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第15話 

 御堂は、ソファにうずくまってメールを打っていた。電話を何度もしたが、浩一は一向に出てくれず、最終手段はメールだと思い、何度も何度もメールをする。

 そして、それを1時間以上続けた時、御堂は、はたと自分のやっていることに気付いた。

「なんかストーカーみたいだ・・・」

 そういえば御堂は昔、ミサって女にストーカーされていた。ということは こういうメールって余計嫌われるんじゃないかと墓穴を掘っている気づき、思わず手にあった携帯をベッドに投げつけると、自分を叱咤しながら御堂はソファに顔をうずめた。

「何これ。カッコ悪・・・」

 なんでこうなるんだよ。と御堂は 今までのことを考える。

 確かに、楓は元カレだ。それは、認める。元カレ、というよりももっと違う存在だ。

 中学の頃、母は 父と離婚した。外面的には完璧な大学教授の父に寄り添う妻、優秀な息子であった自分、その中で父親の母への暴力と息子への異常な執愛が横行する、それが御堂の家だった。

 その執愛がだんだんとエスカレートし、危険を察知した母親がすぐに離婚を申し立て、親子ともに市の避難施設へと姿を隠した。学校側も、彼の居場所を父に一切教えなかったが、一度 学校の帰宅途中に誘拐されそうになったことがある。

 そのとき、助けたのが行政でも学校でもなく、楓、その人だった。

 楓は、素行がそのときから普通じゃないと言われていた。それでも、あの天性の美貌と天才的な頭脳はどこに行っても一目置かれていて、何をどうしたか知らないが、楓が現れてから父の魔の手は一切、御堂を脅かすことは

なかった。

 自分を救ってくれた恩人。きれいでいつも自分を守って抱きしめてくれる人。

 その人に、恋するのは当たり前だったのだと思っている。

 彼は、人目につかないように何かに脅えて生きていた御堂に生きることを教え、自分がとるにたらない人間ではないことを教えた。

「ヨウは、きれいなんだからね。変身しちゃおうよ」と言ってくれて美容院に一緒に行ってくれて、髪型を変え、「暗いから」という楓のアドバイスに従って、眼鏡もやめて レーシック手術を受けた。

 服装も、音楽も、趣味もそして恋もすべて楓からの受け売りから始めたものだ。


 しかし、ある日御堂は気づいた。

 楓は、一度として自分を好きだといわなかったことに…。

 そして彼には高校の時、年上の女性とつきあって子供を作っていたことを知った。

 彼は、優しい。自分だけを愛しているわけじゃない……。

 そう思った時、御堂ヨウは楓と別れる決意をした。


 同時に楓から、これからしばらく外国へ行くからと告げられる。

 待っててくれとも彼は言わずただ、額にキスして別れた。


 そして、ついこの間、楓は当分向こうで暮らすという話をメールで知った。

 向こうで知り合った日本人の女性と結婚するからだという。


 その日は桜の花が咲いていて、電車が 花のアーケードをくぐっていった。

 花びらが ひとひら 読んでいた小説に まるでしおりのようにはさみこまれる。


 目の前の人が「あ」と言ったので 顔をあげるとそこにいたのは 


 高野浩一・・・。




「なんでかなあ・・・・」

 気がつくと 涙が止まらなかった。

 偶然の再会のあと、彼の眼が やさしく自分にだけ見つめてくれて困惑し、嬉しかった。

 居酒屋でキスされたとき、嬉しさで泣きたかったけれど、でも落ち着いてなんとか対応できたと思う。

 そして 今日。

 浩一は、好きだと言って自分を求めてくれた。


 なのに・・・

 楓を見て、浩一は途端に他人の顔で自分を祝福した。

 もう「ヨウ」と呼んでくれず、「御堂」と呼ぶ。

 あれほど好きだと言ってくれていたのに、どうしてそんなことを言えるんだろう。


「僕は楓さんが好きだといったけれど、浩一のことはその1000倍も好きだよ」


 ようやく出た言葉は、今それを聞く人がいない。なぜこうなったのか。自分は何を伝えれば良かったのか。

 もうなにもわからない。


 あのとき、浩一ともっと深くつながるべきだったのだろうか?

でも、そんなことをしたら余計に彼は引いてしまうんじゃなかっただろうか。

 色々と考えながら、御堂は再びメールを確認するが、浩一からのメールは、ない。


 悔やんでも悔やみきれないことに、御堂はただただ悲嘆にくれるばかりだった。



 月曜日の1限目。


 遅刻しそうになりながら,講義室のドアをそっと開けるとまだ教授は来ていないようだった。

 学生たちは、雑談に興じていつものごとく騒がしい。席を取ろうと周りを見回していた浩一に気がついた大倉が爽やかな笑顔で、こっちだと手招きする。

「川本教授が遅刻なんてラッキーだね。この授業、遅刻も欠席も絶対に認めないから 大変だってみんな言ってるし」

 ラッキーという言葉に昨日のこともあり、テンションが下がったままの浩一には、もうラッキーなのかアンラッキーかなのかさえ、わからない。「ああ。そうだな」浩一は答えると鞄から本を取り出した。

 この講義は1年の必修で、教授も気難しい人物だからか、朝一番の授業と言えど学生も真剣に取り組んでいる。

「何?今日は 元気ないね」

「あ……ああ。ちょっと眠れなくて」

 別れたあの土曜日の夜、一晩中、桜並木の下で星を眺めていたが、心は晴れるどころか愛しさと胸を切り裂く切なさが募っていった。目を閉じたら、あの御堂の泣きそうな顔が目に浮かんで、横になっても起きていても頭から離れなかった。


