第14話
何度もキスしながら 抱き合い、寝転がりながら たわいもない話をする。
ソファの上で 恋を語ることができる幸せを まだまだ感じていたい、と
浩一は思いながら御堂の首に唇をうつし、音を立てながら何度もキスする。
「あのさあ。浩一」
首筋のいたずらもさほど嫌がりもせず 御堂は 尋ねる。
「何?」
「夜、食べるものないけれど、どうする?」
気がつくと外は 夕刻の色をはらんでいる。
「わ・・。何?すごくきれいな色だ」
夕日が部屋の中まで写りこんでおり、その明るさに驚かされる。
腕の中の御堂は 本当、きれいと いうと浩一にしなだれながら もう一度問う。
「帰る?それとも・・・何か買ってくる?」
顔を赤らめながら、何気なく誘う御堂の頬に手をやって浩一は言った。
「この近く、スーパーある?」
「コンビニなら、あるけれど」
「じゃ。コンビニで何か買ってこよう。な」
ヨウの気持ちが変わらないうちにと浩一はすぐに立ち上がるとコンビニへとせかした。
近所のコンビニは、マンションから歩いて5分のところにあり、二人で惣菜やらパンやら弁当やらを選ぶと 早々にマンションへ戻る。
なんかお泊りってどきどきするな、と浩一はいうが、御堂は「ご期待には添えないけれどね」とふふんと笑う。
ご期待ってまあ、待てと言われたからしようがないけれど。でも 最後まではだめってことなんだよな、と 浩一は心底思っていた。
マンションの玄関ホールに来ると、もうそこにはライトがつけられてドアの前にいる髪を後ろに縛った男の影が長く細くのびているのが見える。
サラリーマンではないだろうという風貌の男は、御堂を見とめると手をあげてモデル張りの笑顔を向ける。
「やあ、ヨウ。来ちゃったよ」
「楓さん」
楓と聞いて、浩一は吉田の店でのことを思い出した。確か吉田の従兄であの西洋居酒屋の共同経営者の名前だ。浩一は楓が男とは想像しておらず、ましてその人物がこの長身でモデルのような艶やかさのある美形であるなど想像することもできなかった。
御堂も綺麗な男の1人だと思っていたが、彼は浩一が生きてきた中で、おそらくこれほど印象的な容姿の男にあったことはなかった。
楓の容姿に驚いている浩一だったが、今、彼を呼ぶ御堂の声がいつもと違って聞こえたことにさらに驚いた。
「なぜ、ここに?」
「電話しないで来たの、わるかった?」
客商売に巧みだからか、天性のものなのか、悪びれた様子もなく、隣の浩一を見てどうもと笑顔で会釈した。
「荷物、取りに来たの?」御堂は、コンビニの荷物を両手で持って楓を睨んだ。
「それもあるけれど、やっぱりこの間のこと、考えてくれてるかなって思ってさ。それで…彼が今の彼氏?ハンサムだね」
余裕のある笑顔を見せる大人の男は遠まわしに浩一に牽制しているように見える。御堂は 唇を噛み、うつむいて返事をしない。その表情を苦々しく思った浩一は 楓に対抗するように御堂の肩を抱いた。
「ええ。俺がヨウの彼氏ですよ」
この人は、御堂を奪い取ろうとしている、この何とも言えない魅力的な男は、御堂を誘い、絡め取って自分のものにしようとしている。浩一は、御堂をつなぎとめようとしている自分の執着があさましく思うが何としてもこれだけは譲れないと思った。
しかし、楓は浩一の行動に軽く笑うと御堂を見て手を振った。
「今はお忙しそうだから、僕は帰るね。ヨウ。荷物はまた後日」
去っていく楓は、後ろ手に手を何度も振りその姿が闇の中に消えても御堂は俯いたまま浩一の腕の中にいた。
「…ヨウ?」
顔を覗き顎に手をかける浩一に、御堂はその手を払いのけた。
「ここで、肩なんか抱いたりしたら、みんなから変な眼で見られるよ」
払われた手がなぜか、冷たくじんわり痛みを発した。もう一度、手を伸ばそうとするが、浩一は御堂の背に拒否の言葉を見て、手をひっこめるとかたく握りしめた。
「浩一。あのさ…僕」
意を決したように、御堂は顔をあげ、浩一を見ると彼は切なそうに自分を見つめていた。
浩一は、御堂の次の言葉が怖かった。そして、御堂の部屋にあった本を思い出した。あれは、すべて彼の荷物だろう。無造作に置かれていたあの荷物。荷物があったということは、一緒に暮らしていたのだ。そう考えれば2LDKという広さの部屋も頷ける。
