第11話
声をかけたのは 大倉だった。
「浩一が来ると思って席を取ってたんだ。よかった。見つかって」
結局、大倉の取っていた席に座ることができたが、浩一はあえて大倉と御堂の間に座る。
「とりあえず、ありがとう」
「いやいや。大井教授の講義はまだ受けられないからさ。こういう機会は見逃せない。それに 浩一も気にしてたみたいだし」
浩一が大倉も大井教授目当てにこの大学に入っていた口だと知ったのは、昨日のことだ。 なんでも親の会社が建築関係で自分もあとを継ぐとかで、そういったことが今からは必要とかで。
でも一緒にシンポジウムに参加するとか約束してなかったんだが・・・と浩一は思ったが、そんな大倉の出現で隣の御堂は、少し困惑した顔をしている。
「浩一。そっちの彼は?」
尋ねる大倉は、浩一越しに御堂を見た。そのあからさまに、じっと見られて御堂は、不機嫌な顔で口を閉ざしたままじっと大倉を見返した。
「こいつは、中学の時の友達で御堂。K学院大学に行ってる」
「へー。浩一の友達?よろしく。俺、大倉。彼、めっちゃ美形じゃない 付き合ってるやついるの?」
握手のために差しだされた手に、しようがなく御堂は自分の手を伸ばすと、大倉はその手を力強く自分の方に引き寄せた。
しかし、椅子に座りながら強引に引っ張られた御堂の体を 浩一は抱き寄せて大倉の方へ引き寄せられるのを阻止する。
「冗談やめろよ。大倉」
浩一は そういうと大倉を睨みつけるが、彼はにこっと笑って
「ごめーん。冗談。もっと顔を近くで見たくてさ。あ、御堂君も忘れて。ほら、始まるみたいだ」と話をそらしつつ御堂の手を離した。
何言ってんだよ。馬鹿と大倉に言い放つ浩一は、そのとき胸のあたりに温かみがあるのに気づく。
御堂が顔を浩一の胸にあてて、じっと見上げている。無意識に浩一は御堂を抱き寄せていたことに気がついた。
「あ・・・。ごめん。御堂・・・その・・・」
「大丈夫。だから」
そういって 御堂は浩一の胸を押して離れたが、なぜか胸の動悸がどんどんと早くなっていく。
おいおい。なんなんだよ。これ・・・それにまたあんな顔して、御堂、おまえ、何いいたいんだよ と左隣りの御堂を見ると彼は 平静な顔をしながら、壇上に登った教授の方を見ていた。
その横顔から首のあたりが、妙に目についてまたなぜか甘い何かを彷彿とさせ、浩一にとって初のシンポジウムはほぼその説明しがたい何かに支配されて、終わってしまった。
シンポジウムが終わって、浩一が御堂とすぐに会場を後にしようとしたとき大倉が お茶に誘ってきた。
「このまま 親睦も深めないで お別れするのさびしいでしょ」
そういいながら ねー御堂ちゃんと 御堂の方にすり寄ってこようとする。
「御堂は、おまえとは親睦深めなくてもいいの」
顔がいいんだから他の女とかにモーションかければいいのに どうして御堂なんだ?と思う。
しかしそれでもなおのこと 彼は食い下がってくる。
「え?そうなの? でも”環境”やるんだったら、いやでも親睦深めるよ」
「は?」
寝耳に水の浩一に御堂は聞いてなかったんだねと呆れたように言った。
「K学院大学を筆頭にした私立4大学で、環境学について定期的に勉強会が催されるんだよ。先生はこちらの大井先生と今日来られたエジンバラ大教授とか、この世界では著名な先生方で。つまり学部同士の交流が盛んになるってこと」
「じゃあ、俺がもし本気で環境するんだったら御堂と一緒にできるってこと?」
「研究内容によるけれど可能性がないわけじゃないよ。きっと」
「なんかすごい話だな」
学部同志の交流とか合同研究とか、そういうのって殆ど興味なかったけれど御堂がやるっていうだけでがぜん興味が沸き始めた。
「浩一。おまえさあ。話聞いてなかったんだね」
なんでここに来たんだ、と大倉は眉をひそめて尋ねながら、その隣の御堂を見て溜息をついた。
「まあ、そんな美人さん連れてきたらそうなるか」
御堂は、大倉のその言葉に肯定も否定もしないが、厳しい顔で大倉を見返した。
しかし、まるで何もかも見透かされたように大倉に言われた浩一は、むっとした顔をして御堂の肩を抱き寄せる。
「そうだな。お前みたいな好きものがこの世にはうじゃうじゃいるってわかったし。」
その肩裾がびくっと動いて、いささか驚くが浩一はひっこみがつかず、大倉を牽制する。
その様子を見て大倉は 頬を両手で押さえてきゃっと、言うと体をくねらせた。
「あーやだなあ。見せつけてー。ま、色々とお話しようよ」とまだ、話に関わってこようとする。
大倉のおどける様子に怒ると言うより笑えてきた浩一は、「なあどうする?」と御堂に尋ねる。
御堂は、顔を寄せている浩一の方を見て、頬を赤らめると「別にいいよ」と 微笑んだ。
あ。まじ、かわいいんですけれど・・と浩一は思った。
そのとき、どこから、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「いたー!!浩一! やっぱりこんなに人が来ているのに、お互いどこにいるかわかるなんて、これって運命よねーー」
