2. 新米に審査される
「フィッシュパイ。魔術省の不正を告発するキーワードが、どうしてフィッシュパイなんでしょうか」
封印術を施された記憶は記録石に吸い出せる。魔術省審査部の審査官は許可があれば、記録石を検閲して捜査する権限がある。
水晶から削り出した水盤に記録石を沈めて記憶封印術の精霊を呼び出せば、水面に記録を投影し再生できる。新米審査官の指先が水盤の縁を滑って再生を一時停止、画像の一部を拡大した。
「この場を指揮した魔能士を顔検索にかけました。東塔を拠点にする派閥の一員です。玄関扉が開いた瞬間に馬車の中から記憶封印術の始点設定鍵を飛ばしてますね。規定の事前承諾なしで」
書類に東塔派魔能士、規定違反行為と書き留めた。
「東塔の魔能士たちは他者への軽率な扱いが過ぎます。前回の審査みたいに、陰湿な暴言の記録とられて告発されて当然ですって…あれの記録起こしはこちらも病みかけました」
「消耗してたよねえ。冬眠明けで脂の抜けた小動物みたいに枯れてた」
隣の机で中堅審査官が肩をすくめる。
「挙句にさすがは東塔派の要にして魔術師の名門一家、どこの上層部にも人脈が行き届いてて。暴言の件は結局は不自然な示談で、罪状つかず、だったね」
悔しい結末に唇をとがらせ不服を表明する新米に対し、経験を重ねた中堅捜査官は涼しい顔だ。
「悪しき慣行にそのたび心を痛めてたら、すぐ病んで休職して冬眠だぞ、新米くん。まあ、そんなまっとうな審査官がいたから、君が希望通りこの部署に異動して来れる席が空いたわけだが」
「この席を譲るつもりはないので、ご安心ください」
記憶封印術を可能にするのは音、光、暗示の精霊を複雑に組み合わせた魔術省特製の精霊集合体だ。
精霊は記憶の始点と終点に鍵を設置し、その間の記憶を確保する。とはいえそのまま全記憶を封印したり再生したりすれば、仕事や生活やプライバシーに問題が出てしまう。
精霊は術者からキーワードを渡され、それに関連する記憶だけを抽出して封印や再生を実行する。規定ではキーワード設定には事前に被術者の承諾が要る。
「え、新米くん、その山盛りな記憶石は今回の件だけで? 多いな」
新米の机は記録石が詰まった鍵付き箱で半分が埋まっている。
「審査部に送られてくる記憶は通常、すでにキーワードで抽出済みのものなんですが。この告発者は無加工の記憶石と、精霊に渡すキーワードを大量に指定してきてます。加工しないことで真実性を証明したい時のやり方ですね」
キーワードのリストの長さに、心を痛めることをやめたはずの中堅の顔に憐れみが浮かぶ。新米は不安でいっぱいになった。
「ややこしそうな案件なんですね。自分のような新米の担当でいいんでしょうか」
「記憶の保有者が若い女性だからだね。君が一番、年齢が近い。審査部の中で彼女に一番寄り添えるのが君である可能性が高いからだ」
さらりとしたいつもの口ぶりだ。けれど中堅の目に真摯さが込められているのを見て取って、新米の気は引き締まる。
記録されているのは単なる証拠画像ではなく、一人の人間の生の記憶そのものだ。新米審査官は背筋を正して水盤に向き直った。
「がんばって寄り添います!」
「そんな張り切って寄り添わないで。病むから」
「優しいです! けど張り切らずに一番寄り添うというのは、どうやって…」
「落としどころに軟着陸だよ。こう、水鳥の着水のように優しく、物理を友にしてだ」
「動物好きですか」
「深いからだね。あいつらが寄り添ってくるとき、そこには愛と打算と習慣性しかないからね」
「ちょっと理解が追いつきません…」
首をかしげながら少し再生を戻すと、若い魔闘士のふてくされた声が流れた。
『先輩が魔獣に食われた時は、僕が看取ってやりますよ』
投げやりな淀みのない言い回しは、王国の若者の間ではありふれた軽い冗談だ。三十年間、北嶺は悪天候続きで魔獣討伐遠征は実現していなかった。魔獣に食われる現実味が希薄だからこそ冗談にもなり得たのだ。
それがまさか現実になってしまったのかと、新米の胸に嫌な予感がよぎった。
その答えは、卓上にある記録石のどこかに眠っている。




