5. 好物を捜査される
東塔派魔能士、脅迫罪。と書き記してから、新米審査官は記憶石再生を一時停止した。そしてがっちりと自分の頭を抱える。
「討伐軍用転移紋の一般市民による不正使用って前例がない、というか、事実上あり得ないから罪として想定されていませんよね?」
隣の席で中堅審査官が腕を組む。
「まさか王直轄の特級精霊さえ誤認するほど酷似した、あるいは同一の魔力の持ち主は魔術史上、現れたことがなかったからね。酷似してても双子さえ、固有魔力識別機能付きの精霊は騙せない。魔法鍵屋が蒼白になるな、見たいな」
「すごい石を持ってましたよ。蓄魔晶石の製造は違法ではないんですが、大容量に耐える原石をよく見つけたものです。あの石に貯めた魔力で村ひとつを残骸に出来るのでは? 規制の必要性を上申しましょう」
「魔闘士だった兄が魔術省から持ち出した可能性もある」
「大容量の蓄魔晶石は個数管理されているでしょう。紛失の確認調査を要請しておきます。けど彼女、鍋の煮込み用って言ってましたね。煮炊きのために国家の希少資材を持ち出したとしたら割に合わない犯罪ですよ」
「鍋っていうのが、好物のフィッシュパイだからだろう」
あはは、と笑った新米に、中堅は両眉を上げた。
「冗談でなく。フィッシュパイは鍋でも作れる」
「まさか無理です。パイですよ。鍋では生地を焼けません」
「君、フィッシュパイを見たことがないね。審査キーワードは正確に把握しておかないと。経費で落ちる」
新米は勢いよく起立し、コートを引っつかんだ。
「確認してきます! 南部料理のレストランで、どこだろう、ただちに」
「王都の南、街道沿いにある宿の食堂、船の看板が目印。気楽に気張れ、新米くん」
王都の南と何気なく言われたが、実際は最南端だった。新米は幾度も通行人に宿の所在を尋ね、その度に南下を繰り返し、食費だけでなく宿泊費も必要な時刻になって、ようやく目的地にたどり着いた。
ぱんぱんにむくんだ足を引きずるようにして食堂へと踏み入れる。
夕食には遅い時間だったが、幸いにしてフィッシュパイを注文することができた。南部産の軽い果実酒に口を付けながら料理を待つ。
王国に海があるのは南部地方だけで、店内は雰囲気を強調する船や漁具、魚の装飾であふれている。王都中心部では聞き慣れない南部なまりが周囲から漏れ聞こえ、新米は小旅行に来た気分になる。
ほどなくして、料理を持った店員が卓へ向かってきた。
「はーいお待たせしました、フィッシュパイです」
「これが! …これが?」
深めの器は一面のマッシュドポテトで覆われている。パイ生地はどこにも見当たらない。
「イモの…ようですが」
料理が違うのでは、という意味を込めて言った新米は、店員に肩をすくめられてしまった。
「パイ生地を探してるのね? パイにパイ生地なんて使うのは王都だけですよ。何かを何かで覆えば、それはパイ料理なんです!」
パイの定義が少し乱暴だとは思ったが、それを口に出すほど新米は人生の新米ではない。
南部出身ではない客たちによる同じ疑問に店員は辟易してきたのだろう、退かずにどっしり腕を組んだ。
「聞くわ。レモンカードをメレンゲで覆ったら?」
「メレンゲパイです。でもそれは土台がパイ生地だからでは…」
「次。ひき肉をマッシュドポテトで覆った西部名物は?」
「シェパードパイです。あっ」
「さあ、最後の質問よ。魚をマッシュドポテトで覆ったら!」
「フィッシュパイです! 大変失礼しました」
満足げに鼻から息を吹く店員に見守られながら、新米はようやく念願の料理に手を付ける。
器一面の香ばしい焦げ目がついたマッシュドポテトをスプーンでかき分ければ、潮と海藻で蒸したような香りの肉、すなわち魚のスープが湧き出てくる。ごろごろカットの数種の魚の滋味深さとハーブの爽やかな香りがマッシュドポテトに染み入って、多層の複雑な味の調和が口内を温める。
「大地と海の恩寵が詰まっています…」
客がうっとりとこぼした感想に、店員は南の太陽のごとき笑顔で応えた。新米はうっとり顔を崩さないまま、探りを入れ始める。
「これほどのお味なら、南部出身者が詰めかけるのも分かります。出不精の王国魔術師だって出向くでしょう」
「ああ、突発型の魔術師はどうしてか南部から多く出るから、王国魔術師もいるはずよ。だけどさすがに魔術省からこの宿は遠くて大変なんでしょ、めったに見かけません」
「でも、いるんでしょう。はるばる食べに来る魔術師が」
店員は天井を見上げて、記憶を引っ張り出しているようだった。
「一年ほど前に来たお客さん…がっしりしてて二皿も食べたから、魔闘士かも。そう、二皿食べておいて、『うまい。うまいが毛穴が開かない』って言ったの。反応に困ったから覚えてる」
「毛穴」
「うちは王都民の舌に合わせて、魚とハーブを淡泊にしてるから。本場は魚の脂が浮いたこってりスープ、各家庭秘伝のハーブで臭みなしのうま味爆発、イモはそれをどーんと包みこむ熱々毛布! なのよ!」
川魚さえ積極的には食べない王都の好みに寄せたフィッシュパイは、その魔闘士の毛穴を奮い立たせられなかったらしい。
「そうだそうだ、その後から、うちが仕入れてる魚を時々買いに来る子がいる。月に三回くらい。あの娘さん、毛穴の魔闘士さんの知り合いだったりして」
「その女性が南部地方に多い名前だったら、推理が当たってるかもしれませんね!」
「挨拶するから知ってる。ばっちり南部の名前!」
店員が得意げに語ったその名は、まさに新米が審査している記憶の持ち主そのものだった。
お客さんの大好物が魔術省の不正に関わっているなんて、知ったらこの店員はどんなに驚くだろうかと想像しながら、新米はフィッシュパイを平らげた。
後日、宿泊費は渋られながらも経費で落ちた。




