成功者と呼ばれた勇者の手記
初めに読者たる貴方方に伝えるべきことは、この本は決して勇者の魔王討伐の旅に関する華々しい活躍譚であったり、仲間との思い出や裏話であったり、そういった物を語る場ではないということだ。
私がこの世界に召喚され、何を得て、何を失い、何を思いながら魔王討伐を達し「成功者」と呼ばれるようになったのか。
そして、呼ばれるようになってからのことも。
この手記を読んで、きっと貴方方はかつて勇者であった私に失望するだろう。
それでいい。
その為に私は、今筆を執っているのだから。
私がこの世界に召喚されたのは、12歳の時だった。
翌日に中学校、この世界で言うところの幼年期高等学校への入学を控えていた。
私は友達が新しい出会いや勉学について漠然とした不安を抱いていたが、それ以上に楽しみが勝り、目が冴えて眠れず母に嗜められた事を覚えている。
それが母との、最後の会話だった。
そして中学校に入学するはずだったその朝、私はこの世界に召喚されていた。
魔物による被害が多く出た聖山の奥、今では最早道もなくなっている教会。
通称勇者教会と呼ばれる、そこの女神像の前に私は横たわっていた。
高い窓から柔らかな日光が差し、乳白色の女神像の横を照らしていた。
私はその場にいた教皇、召喚を主導した司祭たちに説明を受け、魔王という存在を知り、世界を超えて誘拐された事を知った。
教皇らは魔王を討ってほしいと願った。
その為の力は女神様から与えられているはずだ、と。
当たり前の話ではあるが、私は断った。
あまりにも突然であるし、そもそも願ってきている相手も誘拐犯としか思えなかった。
ただそんな異常な状況にありながらも、私は何故か冷静で恐怖もなく、身体が震えてもいなかった。
今思えば、それも女神の祝福による恩恵だったのだろう。
さておき、教皇から更なる説明を受け、私は魔王討伐を目指すしかなくなった。
元の世界へ戻るには、魔王を討伐する他ないと言われたからだ。
この時点で私はこの教会が崇める女神を邪神であると確信した。
こんな脅迫を許容している、しかもトップである教皇が。
しかしながら、私はその脅迫を呑むしかなかった。
私は帰りたかった。
何より、両親の顔を見たかったのだ。
それから3年の訓練を経て、25年に渡る魔王討伐の旅が始まった。
魔王発生の影響により人類の生存領域は狭くなり、そもそも魔王を探すのが困難であった。
私は少しずつ人類の生存領域を拡げながら、同時に魔王の捜索範囲も拡げていった。
12歳で召喚され40歳で魔王を討つまでの28年間、私は脇目も振らず魔王討伐のみに邁進した。
それでも多くの友人や同志が出来た。
魔物を討伐し疲労困憊の私に宿を貸してくれた者、富と名声の為に魔王討伐を目指すと嘯く割に騙されやすいお人好し、私が元々この世界に産まれていたなら人生を共にしたいと願っていただろう女性。
私は魔王討伐を目指す旅の中で、多くの人と出会い、友人となった。
そして全て死んだ。
当たり前の話である。
私は魔王討伐の為に常に生存領域の最前線にいた。
友人となる者も、勿論そこにいたし、共に戦う者ばかりであった。
宿を貸してくれた者はドラゴンに宿ごと燃やされたし、お人好しは逃げ遅れた女子供を助けて死んだ。
ターシャは、勤めていた治療院で感染する呪いにかかり、拡げぬ為に自害した。
そして私は魔王を見つけ、それを討伐した。
どのようにしてか、正直そこはどうでもよい話である。
魔王を討伐した40歳の私は、遺された呪いにより左半身が動かなくなっていた。
女神より賜ったと教皇が宣っていた聖銀の盾、それが何とか守ってくれたらしい。
何はともあれ魔王を討伐した私は、教皇の元へ帰る道中、色々なことを考えていた。
28年間会えなかった両親は40歳になった半身付随の私を見てどう思うだろうか。
そもそもまだ生きてくれているだろうか。
魔王を討伐して仲間たちは浮かばれるだろうか。
元の世界に帰る前に墓を作ってやらねば、と。
今私はこの世界で本を書いているのだから、貴方方はもうご存知だろう。
元の世界に帰れるという話は真っ赤な嘘であった。
そう聞かされた時の気持ちを、私はあまり思い出せない。
怒りであったのか、悲かったのか、あるいは騙されたという羞恥だったのか。
私はその場で気を失い、3日目を覚さなかった。
私は、一般に成功者と呼ばれる。
魔王を討伐し富と名声を手にした成功者。
私はそう呼ばれる度、魔王の呪いが頭を過ぎる。
魔王の呪い。
魔王が死に際に放ったその呪いは、聖銀の盾のお陰で直撃しなかったとは言え、女神の祝福たる恩恵がなければ全身が腐って即死する程の物である。
女神の祝福によって呪いを薄い膜で覆い守っている、というイメージが正しいだろうか。
この呪いの厄介な点は正にそこで、女神の祝福により解呪しようとしたら最後、この呪いは世界を覆う程に拡散され、人類は滅ぶ。
人類の勇者たる私に人類を滅ぼさせよう。
つまりはそういう呪いである。
私は成功者と呼ばれる度、呪いを拡散させようかと頭を過ぎる。
魔王はあまり強くなかったが、頭は良かったらしい。
元の世界に帰ることも出来ず。
この世界で出来た心から信じられる友人は全て死に、
私を成功者と煽てる富と名声に群がる畜生どもしかいないこの世界で、私はただただ孤独である。
人類を滅ぼそう、そう頭を過ぎる度、私は僅かばかり孤独を忘れられる。
それは怒りによってではない。
未だ鮮明に顔を覚えている両親、この世界で出会い別れた友人たち、そしてターシャ。
彼ら彼女らの顔が浮かぶから、孤独を忘れられるのだ。
だから読者たる貴方方、安心してほしい。
私は世界を滅ぼさない。
私が滅ぼすのは、先にも書いたが、邪神たる女神のみである。
私は長年に渡る研究の結果、女神の祝福を通じて力を逆流させる方法を発見した。
祈りである。
永く信仰された女神像の前に特殊な魔法陣を描き、聖書にある祝詞をあげ祈ることにより、自らの力を捧ぐ事が出来る。
これを利用し、私は女神を滅ぼす。
読者たる貴方方がこの手記を読んでいる時、私はこの世にいないだろう。
ただ、最後に私が貴方方にアドバイスを。
勇者教会には近づくな。あそこは最早、呪われている。




