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3. 抜け道を探される

 馬車は窓が閉め切られ、ぐねぐねと無駄そうな右左折を繰り返したせいで、着いた場所を道順で知ることは難しかった。

 それでも彼女は薄暗闇に漂う魔力の独特の濃密さを嗅ぎ、魔術省に近いと感じ取った。

 暗い街灯に照らされた堅牢な石造りの建物が続いているが、人通りは全くなく静まり返っている。厳重な魔法錠をかけられた扉が開かれ、魔闘士がランタンを灯すとその光を反射して、暗い床に大きな紋がやんわりとその姿を現した。

 通常、魔術紋は水でも血でもスープでも、精霊がその形を認識できれば発動する。使用頻度が高く消耗の激しい紋は魔術紋用インクや彫刻を使って固定する。

 彼女の目の前にある紋は一枚岩を掘った溝に剛晶砂と月白銀を流し込んであるようだった。魔力吸収率が非常にいいが費用も非常にいい。税金の使途に納得がいく。

「北嶺への転移紋です。見なさい、この瞠目すべき大きさを。直径は転移物の質量と距離に比例し、消費魔力も比例して膨大になっていく」

 傲慢魔術師がため息交じりに言う。

「一人の魔闘士を転移させるたび、優秀な魔導士二人が消耗して二日間使い物にならなくなる。三日三晩、高地順応なしで山頂まであなたを歩いて登らせたいところなんですが」

「無理ですし嫌です」

「緊急なのでこの浪費を融通します。とはいえ転移の精霊があなたを拒否したら、歩かせるしかありませんが」

 丁寧な口調で無理を強いたがる倹約傲慢魔術師は、慎重に大きな布を広げ始めた。それが兄に支給されていたローブだと気付いて、彼女は息を呑む。

「どうぞ羽織ってください」

「え、別に着なくてもいいんですが」

「魔術省が魔術師に貸与しているもので、遺品として渡すことは出来ません。着るだけなら今回は例外措置です」

「ならせっかくなので? 着ます…」

 彼女はローブの袖に腕を通しながら、懐かしさに胸がいっぱいになる。

 多くの魔術師は本、魔道具、筆記用具、色々な希少で高価な私物を肌身離さず持ち歩きたがる。だから官給ローブの内側は最初からポケットやスリットをびっしり配置してある。

 けれど兄は魔術を速く秘密裏に発動するために、厳かな呪文詠唱も輝く魔術具も使おうとせず、結果、ポケットに詰め込まれたのはお菓子と軽食だった。

 縫い目がほつれ食べ物の汁に汚れたポケットを手入れするのは、それに気づく唯一の人物として妹の役割だった。

 魔術の予備動作を悟られないよう、もともと魔術師ローブはゆとりのある仕立てだ。長身だった兄のローブを妹が着ると肩は落ち、袖は爪先しか出ず、裾を床に引きずる。苦笑してしまった妹が顔を上げると、二人の魔闘士は驚きに目を見張っている。

「着た…」

「着れてる…」

「着ましたね。やはり」

 傲慢魔術師だけはこの結果が予想内であるらしかった。

「盗難や安全上の理由で、魔術師ローブの内側は指定された固有魔力の持ち主にしか触れない防御を施術してあります」

 初耳だ、と思いながら彼女はローブの内ポケットに触れてみる。防御反応的な拒絶は何も起きない。ならばと手を突っ込んでみると、飴の包み紙が出てきた。包み紙を見せられた傲慢魔術師は、一瞥だけして声に呆れをにじませた。

「防御が発動すれば、あなたは砂になっている頃です」

「先に! 先になぜ言わないんですか、それを! 着させてやるのが親切みたいな態度で何をさせるんですか!」

「そうですね、正確に言えば砂なら見た目も臭いもまだ上等な方で…」

 傲慢魔術師につかみかかろうとする妹を、魔闘士二人が両脇から抑え込んだ。

「そのローブ内側の修繕の跡。あのガサツ…下品…田舎…落ち着きの欠けた魔闘士が、そんな丁寧な糸目を縫えるはずがありません」

「私の器用さをほめてくれて、兄の豪快さを色々と言い淀んでくれてありがとうございます」

「お気になさらず」

「これ嫌味ですよ」

「ですからお気になさらず」

 再び傲慢魔術師に迫ろうとするが、さすが魔闘士の抑止力で、両脇を抑えられた妹の足は空しく床を掻く。

「魔力は個人に固有であり、つまり通常はありえないとされているのですが…あなたがあなたの兄のローブを着られたということは、あなたの魔力はあなたの兄と同一だと、官給装備の防御精霊が認識しているということです」

 魔闘士二人が首を縦横にガクガク振り続けているのを見ると、その事態は魔術の専門家である彼らにとっても本当にありえない現象なのだと彼女は理解した。

「ならば転移も。固有魔力を識別して魔獣討伐軍関係者だけの厳密な通行制限を課された転移の精霊も、あなたをあなたの兄とみなす可能性があります。それどころか、今や行方不明者しか通行権が残っていない、北嶺基地の門番の精霊さえも」

 行方不明者しか通れない門を、なぜ兄が通れることになっているのか? 彼女は一枚岩の床が砂になり足元が抜けていくような恐れに襲われる。 

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