第18話
桜の花びらが電車の中に入り込み、御堂の上に舞い降りた。
そのときの出会いは、本当は 再会なんだけれど・・・
必然の出会いだったのだと浩一は思った。
「ヨウ・・・」
浩一はヨウの涙をその指先で拭うと頬にキスしてやさしく抱きしめた。
その暖かい腕から彼の優しさが伝わってくる。
御堂も自分の想いを伝えようとおずおずと自分の手をその背にまわして浩一の肩に自分の顔をもたれかけさせた。
「ごめん・・・俺、何も知らなかった」
加害者でもないのに、浩一は 御堂が思っているよりも繊細らしく 傷ついているのが感じられる。
「当たり前だよ。たぶん、学校の人は誰も知らなかったと思うし」
先程より明るく答える御堂の声に浩一はもう一度、ごめん・・・と言った。
腹立たしい思いがこみあげていた。
もし中学のころ、もっと色々と話せたら、彼をもっと早く地獄から救えたかもしれないのに。現実的には中学生は無力かもしれないけれど・・・
でも、自分が今誰よりも愛おしい人間が踏みにじられ傷つけられたことにやりきれなさを感じた。
ヨウは、誰よりも幸せになるべき人間なのに。心からそう思った。
「・・・ヨウ。ごめん・・・俺、ガキだからさ。この前も話 最後まで聞かなかったし」
「いいんだよ・・・。でもね。浩一。ちょっと離して・・・周りの目が気になる」
え?と 浩一は御堂を抱きしめてた腕を緩め、周りを見ると通りすがりの幼稚園児の団体がじっとこちらを見て歩いていた。
どうやら、それは 遠足の行列らしく、引率の女性教諭も苦笑いをしている。
男同士のラブシーンは未だ珍しいらしい、と浩一は苦笑している女性たちに手を振ると驚かれて顔をそらされた。
「浩一。やめなよ。そんなこと」
恥ずかしいからと御堂は真っ赤な顔で注意する。しかし、浩一本人は ひどくご満悦の表情で御堂の肩を抱きよせた。
「なぜ?俺、ヨウのこと好きだから 誰に知られてもいいんだけれど」
きょとんとした浩一に御堂は聞きたくない、しかし聞かなくてはいけないことを尋ねる。
「浩一。それは 僕に対する同情? 僕のこと、かなり引いたんじゃない?」
「確かに、引くよ。そりゃあ、普通は引くだろ?」
言葉は意外なほどストレートに単純な響きである。御堂は眉を顰めたが、肩を抱く浩一は顔を寄せて笑った。
「だって、たった1時間の間に、メール 何回送ってた?それに携帯の電話。俺の携帯、お前の履歴だらけだぞ。そりゃ、あれには引くよ」
それは 土曜日の夜のメールのことだ。
それ?御堂がほっとした顔をすると浩一は、彼の頤に手をやり、顔を上向かせるとやさしく愛しげな眼で見つめた。
「おまえの声 聞けたとき 本当に嬉しかった。楓さんがいても過去に何があったとしても、俺は今のおまえが好きだよ」
これは 夢だろうか? 御堂は思った。
桜の青葉はやさしく、二人の頭上でさわさわと奏でている。
心に湧きおこる感情が頬を伝わる涙となり浩一に自分の心を言葉よりも先に表していた。
「僕も・・・浩一が好き。楓さんよりも 誰よりも・・・好きだよ」
頬を桜色に染めて御堂ヨウは、微笑み返した。
さすがにここではキスはできないなと浩一は言いながら御堂の体を抱きしめた。
昼日中の並木道、買い物帰りの主婦や犬の散歩中のリタイヤ組のおじさまたちが好奇の眼で二人を見てくる。
「ヨウ。今日、家に行っていい?」
「うん。でも・・・浩一、バイト 休めないでしょ?」 腕の中で上目遣いの御堂が尋ねた。
「バイト、終わってから おまえの家、行ったらだめかな?」
「でも・・・うちに来るの、夜中になるじゃない?それに浩一、明日授業あるだろう?僕も明日、新しいバイトの面接あるし、その・・・だめなんだ」
そこをなんとか、と強く言いたかったが、元々まじめな 御堂にそれ以上いうことはできない。
というか、この状況だとやりたがってるだけって思われているのではないか?。やっと自分の状況に気が付いた浩一だったが、御堂もそれに察したのか、微笑んで
「金曜日の夜だったら 遅くてもいいよ」と小さく呟いた。
その瞬間に 浩一の顔がしまりなく緩んだ顔で笑ったのを見て、御堂はこの上ない幸せを感じた。
そのあとは、浩一のバイト時間まで二人で過ごした。
といっても近くの全国に支店がたくさんあるファミリー向けのチャイニーズレストランで食事という色気もないものだったが、なぜかそれだけでも 浩一は嬉しかった。
がっつりめのランチセットを取った後、ドリンクを注文する。
食後の 浩一のコーヒー、御堂のジャスミンティが 運ばれてくると 浩一は「俺もさ。結構 家族が結構、ハードなんだわ」と浩一が 話し始めた。それは彼が東京へいってから今までののことだった。
「東京にいったら、父に女と子供がいたんだ。それも子供の母親っていうのが、すげえ金持ちで会社経営している女社長で、なぜか俺は同じ学校の同じクラスに腹違いの兄弟がいることを転校初日に知って・・・」
「どういうこと?それって」
衝撃発言に御堂は飲んでいたジャスミンティにむせながら尋ねた。
