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元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした  作者: 甘酢ニノ
第4話 勇者、在りし日の己を顧みる

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22/34

〜3〜

 少し、言い訳をさせてほしい。


 勇者は基本的にヴィルドルク国内で仕事をするが、移民や観光客に対応するために、周辺5か国の言語を使えるようになっている。

 国を越えて仕事をするフリーの勇者ならともかく、国内で街付きの勇者になる奴にも必要なのか若干疑問だが、養成校のカリキュラムに組み込まれているから、卒業のためには文句を言わずに学ばなくてはならない。


 だが、生まれた時から勇者を目指していた俺は、それを見越して、多国語を操れるようにこの世界の言葉を学んだ。だから、5か国語を母国語と同じ水準で話せる。

 今回は、俺の言語の知識の広さが仇になった。何語を聞いても、即座に反応してしまう。首席卒業のせいで引き起こされた、痛恨のミス。


 でも、だからといって、こんな単純な罠に引っかかるだろうか。

 あまりの間抜けっぷりに、我ながら衝撃を受けている。

 養成校では、味方を増やすための人心掌握術や、有益な情報を得るための話術も学ぶ。

 有事の際に、ヴィルドルク国のために盾になるのが勇者だ。単純な戦力では勝てないと諦めた他国が情報戦に持ち込もうとした時、勇者が国家間の交渉を裏から操った過去もある。


 それなのに、首席卒業の俺が、あっさり騙されるなんて。

 久しぶりに、心の底から本当に恥ずかしい。

 俺は今夜、枕に顔をうずめて、ずっとわめいていると思う。


 +++++


 噴水広場で話し込むわけにもいかず、俺は吟遊詩人を事務所に連れ帰った。


『英語でも何度か試したんだけど、日本語が一番反応があるんだ』


 エルカと名乗った吟遊詩人は、膝に乗せたハープの弦を弾いて、ぴんぴんとでたらめに音を鳴らした。

 モスグリーンのとんがり帽子をかぶって、服とも言えない大きな麻布を、体に緩くまとっている。

 ハープを弾き語り、街から街へ陽炎のように流浪する吟遊詩人。RPGの脇役には必須の存在だ。ファンタジーの概念と言ってもいいだろう。

 それなのに、その口から聞こえてくるのは、俺にとっては悪夢のような、残酷な前世を思い出させる言葉。


「何?あの小汚いの。勇者の身内?」


 俺とエルカが話している広間の扉の隙間から、引きこもりのくせに好奇心旺盛なリリーナが覗いていた。


「勇者様に家族はいません。お友達ではないでしょうか?」


 街で会った吟遊詩人をいきなり事務所に連れ込んだから、ニーアも気になって一緒に覗いているようだ。広間の奥に座った俺のところまで、こそこそと2人の囁き声が聞こえてきた。


「そんなわけないでしょ。最近暇だったけど、あいつずっと事務所に籠って寝てたじゃない。友達がいる奴の過ごし方じゃないわ」


「たぶん、勇者様、勉強しかしてこなかったから……」


 俺は椅子から立ち上がって、隙間から水色と緑の瞳が覗く扉を、音を立てて閉めた。

 鍵もかけて、中に入れないようにしてから椅子に戻ったのに、扉を閉めたせいで、さっきよりも大胆に声量が増した2人の声が、まだ聞こえてくる。


「それより、あれは何語しゃべってるの?古代魔術語に発音が似てるのがあるけど、違うみたいね」

「うーん……ニーア、主要国の言語なら一通り話せますが、全部違います。少数言語でしょうか?」


 どうして一介の魔法剣士であるニーアが、主要国の言語を一通り話せるのか。

 以前、俺が読み捨てた外国語の本をニーアが読んでいるのに気付いて尋ねたら、「もちろん、どこの国で勇者様と出会っても、現地の人間のふりをして話しかけられるようにです!」と、胸を張って教えてくれた。

