19. 手帳を受け継ぐ
新米審査官は次に再生する記録石を慎重に手に取った。
「こうも連続で衝撃の新事実が出てくると、確かに鈍ってきます。今なら魚が足と四つヒゲで歩いていたって黙って見送りそうです」
「実際、海底を足とヒゲで歩くらしいよ。よく動かす部位だからこそ美味なんだ。干しヒゲは魔法動物のおもちゃにもおやつにもなる人気商品でね。王都で確保するのはなかなか大変なんだ」
「中堅さんが南部料理食堂を知っていた理由がいま分かりました。さて…後輩魔闘士くんが洞窟奥で拾ってきたローブ、映像を拡大すると識別紋章が映ってます。照合すると…分かりますよね」
中堅審査官は小さく息を吐いた。
「北嶺の門に残されたままの識別紋章の一つだ。一年前の定期観測で行方不明になったきりで、妻が鐘でチン! 特許使用料受取人になっている古株魔闘士…もはや、実に嫌な予感しかない」
「行方不明になった状況が報告に残されています。二人一組で行動中に事故に遭ったようです。霊木自生地一帯を整備中、付近で大型半闇性野獣を発見。追跡中に古株魔闘士は誤って雪庇を踏み抜き、これによって雪庇が大規模崩落、発生した雪崩と共に谷へ滑落した。捜索が行われたが発見に至らぬまま、悪天候にて捜索中止を決断」
新米も小さな息を吐く。
「事故当時のバディは、先輩魔闘士さんです。先輩さんは責任を感じて、自分の特許の使用料がご遺族に届くようにした、というところでしょうか」
「責任感か罪悪感か、あるいは遺族による脅迫という可能性もある。事故当時、例の遠隔会話ピンのような装備は導入されていたのかな」
「事故直後に先輩さんが発明して、開放特許にしています。誰でも無料で使えるんです、音の精霊の必要魔能は比較的低水準ですし。事故の時にこういう道具があったら結果は違ったかもしれない…と痛感したんでしょうね」
「つまり現場の真実、何があったかは先輩くんの報告だけに頼った状況だったわけだ。事故だったのか、事件だったのか、事故だったにしても真実は異なるのかを知っているのは当人たちだけ」
「後輩さんが発見した古株さんの手記には何が書かれているのか…再生を続けます」
新米が記憶石再生水盤を操作する。
『一年前、兄と組んで定期巡回していた古株魔闘士さんが雪崩に巻き込まれたんですね。そして偶然、魔獣の洞穴の奥にたどり着いたんでしょうか?』
『地形と高低差から考えると恐らく、発見したというより転落しました。手帳を包んでいたローブの内側にはかなりの血痕が見られ、両袖は止血に使ったんでしょう、破り取られています』
魔闘士隊の携行救急キットや治癒促進術を使えても、重傷を負えば医者が必要になる。手負いの状態で落ちたのが魔獣の巣だと気付いた時の古株の心中を思うと、新米は寒気に襲われた。
『怪我、地形、雪崩による閉塞、何らかの理由で彼は地表に登って戻ることが出来ず、洞穴に留まって手記を残したんでしょう。僕は本人の姿も捜したけれど』
本人の姿と口にする時、後輩は少し慎重な様子だった。古株が行方不明になってから一年が経つ。怪我を負った状態で雪山の洞穴で生存している可能性は限りなく低い。
だがそこは北嶺の闇性魔力域だ。古株が被ばく超過で闇堕ちし、魔獣化して生き延びている事態も否定しきれない。
『見当たりませんでした。あの地は闇性魔力耐性の高い闇堕ちの僕さえも長時間は留まれません。地図を作りながら計画的に捜索する予定でいます』
『一人で? 危険です。何がいて、何があるか分からないのに』
『一人で、怪我した状態で、何がいて何があるか分からない前人未到の場所で記録を残してくれた魔闘士の手帳がここにあります。やっと除染が完了したところなんです』
妹の視線は卓上の手帳へと注がれる。革の表紙には古株魔闘士の識別紋章が描かれている。
『ぜひ中を拝見したいんですが、魔法鍵がかかっていて開けません』
『えっ…』
ですよね、と映像を見ていた新米審査官は肩を落とした。
「あれは我々も持っている魔術省支給の手帳の、支給品等級一級品のようですから」
魔術省の支給品である手帳は何の変哲もない四級品から、魔法鍵のかかる一級品まで数種類ある。高位高官、魔術師、審査官など厳重な情報管理が必要な者には一級品が支給される。
一級品は門番の精霊の力の一部を借りている。表紙に焼印された各個人固有の識別紋章の持ち主だけが、固有魔力を識別されて手帳を開ける仕組みだ。
説明を受けた妹がハッとする。
『じゃあわたし、兄の手帳があれば見られるんですね。魔力が同じだから』
『理論上はそうです。ただ、先輩が手帳に書き留めて仕事する人だと』
『思いません。ローブの中には残ってなかったし』
『僕は先輩が手帳を手にしている姿さえ見たことがありません。手帳が先輩の机のガラクタと未提出書類と出頭要請書の山から掘り出されて王か審査部の特別権限で解錠されても、真っ白でしょう』
新米審査官の隣で中堅審査官がうなずく。
「確かに、審査部長の承認を得れば一級手帳を解錠できる。すぐ古株魔闘士氏の手帳の解錠権限許可申請書を」
『古株先輩の手帳を解錠できるのは王か審査部だけです。ただ、』
と言って映像内の後輩魔闘士は妹へ微笑を向けた。
『あなたなら開けます。正確に言えば、先輩の専属精霊が持つ開錠の能力ならば、です』
「申請書を…、また衝撃の新事実か」




