第2話
大学に入ってから始めたアルバイトは、フランス料理のレストランのホールだ。レストランといってもミシュランの星があるとか、ハイソなパーティーなどに使われるようなそんなに気の張るところではない。雑誌には「カジュアルレストラン」と書かれているし、値段も手頃と評判で昼間は子供連れのお客さんやレディースランチを目当ての奥様方、夜はスーツ姿のリーマンが仕事の付き合いの人と一緒とか、何かの祝いなのか学生のちょっとしたデートにも使われている。
そういう人たちを見るのも楽しい、と浩一は思う。
しかし、いつも満員御礼というわけでもなく、暇なときはただ立っているだけになる。
「暇だったら、他の店ならもう帰っていいぞって言われるけれど、うちの店長は絶対言わないからそれがいいんだよね」
そう言うのはこの店で一番長いバイトの長谷川だ。彼は、色々と世話好きでバイト学生にとっては、いい先輩である。フロアから厨房まで何でもこなせるという伝説のバイトということで店長が
手放さないからずっといるとも聞いた。どんなところにもすごい人間がいるなあ、と浩一は思う。
このとろりとした時間、長谷川は 新人の浩一の指導もしてくれる。ギャルソンは、ただ立っていればいいと思っていたがそれだけではないということ。客の行動を見て、彼らを快適にさせることをモットーとすること。日本のおしきせサービスではない、人と人との触れ合いも必要だと長谷川は言った。
「ヨーロッパじゃ、ギャルソンで店が決まるって言われてるしな。俺はそういう接客を目指してるんだ」
彼は、快活に笑うと高野にどうしてここに応募したんだ?と尋ねた。
浩一が「まかないがおいしそうだったから」と答えると長谷川は「じゃあ、こんどまかない料理教えてやるよ」と言われる。
そういうことでは無いんですが、と思いでも長谷川の料理は旨そうだから、浩一は断ることをしなかった。しかし、バイトを初めた理由は、実は他にあった。本当は、彼女の美奈に「浩一はギャルソンの服が似合う」と言われたからなのだ。このバイトが決まった時も、ギャルソン姿の写メを送ったら、やたらと彼女にはウケがよかった。
今、窓辺に写る自分はどうだろうと映り込む自分を見ながら、少し体をひねってみる。
まあ見られない、って感じじゃないなと、ポーズを何回か取ると、外を歩くOL風の女性二人と目があった。恥ずかしくなって思わず会釈などをすると彼女たちはくすくすと笑いながら店に入ってくる。
「いらっしゃいませ」
長谷川は、会釈と笑顔で、浩一を促して入口へと動いた。
店が終わり、帰宅すると11時を回ってしまった。シャワーを浴び、メールチェックをしてから、今日出会ったあの青年を思い出す。
家庭教師をやってると言っていたけれど、もう寝たかな。っていうか、そんなに人恋しそうに見えたんだろうか、名刺を渡されるくらいに。
ベッドに寝転がりながら、浩一は携帯を握り考えた。
桜が舞っている電車に乗ったのは、初めてではない。
昔、よく母と父と乗っていた電車だ。
そして小学校に行くのにも電車を使っていた。
でも、今日の彼との出会いは、鮮明な美しさを心に残し、そしてなぜか懐かしさもあり、
浩一をとらえて離さなかった。
「メール。しよっか」
そういって、携帯を手にするものの、試行錯誤の末、やっとの思いでメールを送信した。
そのころ、御堂 要は 自宅に戻ったところだった。
手には、紀伊国屋で買った本とそして郵便物。
郵便物の中の一通は おそらくどこかに頼んで作ってもらったのだろう
きれいに印刷された自分の名前。
寿のシールが貼られているので、それは何なのかはわかっていた。
「ぱんぱーかぱーん・・・ってね」
彼は、そういうと溜息をついてその場に座り込んだ。
そして 部屋の隅においてあるダンボールに目をやる。
「あの人の荷物・・・どうしようかなあ・・新居に、送っちゃおうかなあ」
部屋の端に座ると、2LDKの部屋がひどく広く見え、自分を孤独にさせていくようだ。
要は 冷えてくる自分を温めるように自分を抱きしめた。
寂しさ、悲しさがなぜかせつなく自分をさいなむ。
人の喜ばしきことを知らせるそれが 自分を切なく揺さぶり続ける。
涙がこぼれた。
寂しさと切なさがつのる。
そのときだった。
やさしい音が 鞄からなりだした。
なんだろうと彼は鞄から 携帯電話を取り出した。
そこには 昼間出会った 浩一からのメールが入っていた。
「こんばんは。電車の中で知り合えるなんて初めてです。
俺はこっちに友達がいなくってもしこれを機会に友達になれたら嬉しいです。
さっそくですが、飲みに行くのいつがいいですか?
俺は今、週に4日レストランでバイトしてるんですが、金曜日と土曜日以外ならなんとかなりそうです。あと、御堂さんはどこの大学ですか?近くの大学ならもっと遊べそうなんですが。じゃあまた。
高野 浩一」
絵文字も何もないメールに 御堂は笑った。
「さんづけだし、僕のこと、まだ思い出してないんだ」
そういうと御堂は 浩一への返信メールを打ち始めた。
そのときにはもう悲しみも切なさも涙すらどこかへ消え失せてしまい、そのことに御堂も気がついていなかった。