第8話 「塔」の管理者
☆
「あれでよかったの?」
リリーがコンサバトリーを出て行ったあと、そう尋ねながら家のほうから入ってきたのはアスランだった。
「帰っていたのね」
アンはベンチから立ち上がって振り返る。
学校から帰って、そのまま立ち聞きをしていたのだろう。彼の肩には黒いリュックが掛けられていた。
「オリバーの話をすると思わなかった」
アスランはどこか不満そうな表情を浮かべている。
彼はリリーよりも前に、オリバーのことを知っていた。それもずっと前から。
「彼は『塔』の管理者の一人で、その『塔』はこの世界のほとんどの人が存在を知らないでいる。それにもかかわらず、ぼくが『塔』のことを知っているのはおばあちゃんに聞いたからで、その管理者の世代交代が必要になっているからだったよね」
「そうよ」
「だったら、何故リリーに話したの? オリバーと代わるのはぼくのはずだよね? もしかして、気が変わった?」
アスランの戸惑うような問いに、アンは「いいえ」と言った。
「そうじゃないわ」
「だったら、どうして?」
「もう一人必要になってしまったからよ」
祖母の答えに、アスランは口を閉ざした。つまり、オリバー以外の管理者も交代を迫られているということだ。
「リリーは『塔』についてはまだ何も知らないよね? いいの?」
アスランの意味深長な問いに、アンは苦笑する。
「仕方ないのよ。あの『塔』の管理者は正義感がなければ無理なのだから。仮に私利私欲にまみれた者が入ったら、『あちらの世界』は当然、『こちらの世界』にも悪い影響が大きな波となって襲い掛かる。その点、リリーは大丈夫だと私は思うの」
「だけど……、下手をしたらオリバーたちを捕まえていた実業家の男のように、どこかで聞き耳を立てていて、『塔』を自分のものにしようとする人たちが出てくるとも限らない。リリーにその自覚が必要だし、第一、彼女がこの管理職に就きたいかなんて分からないじゃないか。そんな無責任にできる仕事じゃないよ」
言い淀むアスランに、アンは優しくほほ笑む。
「アスランの心配もよく分かるわ。それに、私はきっかけを作ったにすぎない。決めるのはリリーよ」
アンはそう言うと、手紙の束を持ってゆっくりとコンサバトリーから出て行く。彼女の手には、白い羽はもうなかった。
(おしまい)