高らかな声で周りをひきつけながら女優然とした立石ミサが小走りで、浩一のそばにやってくる。
「浩一、土曜日 バイト休みなのねー。なんで教えてくれないの?」
「なんでおまえにバイトのシフト聞くんだよ。つうか なんでここに来てるんだ?おまえ、環境とか考えたことないだろ?」
「失礼ね。これでも ごみはちゃんと仕分けられるんだから」
むっとした声で浩一がいうが、彼女はぐいっとその腕をひっぱって御堂から浩一を引き離す。
「そりゃあ、おまえの住んでる地区のごみの問題だろう・・・って、腕、引っ張るなよ。爪が腕に食い込んでる」
ミサは まるで魔女のような長い爪にさらにコーティングをほどこした指で浩一の腕を掴んでいる。
右腕の中にじっとしている御堂の存在は あえて無視している。
「だって、ミサ。浩一と一緒にいたいの。色々とお話して買い物行って、映画見て・・・ねー。やっぱり付き合おうよ。私、浩一の好きなタイプの女の子になってあげるから」
浩一の傍で御堂は、眉をひそめていると彼女はやっと御堂の存在に気がついた。
「なに?この子。コウイチー。友達の趣味悪すぎー。なんかへんよー。オタクっぽいっていうの?この子でもさあ、どこかで見たことが・・・」
その言葉に、御堂の顔色が変わっていく。それを見てまるで弱っている小動物を追い詰める肉食獣のような目でミサは言った。
「ああ。中学の時、一緒にいた子よね。でも、外側が変わってもこの子は、やっぱり変ね」
その瞬間、浩一は 血がたぎる音を聞いた気がした。自分の内部の何かが 今にも破裂しそうだ。
自分に何を言おうと、御堂を侮辱することは許せない。
「離せよ。ストーカー女」
音響設備が整った会場に浩一の声がひときわ響いて聞こえる。その声は冷たくさえぎるような音だ。
「浩一?」
「俺は、忘れっぽいけどさ。どうして ミサ、お前と別れたか思い出したよ。お前、始終変なメール送ってきて、御堂を馬鹿にしたよな。それで、電車の中で切れて泣いて ストーカー化したんだよな」
大講堂に響く浩一の声は、静かな怒りを持って響いている。
しかし、ミサはそれでも浩一にしがみつき、いやいやと頭を振る。
「だって、前の時は、私じゃなくていつもこの子と一緒で。いつも二人でこそこそ話して、山がどうのとか桜がどうのかって。そんなのここらじゃ普通じゃない?ばっかじゃない、そんな普通のことを楽しそうに話して。私はね。桜とかそんなものじゃなくて 浩一。私は 私を見てほしいの。私が好きだって言ってほしいの。ね。浩一は私が好きだったでしょ?私、浩一が好きな女の子になるから。だから付き合って」
力を込めた爪が浩一の腕をさらに食い込んでいたが、浩一の眼は冷たい拒絶の色をしていた。ゆっくりとミサの指を一本ずつ、ほどいていくと大倉に目配せし、御堂を片手に抱いたままその場を後にした。
会場を出ると前田が走ってくる。どうやらミサを探しに来たのだろう。その様子を見て大倉は明るく手を振った。
「前田君。愛しいミサちゃんなら中にいるよ」
彼は、浩一の姿を見てぎょっとするが、そそくさと大講義室に入って行った。
「落ち着いた?」
大倉が連れてきたのは、大学近くにあるアートセンター内のカフェだった。先ほど切れた浩一を心配そうに見る御堂を見て、そして大倉は浩一に話しかけた。
「なんか、迷惑かけたな。大倉、それに御堂。ごめん」
御堂は左右に首を振り、大倉は薄い微笑みを浮かべる。目の前に出されたハーブティを口にして浩一はほっと息をついた。
「立石ミサ。なんか猟奇的な女だな。御堂くん。大丈夫?」
前衛的家具と言われる赤いソファは大きなボールのようなもので座るとかならず体がうずまってしまう。
だからであるがここのカフェの応接コーナーには あまり人が来ない。
御堂も同じソファに座っているが、足が宙に浮いてしまって顔があまり見えない状態だ。
「うん。なんか 僕のために 浩一が迷惑かかっちゃって」
ソファに体をうずめず、浩一は前のめりに座って御堂のソファに手をかけ、顔を見えるようにする。
「もうミサのことは忘れろ。あいつは病的な女なんだ。弱いものを見つけるとどこまでも相手をいじめる。最低な人間だ。それに あいつの顔みただろう?あいつの顔こそ前衛的アートだと思うぞ?」
ほら、顔に色々とつけたり、張ったりしているだろ?と言われて、御堂は笑った。
もう先ほどの 色のない顔ではない。
ほっとした浩一の顔を見ながら御堂は、思った。
やっぱり、好きだな・・・と。
そして 浩一も思った。
なんか、ミサに色々と言われたけれどわかった気がする・・と。
女って怖いな。俺、中学の時も、御堂が好きだったんだ。きっとあのミサが嫉妬するほど・・・
見つめあう二人を見ながら大倉は、ほっと息をついて言った。
「さっきの女の件もそうだけれどさ、もう二人とも付き合っちゃえばいいんじゃない?」
この言葉に浩一と御堂は苦笑いをするしかなかった。