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第三章 自分だけのやりがい

 思い出屋さんの店主になってから、数日が経った。

「思い出屋さんが復活した」とどこから噂が立つのかは分からないが、一日一件といった風に、お客さんがおばあちゃん家にやって来た。といっても店主が私だと聞いた瞬間「あ、帰ります」と踵を返す人もいる。……悲しいけど仕方がない。身の上話を聞いてもらう相手が、自分より年下では心細いだろう。

 だけど今日のお客さんは、私を見ても無反応だった。

 二十三歳の男性、佐々木さん。スポーツ刈りしている彼は、どうやら長年付き合った彼女から突然に別れを切り出されたらしい。理由を聞いても「私が悪いから」と自分に非がないような言い方をするため、別れに納得がいかないらしい。


「いっそ『あなたのここが嫌だった』と、思い切り振ってくれた方がよかった。俺に非がないならどうして、と何度も考えてしまう。食事も喉を通らない、苦しいんだ……」


 そう言って俯いた佐々木さんに、私は「裏の畑に行きましょう」と提案した。使っていないスペースの畑を、おばあちゃんが「耕さんといけんなぁ」とポツリと呟いていたのを前に聞いたのだ。土はカチカチ。耕しがいがありそうだ。


 もちろん「嫌ならやらなくて大丈夫です」と言った。考え事を忘れるくらい体を動かしたり、一つのことに集中すれば、一時的にでも彼の心は解放されるのではないかと思ったのだ。だけど、どのような手段をとるかはお客さんの自由だ。だから選んでもらった。


 その結果、キレイに耕された畑が完成した。これには祈春さんも拍手喝采だった。「僕がやらないといけないと思ってたんだ」とのこと。どうやら私も彼も「おばあちゃんにさせるくらいなら自分が」と思っていたらしい。


 プチ農業をして本当にスッキリしたのか、佐々木さんは笑みを浮かべて家を出た。「傷が癒えたら、また新しい恋を探してみます」と前向きな発言をしながら。


「じゃあ恋を休憩している間、畑をするのはどう? 特にトマトとか! 甘いし美味しいし、たくさん成るんだよ~はい、これあげる」


 ウチで有り余っているトマトを、祈春さんは佐々木さんに渡した。彼は「ありがとう」と顔を綻ばせる。来た時とは全くの別人のような、朗らかな表情だった。


「千宙さん、すっかり思い出屋さんらしくなったねぇ」


 車で帰っていく佐々木さんを見送っていると、隣に並ぶ祈春さんに褒められた。誰もが思いつきそうなことを述べただけだったけど、功を成したなら幸いだ。とはいえ祈春さんのアシストが大きかったように思う。


「トマト、きっと育ててくれると思いますよ。それに……お客さんの対応中、祈春さんが私の傍にいてくれるのは、私が高校生だからと舐められないようにするためですよね?」

「はは、どうかな」


 祈春さんは言わないけれど、店主になった私を陰ながら支えてくれる。それは私にとって二重の意味で有難かった。一つ目は言わずもがな、本当にお客さんからなめられる回数が減ること。二つ目は、思い出屋さんの店主と会った回数が多い彼の言動から学ぶことは、たくさんあること。


「それにしても、好き合った者同士があっけなく別れるなんて悲しいね」


 祈春さんは、星のない空を見上げる。彼のこの癖は、妻の小夜さんを思い出した時に見られる仕草だ。


「その点、祈春さんは一途そうですよね」

「ふふ、分かる?」


 もちろんだ。相手が死しても尚、これほど思っているのだ。きっと生前は、絵に描いたようなラブラブっぷりだったんだろうな。その点では、佐々木さんも負けていない。祈春さんと雰囲気が似ていたから、きっと彼女にも優しい人だったんだと思う。


「佐々木さんが、また笑ってくれて良かったです。すごくホッとしました」


 佐々木さんの車を見送った後、二人して縁側に移動する。すると祈春さんが冷えた緑茶を持って来てくれた。緊張が解けた後の体に、緑茶の渋みが染み渡る。今日も、無事に店主を務めることが出来てよかった。


「お客さんが笑った時の千宙さん、すごくいい顔をしているよね」

「そうですか? 自分では分からないですが……。でも嬉しいのは確かです。悲しんでいた人が太陽のような笑みを浮かべてくれると、私まで温かい気持ちになりますから」

「千宙さんには思い出屋さんの素質があるんだろうな」

「素質……」


 私にそんな大層な物が備わっているとは思わない。思わないけど……このやりがいは、何かに活かせないだろうか。例えば、将来の仕事とか。

 その時、天文学者になりたいと言った恒太郎の、弾ける笑顔を思い出す。

 自分のやりたいことをして、手に職をつける。それは素敵なことだと改めて思った。


「千宙さん? どうしたの?」

「いえ……まだやんわりと、なんですけど。大人になってしたいことが、ポッと浮かんだ気がして」


 はにかんで言うと、祈春さんは「え、よかったね!」と自分のことのように喜んでくれた。その笑顔を見て私がもう一度笑った、その時だった。

 机上に置いたままだったスマホが、音をたてて鳴る。急いで家の中に入ってスマホの画面を見ると、お母さんからだった。

 ドクン――心臓が警戒したのが分かった。少しだけ、手が震える。相手は、自分の母親だというのに。それなのに私は、何をこんなに怯えているんだろう。己を奮起して、電話に出る。


「もしもし、お母さん?」

『千宙、勉強はどう? はかどっている?』


 開口一番、勉強の心配。「調子はどう? 元気?」と、そんなありきたりの言葉を欲する日が来るとは思わなかった。普通の家族なら出てくる当然の言葉が、ウチにはない。私たちは、家族を「離れて」しまったのだろうか。


「勉強……ちゃんと、やってるよ」


 無理して絞り出した声は、訝しんだ祈春さんの眉をピクリと動かした。それに気づかないフリをして、私は母と事務的な会話を交わし、あっけなく電話を切る。


「千宙さん、今の……」

「……っ」


 聞いてほしいような、聞いてほしくないような。もういっそ「私の家族は、名ばかりの家族だ」と言ってしまいたいような――だけど言ったところで、惨めになるだけのような気がして、結局は誤魔化した。

 だけどこの場に響く大きな足音により、私たちの意識はそっちに逸れる。


「た、ただいま……」

「え、ミヤ?」


 ママチャリに乗ったミヤが、げっそりした顔で帰ってきた。空を見ると、もうだいぶ日が暮れている。話していて気づかなかった。もうミヤが帰ってくる時間になっていたなんて。

 それにしても、ミヤは一体どうしたんだろう。いつもは疲れを微塵も出さないのに。


 理由を尋ねる前に、自転車を停めたミヤが私に近づく。次に「頼む」と言われ、私の目が点になる。あのミヤが、私に頼みごと?


「人の好意を傷つけないように断る方法、教えてくれないか……?」


 彼の悩み。それは思ったよりも恋の匂いを漂わせていて、さっきの佐々木さんとリンクする。いや、正確には佐々木さんは断られてしまう方なのだけど。

 私と祈春さんは顔を見合わせる。そうして晩ご飯が出来るまで、ミヤから詳しく話を聞くことになった。


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