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18. 魚料理に物申す

 兄が、後輩魔闘士や魔闘士隊、魔能士、魔導士、研究者、魔術省職員、彼女の想像が及ばない人々まで、彼らが魔獣とどれほどの瀬戸際で戦っていたのか、彼女は知らなかった。魔獣討伐は抽象的な美辞麗句と派手な祝祭で輪郭をぼやかされ、世間は詳細を知らされなかった。

「学習しちゃう魔獣、怖すぎです。怖すぎでしたね」

「過去形にはできません。再び魔獣が生まれる可能性はあります」

 そもそも魔獣の出自も不明なままだ。魔獣の死骸は闇性魔力が強く残留し、調査のために接近することすら危険だ。半闇性野獣の強化体なのか、闇性魔力域から直接に発生したのかさえ判明していない。

 闇堕ちした人間はいずれ魔獣に変性するという伝承がある。闇堕ちの長期生存記録がなく、過程も真偽も不明だ。北嶺の魔獣が人間だった可能性もある。

 後輩魔闘士は真摯な表情で説明した。

「僕の様子がおかしかったら迷わず逃げてください」

「新開発の攻撃術を使える魔闘士で、軍の武器に刻紋蓄魔晶石を付ける技術があって、研究もできる頭のいい人が魔獣になったら、わたしが逃げ切れると思いますか?」

「逃げ足は速いと、先輩から聞いたことがあります」

「いつでも速いですー。じゃなくて、最初から後輩さんを置いて逃げないと思います」

「変性したら、それはもう僕じゃないんです。僕の顔のまま何をするか分からない。さっき、それを体験したと思いました。もちろん可能な限りの対策はしていきますが、何が起きるか僕にも分からないんです」

「逃げられないから、変性しないで。魔獣にならなければいいんです」

「精神論で命は救えません」

「じゃあ、魚を投げつける。鐘でチン! して魚の香りが強くなったフィッシュパイを顔めがけて投げてやるから。正気に戻る努力するって約束して」

「魔払いじゃないんですよ…苦手とは言ってませんから効果も不確実ですし」

「ならどうして食糧庫の隅の隅にフィッシュパイが押し込められているんですか」

「…やば」

 後輩は両手で顔を覆った。が、彼女には彼の赤くなった耳がしっかり見えていた。

「いつの間に見つけてたんですか…夕飯を選ぶときに? あんな短時間でよく…」

「いつもの食事も飽きたし、ちょっと気分転換にお取り寄せお願いしてみようかなー、先輩の妹が作ったのじゃなければ食べられるかもなーって思いました?」

「あなたのは食べたはずです。毎回食べ切ったと断言できます」

「それで届けてもらったけどやっぱりマズい、奥にぎゅっと隠しといて、そのうち霊木の肥やしにでもしよ。とか思ってましたか?」

「食べます。後回しにしているだけです」

「野菜嫌いの子供の言い訳…」

 はー、と深呼吸のように深く息をついてから、後輩魔闘士はようやく指の間から顔を覗かせた。

「魔獣討伐が終わって、二日間くらいかな、水だけで過ごしていて…」

 彼はためらいがちに話しだす。

「先輩が、火傷した足が痛い家まで送れとか、魔力切れで動けない送れとか、痴漢怖い送れとか、いつもの嘘でも本当でもいいから言いに来てくれないかと思いながら待っていたら、待っていても来るわけないんですが待っていたら、腹が減ってきて」

 苦笑しているようだ。

「隊に南部出身の魔闘士がいるので、フィッシュパイを差し入れて欲しいと伝えたんです。いつだったか、先輩が『はるばる食べに行ったフィッシュパイなのに毛穴が開かなかった』と言っていて、当時は共感できずに終わったのを謝りたくなる体験でした。ここに来たあと食事の希望は何かあるかと補給員に聞かれて、つい…同じ過ちを」

「思い出で味付けを加えても苦手なものは苦手で、二日絶食した後でさえマズかったという話…」

「先輩の良い思い出話のつもりでした」

「意地でもフィッシュパイは苦手と言わないつもりですね。分かりました。後輩さんを南部に連行します。嫌だと言っても転移で道連れです」

「喜んで連行されますが、転移先には座標石が必要です。あなたが王都で使った転移紋には北嶺の座標石を指示する模様が描き込まれていたんです。あの紋を転写しても行先はすぐそこ、北嶺基地門前です」

「じゃあ! じゃあ南部にある座標石を教えてくださいよ」

「ありません。そもそも転移紋は魔術省と北嶺前線基地の行き来のためだけに運用されているんです」

「なんで北嶺限定なんですか、便利なのに」

「とんでもなく魔力を消費するんです。自然現象から遠ざかるほど、精霊が必要とする魔力が増大します。闇堕ちが定期連絡を二回飛ばしたって、監視員はもったいなくて転移紋の使用申請をしないほどです」

 だから身内である傲慢魔術師が非公式に魔獣変性懸念の闇堕ちの様子を確認しようとしたんだな、歩いて登山させてケチりたがってたなと彼女は改めて納得する。

「そういえば後輩さんは、どうして定期連絡できなかったんですか」

「僕は旧魔獣棲息域の先の地図を作成しようとしていました。建国以前から魔獣に阻まれ誰も踏み入ることが出来なかった、巣の奥地です。その前人未踏のはずの洞穴で手記を見つけました」

 散歩していて野の花を見つけたってもう少し驚きがありそうなあっさりとした口調の対極にある、驚愕の報告だった。

 彼が上着の懐から出した手帳を、彼女は絶句しながら見つめる。

 手帳は魔闘士のローブで包まれていた、ローブの闇性魔力反射機能で魔獣から手記を守ろうとしたんだろうと後輩は言う。けれど処理能力超過で機能は失われ、強汚染されていたそうだ。

 彼は手帳を回収して除染を開始したが、除染に不可欠な霊木の消費が激しかった。除染を続けながら吹雪の中を霊木自生地へ素材採取に行き、途中で遭遇した半闇性野獣を駆除し、戻って加工作業して除染を継続する過程を二往復するうちに、連絡を忘れたという。

 彼はようやくそこで真剣な面持ちになる。

「単純作業なのに。先輩の不在で、マルチタスク処理能力がもう鈍るなんて…」

「後輩さんって、兄のせいで何か大事なものが鈍感になってる気がします」

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