「つまり、父はうちの母親と結婚しながら他の女とも関係を続けて、二重生活をしてたわけ。それだけじゃなく子供まで作ってたわけよ。その子供が 男で転校先の学校でなんと同じ学年、奇しくも同じクラスになるなんて考えてなかったらしくってさ。だからそいつ俺に父親を返せって言ってきて。俺としてはそんなことしらねーっていうのに、あっちはすげー、俺とか母親とか恨んでるし。そのうち、父の愛人からうちの母親に毎日電話で離婚してくれって言ってきてさ。もうハチャメチャになって、父親になんでこんなことになったのか聞いても、話がよくわかんなくて。うちの父親、中途半端優柔不断な男でいろんなところでいい顔してるから、こんなことになったんだろうけれど、俺とか母親とか父親の浮気とかまじ知らなかったし。それで父親は、家に居づらくなったみたいで、そのうち向こうの家に行ったきり帰ってこなくなって。母はかなり傷ついたけれど、でも絶対離婚しないって宣言するわでもう東京、さいてーってまじ思った」
浩一はま、家庭それぞれに色々あるけどさ。まじ、東京に いたくなかったわけよと付け加える。
「浩一も 大変だったんだね」
「ま。今 幸せだから。あ。でも慰めてくれるならとことん甘えさせてもらいたいな」
と御堂の手の上をするする這い上ろうとするがばかっといわれてその甲をつねられる。
「ここは ファミリー向けなんだから。よく考えて行動しろよ」
少し膨れて浩一にいう御堂の顔がかわいらしく浩一はにへらっと笑うと
「なんか おやじだ・・・」と言われた。
というか この幸せ感が顔に出てるんだよというと 御堂は
「僕は、ふたりっきりのときにしてもらいたいな」と恥ずかしそうに小さく呟いた。
まわりには 子供の声と若い母親の笑い声がする。
この中で、男二人でラブラブムードなんてできないな、と今度から 店選びに慎重にしないといけないとと浩一は学習していた。
夕方になると 浩一は アルバイトのため、駅に向かう。
「なんか、物足りないな」と浩一はちらっと御堂の横顔を見る。
その瞬間、御堂は きっとした顔で 浩一の 秋波を跳ね返す。
「ここで、何かしようと思ってもだめだよ」
「あー。バイト休みたいな」
そんなことを言っている浩一の手が御堂に触れきゅっと握る。
それだけでどきどきして御堂は浩一の顔を見上げた。
その瞬間、ふっと浩一の唇が御堂の唇に軽く触れて離れる。
「うん。愛情補給完了」
すぐに自分の口に手をやり、御堂は周りを見回すが、通行人が少なく、誰も自分たちに注意を払うものはいないようだった。
「なあ。もう少し補給させて」
そういって近づく浩一の唇に自分の指を押しつけ
「だめ。これ以上は金曜日」
というと真っ赤になりながら御堂は浩一を見上げて告げた。
二人の攻防は駅に着くまで続いたが、最後は結局、浩一が負け
「じゃ。好きって言ってよ」とほぼ無理やり御堂から好きという言葉を
言わせた。
「まじ、そういうのはずかしいんですけれど」と恥ずかしがる御堂がやたらとかわいく見え抱きしめたくなるところを押さえながら浩一は、電車に乗ってアルバイト先に向かった。
金曜日の夜、の約束が二人を結びつけながら。
電車の中で「なんかいいな。夜、二人で過ごすなんて」と浩一は思わず顔を二やつかせてながらドア近くに立つ。
まわりは学校帰りの学生や 買い物がえりの主婦が主で四方から笑い声と話声が聞こえてきたが、彼にはそれさえの天使のそれのように思える。
周りの人たちに今の幸せをお知らせしたいとおもうほど 浩一は、幸せをかみしめていた。
恋の成就、そして 初めてのお泊り。
そういえばこれまでの彼女との初めてのお泊りのときってこんなに心が高揚してただろうか。
約束して・・・じゃなくていつもなら今日あって今、即効って感じだったなー。まるで動物みたいだ・・・と過去の自分にうんざりしてしまう。
でも本当に好きな人ができたらそうはいかないんだと実感しながら浩一は今までの彼女たちに心の中で謝った。
バイト先に行くと、店の前は 掃き清められており、長谷川がすでに開店の準備をしていた。浩一は通用口から入ると 服を着替えず長谷川のところへ行き、土曜日に急遽シフトを変わってもらったことに対して 礼をいうと 彼はにかっと笑って
「彼女とうまくいったみたいだな。昨日、それを聞こうとしたら死んだ顔で働いてたからこわかったよ」と 言われ、思わず苦笑いがもれた。
というのも、実は昨日ここでの仕事内容も、長谷川が来ていたこともまったく覚えていなかった。
幸せオーラが出まくっているぞ、という長谷川に、浩一は おかげさまでと元気に答えると、「じゃあ、彼女のためにもがんばろうな」と肩を叩かれる。
「仕事のできない男は 二流だ。そういうやつは すぐ捨てられるぞ」
彼女のため・・・御堂は「彼」だけれど確かに仕事ができるのは恰好がいいと思う。
仕事も勉強も 恋もがんばる自分でありたい。
ギャルソンの服に着替え、店のディスプレイである大鏡に映る自分の顔を見ると、確かに、今朝の自分と今の自分じゃ全然違う顔だ。
ま。恋は人を変えるっていうし、いい顔になるってことは この恋が正しい方向に進んでいることだ、と思った。
「高野。今日は 予約 結構入ってるぞ。気合い入れてやるかな」
長谷川は そういうと 店のドアの 看板を 「閉店」から「開店」に 変えた。