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21. もう一人の英雄を知る

「頭を整理させてください」

 新米審査官は眉根を寄せて集中をかき集めた。

「ローブの話につい聞き入ってしまいました。一生脱がずに警戒する魔術師もいるなんて、すごい意志ですね」

 中堅審査官も同意する。

「ローブを着たままでは危なくて魔法動物と触れ合えない。無垢な瞳で主の抱擁を待つ魔法動物たち。けれど主のローブには他者を拒み砂に変える禁術が…『寄るな…呪われた私に…!』その過酷な運命を背負う覚悟で彼らは魔術に生涯を捧げるんだ。すごい意志だ」

「視点が動物と思春期ダークロマンしかない」

「恋の暴走編は君に譲ろう」

「先輩魔闘士さんの説得になぜ応じたのか、魔術師たちに聴取してみてもいいですね。ローブのずらし方次第で何がどこまで出来るのかを聞くついでに」

「本題はそっちか」

「後輩魔闘士さんの話は興味深くて、妹さんでなくても本筋から離れて引き込まれてしまいます。余談といえば審査部の話題もありましたね」

 審査部面会申請書の過去の束をめくっていた中堅は、珍しく気まずそうな顔をした。

「彼の罰金…いや、彼を使い走りにした先輩くんの罰金の件、門前払いにしたというのは僕のようだ。魔術省の罰則規定内で問題ないと判断したんだろうが…改めて見返すと上限最大金額ばかりだ」

「魔術省が最大金額を吹っかけたくなるくらい、先輩さんは色々やっちゃった可能性もあります」

「遅きに失したが、この件が終わったら審査してみよう」

「お手伝いします。さて」

 と、新米は気合を入れ直す。

「先輩さんの、そして今は妹さんの専属精霊の能力は結局のところ鑑別できていません。後輩さんが気付いたヒントは、魔力を大量消費する特異な力であること、反対意見に対して強力な説得材料になり得ること、既知の精神操作術ではないこと」

 中堅もあごをさすりながら考えている。

「開錠の精霊である可能性も残っている。先輩くんに閲覧権限が設定されていたから、同一魔力持ちの妹さんが開錠なしで開けられる状態ではあったけど、それでも精霊が開錠作業をしたかもしれない」

 記憶石の映像の続きでは、後輩が研究所内の魔法錠を探しておくと言っている。ただ、妹の固有魔力を貯めた蓄魔晶石は手帳の開錠でほぼ枯渇した。次に開錠を試すのに充分な固有魔力を貯めるには時間がかかると予想された。

「専属精霊の能力鑑定は保留、と。発動を無駄打ちしてしまった状態です」

「妹さんの前でこれは恥ずかしかっただろうな。しかしとにかく彼女のおかげで手帳を読めるわけだ」

 映像では今度は妹が後輩に順番を譲っている。先に手帳を読み終えた後輩の眼に、思考が素早くぶつかり合う火花が透けて見えるようだった。

 開錠の精霊という推理は外したかもしれないけれど彼は頭がいい、と新米は思う。先輩だけが英雄と言ってもいいくらいだと彼は言ったが、後輩が攻撃術の新開発や魔獣の防御力分析に貢献したのは容易に想像できる。

 妹が手帳を受け取って読み始め、記憶映像を通して確認することが出来た。震えた線から始まった字は急に筆圧を加えられていて、古株魔闘士が指と精神を制御しようと試みた痕跡が見られた。

『不注意から洞窟に落ち、怪我を負う。応急手当はしたが良くない。出られない。崩れた岩で退路をふさがれた。前方には魔獣の気配がする。魔獣の巣に落ちたようだ。覚悟を決めなければならない。

 念願の彼とバディを組めた。彼の研究にはずっと注目してきた。今の研究について聞くと、驚くべきことを話してくれた。だが事例が少なく行き詰っていると。私はこの洞窟に落ちて、彼の研究に貢献できると気が付いた。

 魔術討伐に弱腰な魔術省にはうんざりだ。彼ならきっとやってくれる。私が彼に協力し、王国を闇に脅かされることが二度とない安らかな土地にする。妻よ、私を誇りに思ってくれることを願う。

 この洞窟は闇性魔力が異常に強い。ローブから火花が散り始めた。魔獣からはまだ距離があるのに奇妙だ。もう一匹いるのか? 気配は一匹しかないが。雪の塊と岩の間に状況を叫ぶと、彼にどうやら伝わったようだ。

 助けなくていいと言った。追跡していた大型半闇性野獣もまだ付近にいるだろう。彼が救助で共倒れになるのは避けたい。魔獣を倒せるのは彼だと信じている。失われてはいけない。

 彼は私を助けると言い続けている。私はいいから、代わりに妻を見守って欲しいと伝えた。私が君に協力するから、弱気な腰抜けどもの根性を叩き直してやれと。

 彼には何の非もないことをここに書き遺す。私もまた魔獣を倒すのだ、魔獣に食われることで。

 魔獣に気付かれた。ローブが壊れそうだ。もう時間がない。闇性魔力でおかしくなる前に私は行く。魔闘士隊の諸君、後を頼む』

 映像再生が止まったかと思うほど沈黙が続いた。

『兄…は、この時…知った。闇性魔力を出しているのが魔獣だけじゃないって』

『そのようですね。僕も驚いてます』

『後輩さんにも言わずにいたなんて…』

『どうやら先輩は僕が思っていた以上に、最後は自分が持っていきたいタイプのようです』

 後輩魔闘士は優しい苦笑を浮かべている。

『魔獣を前後から挟撃するには闇性魔力が濃すぎる。それより退路のない袋小路のまま魔獣を追い詰める方が、魔闘士隊の被害が少なくて済む。そう考えて報告しなかったのかもしれません。魔術省上層部には魔闘士隊の人的被害を軽視する者が少なくないんです』

 妹は傲慢魔術師に受けた雑な扱いを思い返して納得する。

『この時期に僕と先輩が取り組んでいた研究は複数ありましたが…一つは殉職魔闘士の知識が魔獣の防御に反映されている、というものでした。魔獣が交戦では得ようがない、本来知り得ない知識を、魔闘士が殉職後に得て防御に活かしている可能性を防御反応の変化から探ろうとしていました』

 妹の視線がうろたえながら手帳の上を走る。

『そんなの恐ろしすぎです! 色んな意味で! でも、そうだとすると手帳の魔闘士さんはそれを知ってて魔獣に向かっていったことになります。知識を与えちゃうのに、どうして?』

『僕と先輩は攻撃術の開発に取り組んでいました。経過を研究発表していたので、古株先輩も知って期待してくれていたんでしょう。だからこそ向かっていった。魔獣、自分は知っている、次はおまえが負ける。我々が滅ぼす。恐れおののけとその身をもって教え、怯えさせ、後に交戦する魔闘士たちの勝率を高めようと』

 後輩魔闘士の声が震えた。

『先輩と古株先輩は尊い犠牲を黙って払って、魔闘士隊に勝たせてくれたんです』

 妹が静かに立ち上がる。そして手帳の主へ、蓄魔晶石を遺した兄へ、後輩魔闘士へ深々と頭を下げた。後輩も続いて礼をする。

 新米審査官、中堅審査官、補佐員、映像の音声の届く限りの審査部職員が起立し、深く頭を下げた。

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