第16話
そうだ。まだ終わっちゃいない。浩一は、大倉の言葉で沈んだ心が浮上してくるのを感じる。
「ありがとう。大倉。なんか 元気出てきた」
「元気が出てきてくれて 僕も嬉しい」
大倉は自分のこぶしを軽く浩一の頬にぶつける。
なんか 俺。いい友達ができて幸せだなと 本当に思う。
「じゃあ。高野君は今から御堂君にメールを送ってちゃんとつきあってほしいといわなくちゃいけないな」
メールと言われて浩一は、鞄の中で電源を切っていた携帯を思い出しそれを取り出した。
「何だこれ……」
浩一の声に不思議に思った大倉は、彼のメールの画面を覗き込むと彼はふっと笑った。
「鏡の何とかだな」
そこには、御堂からのメールが大量に蓄積されていた。
そのころ、御堂ヨウは吉田の店宛てに段ボール一つを宅急便で発送したところだった。
明日の夕方には届くと言われて、少しほっとした。あと、健人の家庭教師を辞めさせてもらったら、これで楓との関係が断たれるはずだ。
吉田は、何かいうだろうか?いや、言われたって構わない。そもそも、勝手に外国へ行って、結婚するとか言ってたのに、やめて帰ってきたなんて、楓が何を考えているなぜ現れたかなんてわからない。
明日、以前登録していた家庭教師派遣会社の面接と試験を受けて、アルバイトも切り替えるつもりだ。これからは 自分の手で 切り開こうと思う、そしてそれができたとき、浩一にすべて打ち明けよう。
今までの自分のこと、そして今一番好きなのは 浩一だということを。
決心を固め、駅に向かおうとしたとき、目の前にきらきらとしたものが立ちふさがった。ふわっとした髪の下にある大きな目は、野生のネコ科のように光り相手を見据えている。
御堂は、その顔を忘れてはいなかった。体が硬直し、声がでない。それを知っているかのように若い女はゆっくりとターゲットに近づいた。
「私、あなたに会いたかったのよ。あなたのこと色々と聞いてたんだから」
ふわっとした可愛らしい声の中に、毒々しい憎悪が見え隠れしながら、彼女は笑顔で本心を隠していた。
「私、あなたの近所の人に聞いたんだから。お父さんのDVで大変だったって。それだけじゃなくて変なうわさもあったって聞いたの。だから、お母さんがあなたを連れて警察にいったって。本当、かわいそうね。私 同情しちゃうわ」
毒を吐く女、立石ミサは まるで自分に酔っているように御堂に近づいた。
「男なのに、自分の父親とそういう関係になるなんて。どんな気分?」
御堂は 顔を近づけるミサのまつげなどで彩られた目が狂気で潤んでいることを知り、思わず顔を背ける。
彼女は醜い嫉妬の塊となって、彼を攻撃していた。その美しくコーティングされた爪ではなく御堂の過去のことで甚振りつくしてやろうと舌舐めずりしている 肉食獣のようだ。
こういうとき、必ず相手に自分を弱く見せてはいけない、御堂は冷静を装いながら、ミサを見返す。しかし、ミサは怯むどころかその態度をますます増長させていた。
「それで高校の時、男の人と一緒に住んでいたでしょ?すごいわよね。そんなに男同士っていいわけ?」
いったいどういった情報網なのか、いやそれ以上に彼女の目的は何なのか。自分が傷つけられることより 彼女の目的が気になった。
ミサを無視して歩いて早足で歩いていくも、彼女は小走りでついてくる。
「ねえ。清水くん」ミサはヨウを昔の名前で呼び、御堂が、嫌悪の表情をあらわにひたすら無視して歩いていく。
そのとき、御堂のポケットから聞き覚えのある曲が流れ、ミサの攻撃が一時止まる。
浩一だ と御堂は瞬間に思い、ポケットから携帯を取り出した。
「ヨウ?」
ああ、浩一だ……と御堂は、一息つき、「僕だよ」と答える。
「よかった…。ヨウが電話に出てくれなかったどうしようかって」
「それは僕のセリフだよ。僕の電話に出てくれなかったじゃない」
言いたいことはたくさんあったが、でも 今は この時間が 心地よい。
よかった・・・と思った時 御堂はミサがこちらをじっと見ているのに気がつく。
「何よ!男ならだれでもいいくせに!浩一に近づかないでよ」
ミサは、叫ぶやいなや、御堂の手から携帯を電話を奪い取った。
「ねえ。浩一。私よ。ミサ。あのね・・・」
ミサから電話を取り返そうとするが、彼女はその爪で御堂を抑え込んだ。
「ミサ。なんでお前がヨウのところにいるんだよ」
『浩一、この子はね、すごい淫乱なのよ。どんな男でもいいんだから。知ってる?この子、男の人とつきあってて 一緒に暮らしてたのよ』
「そんなこと知ってるよ。早く、ヨウと代われよ」
浩一の一言にミサは驚きうっかり携帯を落としそうになったが、それをすばやく御堂は受け止めた。
「ごめん。話があるんだけれど・・・」と言うと、浩一は 明るく「俺も いっぱい」と笑ってくれる。
「とりあえず、ミサから離れろ。あいつ、何をするかわからないぞ」
御堂は、ショックだったのか、ただ立ち尽くすミサをそこに残し、待ち合わせの場所と指定された桜並木へと向かった。