先ほど見たものたちが、パズルのようにはめられていく。どんなに自分が好きと言っても、御堂は自分のものにはならない。
「浩一?」
御堂が一歩前に来ると、一歩、一歩と浩一は、ゆっくりと後ずさる。
なぜそうするの?と目が訴えてくるが、浩一はにっこりと笑いながら、
「ごめん。俺、何にもわかってなかったよな」と言って両手をぱっとあげた。
驚く御堂の目が、泣きそうな顔でそれが切なくいとおしくてしかし、彼は残酷だった。
「御堂、おまえ、まだ楓さんが好きだろ?」
その目が見開かれ、そして 温和な色を醸し出した。
「…好きだよ。嫌いにはなれない」それが、答えだった。
心がひび割れる音を浩一は聞いたような気がした。
「でもね」
御堂が言葉を繋げようとすると浩一は「もういい」と言って降参とばかりに両手を挙げたまま溜息をついた。
「ごめん。なんか、俺が一人 舞いあがってたみたいで。無理させたな」
「何言ってるの?浩一」
後ずさって去っていく浩一を追いかける御堂に浩一は顔をそむけてそして笑った。
「俺が帰ったら、楓さんに電話したら?御堂に会いたくてきてくれたんだし」
玄関ホールで、コンビニの袋を持っていうことじゃないけれど、浩一はなるべくにこやかにすませようとしている。
御堂が違う、と言ったようだが、そのあと言葉がみつからないようでそれが決定打のように浩一は思った。
そのときマンションの住人らしい学生が、二人の間を怪訝な顔をしながら彼らの間を通っていく。
泣きそうな顔のヨウ。
胸が痛くなるほど せつなくなる彼の姿を 抱き締めたかったが、もうこの腕は彼が必要としていないと思うと 泣きたくなった。
これ以上何をいうことがあるのかと浩一は
「じゃ。御堂。また」と言って すぐに背を向けた。
しかし、または もうないと浩一は確信している。
「浩一、浩一、まって!」
玄関ホールから 外へ飛び出した御堂の御堂の呼び声がその場に響くが
浩一は 答えず 急ぎ足でその場を後にした。
本当にばかばかしいくらい、舞いあがってそして落ちてしまった。
並木道を 歩きながら彼は 夜の帳がおちた空を見上げる。
「俺ってばかだなあ」
木々の中にあるベンチに腰をおろし 浩一は 溜息をついた。
やはり夜はあまり人がいない。誰もいない川岸は どこまでも静かで せせらぎと 風に揺れる木々の音が聞こえる。
浩一は 今、心が小さく千切られて、飛んで行ってしまいそうなくらい胸が痛んでいた。
ヨウと、再会して、何日めだっけ。
その間に、いろんな話をして、キスして 笑って。よく考えたらこんなに話の合う人間にあったことはなかったし、自分から進んで相手をほしいと思ったことはなかった。
さきほどから何度も携帯電話が鳴っている。
きっと御堂からの電話だ。しかし、決定的な 破局の言葉は聞きたくないから浩一は 電源をオフにすると 上着のポケットにしまいこんだ。
コンビニの袋が 風で カサカサとなる。
突然 腹の虫が鳴り、ようやく自分が空腹だということを知る。
失恋で心が痛んでも ぼろぼろになっていたとしても、腹はへるらしい。
健康に感謝しながら 御堂は、袋を、先ほど二人で買った弁当の他にプリンが入っていた。
「ありゃ。ヨウのデザートが入ってある…でも もういらないか」
そういうと彼はプリンを取り出し、一口、口にする。甘くてやわらかいそれは、なぜか御堂ヨウを彷彿とさせる。
星空の下でプリンを食べながら浩一は思った。
あいつと一緒に 星を見ながら食べたかったな…。
まだ、この心は御堂に向いている。
楓さんとうまくやっていけと口で言いながら、俺を選べといいたかった。
ヨウを自分のものにしたい、このままあきらめられない。
「やっぱ。好きなんだよな」
殻になったプリンの容器をみながら、浩一はつぶやく。
今頃、御堂は楓に電話しただろうか。どんな顔で 彼と話をするんだろう。
自分は御堂と対峙できる自信はないけれど。
薄暗い木々の中、浩一は切なさを一人抱かえるしかなかった。
吉田の店で 楓さんと言う人は すごいと彼は言っていた。
このとき浩一は、理解した。御堂の彼氏は 楓さんで、おそらく彼が御堂を変えた張本人だと。
そして、まだ楓を御堂は好きなのだということを…