいや、別にデートじゃないんだから、と自分で突っ込みを入れる。
デート?いやいや、男同士だから、そういうのってないし。
そんなこんなを自分の中で葛藤させていると、約束の時間に遅れもせず御堂は、やってきた。
「実はね。僕の友達がバイトしているところがあるんだ。そこに行こうと思って」
少し歩くけど、と言われながら 住宅街を抜けていく。
並んで歩きながら 二人はお互いの大学の話をし始める。
「御堂さんの学校、1回生からゼミがあるんだ」
「うん。研究者養成って意味もあると思うんだけれど。でも なんか変なしゃべり方してるよね」
「え?どうして?」
「だって、ほら。高野君。さんづけだよ」
あ。そういえばと浩一は思わず、笑ってしまった。
「えっと じゃあ 御堂くんっていえばいいのか・・・な?」
「うーん。他人行儀っぽくない?」
「じゃあ・・・御堂?」
「・・・ま、それでいいや。僕も高野君って呼ぶから」
え。そっちは 君づけっすか?と つっこみを入れる前に 「ついたよ」と言われる。
「カサ・デル・ソル」
店の名前はスペイン。内装は、木でできたテーブルと机、カウンターもいかにも スペインといった感じだが、
メニューはスペイン料理だけではなくなぜか インド、トルコ、タイ・・・。
「マスターがいろんな国を旅して覚えたものだから、メニューがこんなになったんだって」
御堂の説明に納得しながら、 浩一は何を頼もうかと考えているとカウンター奥から聞き覚えのある声がした。
「お。メガネ、きたな。それで、そっちが高野?」
そこには ドラキュラTシャツにエプロン姿の中学時代の友人、吉田が立っていた。