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第1話

 春の日の午後。

やわらかい日差しの中、あずき色の電車が桜のアーケードの中を走りぬける。花色のトンネルの中を行く電車。それは、この時期にしか見られない光景だ。

 高野 浩一は、人の少ない車両で横向きに座り、桜色の木々を眺めながら目を細めた。

 

 春、桜、そしてこの空気。すべてが懐かしく・・・

 深く息を吸い込み、ふっーっと吐き出すと柔らかい春色の空気が体を満たしてくれるように温かく

なった気がする。

 帰ってきた・・・と浩一は思った。

 この匂い、空気、好きだったこの列車。何もかも同じだと彼は思った。 

 すると、少し開けられていた窓の隙間から、風に飛ばされた花弁がひとひら、入ってくる。

 踊るようにひらり、ひらひらと舞うそれを目で追っていると、ゆったりと目の前の席で本を読んでいた青年の手元へと落ちていく。

「あ」

 小さく呟くと青年は、ふっと微笑み、その花弁を掌に載せた。

 花のように優しいおもざし、整った顔の彼、明るい髪の色が彼をさらに温和に見せる。

 自分と同じ年齢くらいだろうか。

 素直にきれいだと思った。男なのに?なぜそう思うんだろう?

 そのとき、あまりに浩一がまじまじと見つめすぎたのだろうか、花の顔の君は、顔を上げると浩一と目を合わせた。

「あ」

 と次に言葉を出したのは浩一の方だ。

 俺、もしかして、今、目の前の人を見つめてた?野郎の顔を?と浩一は自分の行動に焦った。

見つめていたなんてまるで変態おやじじゃないか?いや、変態おやじなら ミニスカートの女子高生やきれいなお姉さんの足だろう?いやいや、そんなじゃなくて・・・この状態でどういいわけすればいいんだ?

 顔を赤らめ、自分で自分のつっこみを入れている浩一に、青年は花のように微笑むと先ほどの花弁を摘まんで見せた。

「これ。もう春ですね」

 やさしい声音は、やはり女のそれとは違ったがその優しげな容姿にあっていた。何か、言わなくては、と思った時、すでに口が動いていた。

「本当ですよね。桜の花が入ってくるとこなんて、他ではないですもんね」

 青年の話しぶりから、どうやら自分は変質者とは思われていないようだ。

 浩一は なんだかほっとした顔で 彼に笑いかける。

「あなたは、こちらの方なんですか?」本を閉じ、明るい髪の青年は尋ねてきた。

「昔、住んでいたんですよ。親の転勤で東京に行ったんですけれど、大学は絶対に こっちだって思ってて」

「へえ。普通なら東京の大学に行くでしょう?」

「そうなんですよね。だから さびしい大学生活で。まだ友達もできなくて」

 その言葉に、彼は笑いながらだったらと鞄から名刺をさしだした。御堂 要とあり、下にはメールアドレスと携帯が書いてあった。

「僕も大学生です。これは家庭教師用に作ったやつですが、もしよかったら」

 渡された名刺をまじまじと見たあと、浩一は御堂のほうを見なおした。

「みどう ようさん?」

「ええ。よく読めましたね。普通 かなめ って読むんですが」

「なんか 昔、同じ名前のクラスメートがいたんで」

「へえ。それはどんな人でした?」

 それは・・と言おうとすると突然携帯電話が鳴った。この音は、彼女の美奈だと思い、急いでそれをとる。

 あ、しまった、ここ電車の中だ。

 そう思った時、社内のアナウンスが 終点に着くことを告げた。

 よし、電車から降りたらすぐに電話をしよう。

 携帯はやがて、静かになり車内ではまたゆるやかな時間が流れだした。浩一は御堂要の方に向きなおして「すみません」という。

「電話、いいんですか?」

「大丈夫です。 どうせ・・」

「彼女さん?」

「ええまあ。ははは・・・」

 目の前の御堂は、先ほどとは違ったどこかさびしげな顔をしたような気がした。なぜだろうか、その顔を以前見たような気がした。手にある名刺を 浩一は、すぐにスケジュール表の中ポケットに収め、スケジュール表のメモを切り取った。

「あの・・俺は名刺とかないけれどメールアドレスを書きます。ぜひ、お願いします」

 何がぜひなのか、浩一は自分のアドレスを書き御堂に渡した。

 御堂は、何故かその名前を見て、また浩一を見てから少し考えてから「わかりました」とそれを受け取る。

 あれ?何か変だったかな、と思った時、電車は、終着駅に着いたというアナウンスが流れた。

「なんだか、さっきとは別世界ですね」

 一応、日本の第二都市の駅は東京に比べては人が少ないが、他の地方都市から比べると移動する人の数は相当なものだ。

 電車を降り、出口に向かう御堂の横で浩一は言った。

 隣を歩く御堂は、そうですね、上目遣いをしながらうなづく。

 身長は 170センチくらいかな、と自分の背丈から御堂の背丈を推測した。

 茶色のやわらかそうな髪と目の色が同じで きれいだ。

 でも・・・何だかこういうことをしたような気がする。

 いつだろう・・・浩一は隣の御堂をもう一度見直す。

 俺は、彼を知っている?

「じゃあ、僕はこっちだから」

 彼はにこっと笑うと、向こう側の地下街入口を指差した。

 その言葉になぜかさびしさを感じ、浩一は 御堂の後ろ姿に声をかけた。 

「必ずメールしますから」

 浩一の声に、御堂は振り返り・・・そして笑った。

「それじゃあ、今度は飲みにでもいきましょう」と御堂は答えて手を振り人の波に消えていった。

「必ずメールします」と浩一は携帯電話を手にした時、彼は 美奈からの電話を思い出した。

 

「何よ。さっき、電話 出られなかったの?」

「だってさ。電車の中だよ。出るのはマナー違反だろ?」

「えー。美奈だったら 絶対に出るけれど」

 美奈の話は長い、そしてとりとめのないお話だ。友達がどうの、大学がどうの、アルバイトがどうのっていう話。決してそっちはどう?とは聞かない。

 彼女の話を聞き流しながら、今から行くバイト先の住所を確認しようとスケジュール帳を見るとそのポケットから御堂の名刺が顔を見せた。

 みどう よう・・・か。

 先ほどの桜と彼のほほえみを思い出し、思わず顔をほころばす。

 電車の中で名刺とかメールアドレス渡すなんて、まるでなんかの勧誘かナンパじゃね?

「ねえ。聞いてるの?」

 いらいらとした美奈の声に、浩一は曖昧に答え今からバイトだからといって電話を切る。

 そして御堂の名刺のメールアドレスと携帯番号をバーコードで入力すると軽快な足取りでアルバイトへと向かった。

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