 重症だな、と我ながら思う。自分がどれほど御堂ヨウに惹かれていたか、どれほど、好きだったか、楓の出現で初めて、浩一は自分の想いを知ってしまって、それがとても悲しかった。


 黙って授業のノートなどをあけているのを横で大倉は肘をついてじっと見つめていたが、そのとき、学生課の職員が入ってきて、今日は休講だと伝えた。

 座っていた学生たちは、さっさと荷物をまとめ、今から時間をどこで潰そうかなど仲間たちと算段しながら外に出ていく。

 だが、休講なら、夕方のバイトのために有効活用して、少しでも体を休ませた方がいいだろうと浩一は思い立ち上がるとそれを察したのか 大倉が「中庭に行かないか?芝生があるから、昼寝できる」と誘ってきた。

 

 

 大倉の誘いに従い、二人で第一校舎と第二校舎の間にある中庭に向かうと、そこは中央にロココ風の噴水があり、噴水の周りは 芝生が敷かれ、学生の憩いの場となっている。

 元伯爵家の別邸を買い受けたというこの大学の敷地には、そのような良き時代の名残である彫刻などがあちこちに配置されて、目を和ませるものだった。

 だが、歴史学科の研究室が目の前にあるということで、近隣で発掘されたものを修復しては 学生たちがコンテナにそれらを入れ、並べているのでその美しく優雅であるはずの 中庭の半分が そのコンテナで占められており、中庭なのかそれとも、遺跡発掘現場なのか、わからないほど混在しているカオス地帯になっていた。


「ここは、歴史学科の領域って言われてるから、普段、他の学科の人は来ないんだ」

 大倉と浩一は 木陰のたもとに腰をおろすと 買ってきた缶コーヒーを一口飲む。

 芸術学部の第一も第二校舎も人がいないんだろうか、というほど静かで噴水からの人工的なせせらぎが 聞こえてくるばかりだ。


 缶コーヒーを一口飲むと、浩一はその場に横になり「11時になったら起こしてくれ」と大倉に伝え 目を閉じた。

 さらさらという水の音、それが浩一を眠りに誘っていく。


 横になった大倉がこちらを見ていることを何気に感じ、目をあけると彼は覗きこむように浩一の方へすり寄った。

「浩一、寝てないっていってたけれど 御堂君となにがあったんだい?」

 隣にいる大倉の声が静かに耐えなる水の音と共にに聞こえてきて、浩一は眼をあける。


「なんでもないよ。それに御堂って、なんでヤツの名前がでるんだよ」

 俺、眠いんだよ。きっと寝ても、ヨウの夢をみるんだろうけれど・・・と浩一が呟くと、大倉は 眉をひそめて 尋ねてきた。

「じゅあ、何でしょげてんだよ。ほんと、失恋した中学生みたいな顔だよ。浩一」


 なんで、そんなこと知ってるんだ?と浩一は体を素早く起こした。


「な…何いってんだよ。俺が失恋なんか」

 

 しかし大倉は、頷きながらお前の気持ちはわかるよ、と笑っている。


「そんなのすぐにわかるよ。環境学なんて全然興味がないように思った君が、いきなりシンポジウムなんて変だと思ったんだよ。それはすべて御堂君の影響だろう?」


 図星されて浩一は、二の句が告げない。それなのに大倉はたたみかけるように話を続ける。 


「それで、女の子じゃないっていうところで嘆いてるってわけじゃないよね。もしかして、新たなライバル出現かな。まあ、あの子なら男でも女にもモテそうな感じはするし」


 そういう大倉には、性的な偏見はないのだろうか。いや、こいつには人種差別とかそういうのもなさそうだ。


 確かに浩一は、自分は女の子しかだめな人だと思っている。そしていくら線が細くても、御堂ヨウは どこから見ても男だ。でももう、そんなことは、浩一の中では問題ではない。


 いや、本当はとてつもない問題かもしれないけれど、でも 御堂だったらいいんだ。

 相手が ヨウだから・・・好きになった。

 でも・・・。


 黒い影の美貌の男がこちらを向いて笑う顔が、脳裏をよぎる。

 

「そのライバルは、浩一に比べて二段も三段も格上の人間に見えた、と。そういうわけかな」

 噴水の音が止まった。


 なぜ知ってるんだろうと、大倉の顔をじっと見ると、「ありきたりすぎる展開だね」と一言で納められた。

 

「前の彼氏か彼女はは 浩一よりハンサムか美人ですごくいい男か女でそして大人だった。だから高野君は自信喪失して思わず逃げちゃった?」

「おまえ、見たように話すんだな」

「やっぱりね。浩一、わかりやすいからさ。俺、浩一専用の占い師になれるよ。それで、どうするの?」

「どうするもこうするも…だって、あっちは大人だし、すごく綺麗な顔してるしさ。それに、俺…」


 楓さんは本当にいいおとこなんだ。 見ているこっちが 思わず見とれるくらいに。

 そんな男と自分を比べたら 勝負は見えてるじゃないか?


 大倉は、浩一が肩を落として溜息をついている隣で、ゆっくりと缶コーヒーを飲みながら隣の友人に告げた。

 

「僕なら、御堂君に自分の想いをちゃんと伝えて、それから好きかどうか聞く。その上で、もし自分が選ばれなかったら」

「選ばれなかったら?」

「選ばれるようにもっといい男になる。好きなら、何度でもトライするべきじゃないかな」

 そうだろう?と言われ、浩一は今まで1人で悩んでいたもろもろが取り払われていくのを感じた。

 


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