9. 相まみえる
新米審査官は首を伸ばして、窓から遠い魔術省東塔方面を見やった。
「攻撃されたことはなかった…ですよね?」
「後輩くんの調査は研究発表されて東塔の防衛機能向上に寄与しているよ。東塔派は防衛魔術が専門だから、彼が籍を置く塔の弱点を調査しても不思議はない。始めた動機には反抗心があったかもしれないが」
「闇がち判定理由が危険思想の線も」
いやいや、と言いながら中堅審査官は自席の小冊子の山を漁っている。
「その頃、彼まだ思春期だから。ほら思春期って、抑圧してくる大人の巣窟を大火力で破壊して、あわあわしてる大人を尻目に黒鳥の群れをまとって去る…後には黒い羽根がひらりと地面に舞い落ちるだけ…みたいな妄想する年頃じゃないか」
「具体的ですね」
「あった。三年前の魔術学会の会報誌、学会の研究タイトル一覧だ。実はこの発表を見に行ってね。偶然にも後輩くんと先輩くんの初対面に居合わせたんだ。なかなか鮮烈だった」
学会員だったんですね、と新米は感心する。
「審査部の多忙を縫って発表を聴きに行くなんて。尊敬です」
「その次のテーマが魔法動物だったからだね。早めに行って前列の席取りしたら、それが東塔の防衛評価で眠くて眠くて。前列じゃ寝られないから苦痛で」
「尊敬を取り消します」
「上がった分以上の尊敬を取り消した顔だよ」
それで? と、新米は取り消し量への回答を避けつつ訊いた。
「彼らの初対面はどんな様子だったんですか」
発表が終わり、後輩魔闘士が質問を促す。すると一番に挙手したのが先輩魔闘士だったそうだ。
『初めましてで聞いちゃうけど、君、これ予告なの?』
『予告、とは』
『施設より人的、身体的心理的被害を狙った攻撃を想定してるからさ。王国に対するテロなら一般市民が標的だろ、広場とか市場とかで。わざわざ魔術省東塔の精神破壊を狙うならそれは魔術省っていうか東塔派閥への私怨、内紛、造反、具体的で説得力があるよね。分かるけど』
『えー、議長からただ今の質問は議事録に残さないよう求めます。議題から外れておりますので。他に適切な質問のある方!』
という感じだったらしい。後日、後輩はそれまでの魔術研究員に足して魔闘士としての登録を追加した。以降、先輩との共同研究をいくつか発表している。
「順番としては先に東塔の保安の弱点研究、後に魔闘士の適性試験を通過。危険思想は検知されなかった、ってことですね。少なくともその時点では」
「ほら、たいてい思春期はそんなもんだよ。少年の単なる挑戦的空想だ」
「黒鳥が?」
「黒鳥が大群で渦を巻き、謎の魔術師の姿を覆い隠す! 荒れ狂う旋風に大人たちが彼の捕縛を足止めされる、その隙にもう彼の姿はこつ然と消えているのだよ…そして黒い羽根を拾い上げ呟く、『あれは一体…』」
「『魔獣の防御反応の変遷』『詠唱の儀式化による攻撃機会逸失の検証および詠唱撤廃の提言』『紋の省略、分解と実行フローの再構築』…二人で旧態依然な手法に喧嘩を売り始めたわけですね」
「しかし謎の魔術師が拠点に戻り、ふうと一息ついてローブを脱ぐと、彼はまだ少年なんだ。出迎える魔法動物たちにあどけなさの残る笑顔で声をかけ、何も知らない家族たちのもとへ歩いていく。『腹減った』なんて言いながら」
「『渦の力学の攻撃術への応用』『火と風の攻撃術の上位化』、魔獣討伐に使用された新技術ってこれかも。『野良精霊の考察 強力精霊ゲットだぜ』ふざけてますね…」
「少年はやがて魔闘士として頭角を現し、得難き仲間の献身的協力を得て最終奥義を展開! 見事に王国の宿敵を討ち果たすのだ。凱旋すると英雄を称える人々の海の中、魔法動物たちがいつものように彼を出迎える。そこにあるのは愛か打算か習慣性か」
「動物はマストなんですね」
「聞いてたのか。恥ずかしいじゃないか」
全く恥ずかしくなさそうに中堅審査官が唇を尖らせる。そこへ省内便が届いた。
「お、資材管理部に出した返信用封筒だ。蓄魔晶石の保管状況についてかな」
先輩魔闘士の妹が転移紋の発動に使った蓄魔晶石は、小粒なのに家庭向けをはるかに超えた大容量だった。持ち出された可能性を疑って照会したが、紛失なしとの報告だった。
「先輩くんの自作だとしたら論文になっててもおかしくないのに、蓄魔晶石の研究発表はなかったね」
「思春期のロマンを語りながら聞いてたんですね。すごい」
「積年の多頭飼いで培われた能力だよ。右の足元で飯と鳴き、左の足元で遊べと頭突き…」
「あっ、飯といえば」
新米審査官は気付かなかった自分に驚いた。
「匿名告発者が指定してきたキーワードのリストにある魔法製品、蓄魔晶石が使われてますよね」
「うん、一般家庭向けの小型加熱器具だね。内蔵された蓄魔晶石も家庭向け容量にすぎないのでは?」
「『鐘でチン!』を使ったことありませんね? 大ヒット商品で、発売後三か月で新婚祝いに欲しいものランキング上位入りなのに。今までの蓄魔晶石とは違うんです」
鐘でチン! は金属製の盆と円蓋がセットになった、中身を短時間で加熱できる魔術調理器具だ。食材の加熱や料理の温め直しだけでなく、布の消臭など用途が幅広い。
なんといっても、チン! と蓋を叩くだけという簡単な指示で発動する手軽さが支持されている。チンと叩けば火と風の精霊が呼び出され、内蔵された蓄魔晶石の魔力を燃料にして蓋の内部で熱風を起こす。チンで弱火、チンチンで中火、チンチンチンで強火、止める時は蓋を外すだけ。
もし鐘でチン! なしで同じことをしようとすれば、火の精霊と風の精霊をそれぞれ呼び出して火力や範囲を指定する紋と魔力を渡し、火力調節や延長のたびにまた呼び出し…これでは精霊を使わず自分で火起こしする方が楽だ。
鐘でチン! が画期的なのは、チンで精霊二体の呼び出し、発火、魔力の持続的安定供給、蓋の中でだけ熱風を循環させる熟練魔能士並みの制御を指示する紋がすでに内蔵蓄魔晶石に刻まれているところだ。
熱弁する新米の説明を聞いて、中堅はすぐに気付いてうなずいた。
「その簡潔さは、まさに」
「妹さんが転移紋で使った鍋煮込み用蓄魔晶石と同じ原理ですよ!」
二人の指が先輩後輩魔闘士共著の研究論文タイトルを指す。『火と風の攻撃術の上位化』『紋の省略、分解と実行フローの再構築』。
「魔術具としての洗練度から考えると、妹さんが持っていた鍋用の石が原型である可能性が高い」
「なら、どうして鐘でチン! の特許使用料受取人が…この人に?」