 それは、おそらくアウトだ。


 2人を追い払うのは無理そうだから、俺は広間に魔法をかけて、音が外に漏れないようにした。

 諦めの悪いリリーナの魔法が、糸のように侵入してきたが、それも強制遮断する。廊下から聞こえた「あー!!」という叫びを最後に、外の音は何も聞こえなくなった。


「あいつらはもう聞いてない。だから、それで話すのはやめてくれ」

「そう。時々話さないと、忘れちゃうんだけど」


 俺が言うと、エルカは少し残念そうに、低くハープを鳴らしたが、すぐに聞き慣れたヴィルドルクの言葉に戻った。


「イナムって言ったな。エルカの言葉がわかる奴のことを、そう言うのか?」

「違う。イナムとは、前世持ち。前世の記憶を持って生きている人間のこと」


 ポロンポロンとハープを鳴らしながら、エルカは歌うように話し出した。


「そして、みんな、同じ世界の前世を持っている。君ならわかるだろう?」

「いや、ちょっと……悪いけど、覚えてないかな……」


 俺は耳障りなハープの音から逃げるように、首を振った。

 エルカの日本語に引っかかってしまった俺が言っても、説得力が全然ないだろうが、俺は前世をできるだけ思い出したくない。今覚えていることも、忘れたいくらいだ。

 エルカは俺の嘘を見透かすように、とんがり帽子の陰で微笑んだ。


「それも仕方ない。普通に生きていたら、前世の記憶など忘れてしまうよ。でも……私の話を聞いたら、何か思い出さないかな」


 エルカは、おぼろげな記憶をたどるように、ぽろんぽろんとハープを弾きながら、自分の前世を語り出した。


 生まれは日本の、とある街。

 奇妙なことに、その街の名前に、俺は聞き覚えがある気がする。しかし、人口が多い都会の街だから、そういうこともあるだろう。同じ日本人だったようだし、不思議はない。


 エルカは前世で、一般的なサラリーマン家庭に生まれた。父と母との3人家族。

 今はハープ専門だが、前世ではいくつか楽器を習っていた。特にバイオリンが得意で、高校の時は全国大会で金賞をとったこともある、とエルカは、まるで日記の1ページを読み上げるように呟いた。


 中学、高校は、そこそこよい成績で卒業。受験を理由に途中で退部してしまったけれど、テニス部に入っていて、地方大会で準優勝まで行ったのが、高校で一番の思い出。

 だったと思う、と、眉根を寄せながら、エルカは自信がなさそうに言った。


 そして、エルカは、俺が逆立ちしても入れないような一流大学に、現役で合格。

 テニスサークルに入ったけれど、真面目に練習していなかったから、すぐにやめてしまった。塾講師のバイトをしていて、時給2,500円で高校生に英語を教えていた。気がする。

 エルカはハープを弾く指を時々止めていたが、徐々に記憶がはっきりしてきたようで、調子よく話を続けた。


 卒業した後は、商社に総合職で就職。就職活動で落とされ続けた俺でも名前を知っている、入社式の様子がニュースで流れるような最大手だ。

 それから、1年の半分を出張で国外で過ごす生活を続けていた。


 なんて素晴らしい、夢のような前世なんだ。

 それに比べたら、薄汚れた格好で吟遊詩人なんてしている現世のほうが、エルカにとっては悪夢だろう。

 しかし、俺はエルカの話を聞いていて、何か違和感があった。胸の中に水がたまっていくような息苦しさを、ずっと感じている。


「……もしかして、前世、女だったか?」

「すごい。どうしてわかった?」


 エルカの指が動いて、ハープが素っ頓狂な音を立てた。

 なんとなく、と答えて、俺はエルカと視線が合わないようにうつむいた。未知の話を延々聞かされていらいらしているような表情を作って、顔を上げようとした。

 しかし、思った以上にダメージが大きい。胸が詰まって息が苦しくて、頭が上げられない。


 こいつ、えるかだ。

 俺と高校が一緒だった、三條 依瑠歌(さんじょう えるか)。


 世界が狭いのか、運命の糸で結ばれているのか。

 それとも、俺が究極に運が悪いのか。

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