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1. 消息不明になる

「王国魔闘士が消息を絶った。捜索と、捜索終了時にこの件に係る全記憶の封印へのご協力をお願いしたい」

「家をお間違えでは?」

 夕食準備中に不意に玄関を叩かれた、城下町の片隅に暮らす田舎出の一般市民として、彼女は当然そう答えた。

 が、『ご協力をお願いしたい』と言葉ではお願いでも実際は命令のようで、返事も聞いていない迅速さで、訪問客たちは彼女を両脇から固めて馬車へと連行した。

「待って! あなたたち誰! 何かの間違いです!」

 彼らは誰も灯りを持っていない。馬車のランタンも消されている。弱い月明かりの下、何人いるのかも定かではないほどの暗闇で、慣れた様子で協力お願い改め拉致されて、彼女は必死に地面に足を踏ん張った。

「消えたのは闇堕ちです。一刻を争うのですよ」

「大声を出さないでください。記憶封じに回るのは大変なんです」

「暴れないで、後で説明しますから」

 左右から交互になだめながらも、拉致犯は馬車へ向かう足取りを緩めない。

 彼らのみぞおちに肘をぐいぐい入れていた彼女は、相手が着るローブに気付いた。北嶺の魔獣棲息域に赴く魔闘士が着用した、加護を施されているという装備。戻ってくることのなかった兄の装備と同じ、魔術省魔闘士隊の官給品だ。

 開国前から人々を悩ませてきた北嶺の魔獣は討伐されたばかりなのに、なぜまだそのローブを着る必要があるのか、彼女の胸に疑問と不安が押し寄せる。

「説明する気があるなら、まず説明してください! これだからっ王国魔術師はっ傲慢だとかっ言われるんですよっ…」

「傲慢ですか」

 新たで静かな声が馬車内の暗闇から彼女の耳へ、すうっと滑り込む。

「寝室に押し入って、黙って金縛り術をかけたわけでもないというのに」

 そうすることも出来たのにしなかったのを、感謝しろと言わんばかりの口調だった。

 王国最凶の難敵、北嶺の魔獣を討ったばかりの今、英雄である王国魔術師たちはこれまで以上の力を持っている。強力な国家権力を前に黙った一般市民の彼女に、左右の拉致犯改め魔闘士たちが追撃とばかりに耳打ちする。

「そうですよ、俺たちはさすがにそれには反対したんです。あなたのお兄さんは…共に戦った仲間でしたから」

「あなたの兄上は…魔獣討伐の立役者でしたから」

 またなの、と彼女はうなるように小さく呟いた。

 国家の宿敵を討伐した歴史的勝利の戦場、兄はそこで殉死した。

 なのに、遺体のない葬儀でも、形見分けの集まりでも、誰も、兄を英雄とは呼ばない。勝利を祝って三か月も続いた祝祭でも、謳われる救国の英雄たちの中に兄の名はなかった。兄ともう一人、知った魔闘士の名がなかった。

 そして誰も兄の死因と、遺体がない理由を告げない。

 だから彼女はいまだに、兄の死が信じられない。

「消息を絶った闇堕ち魔闘士って、誰ですか…」

 結局馬車に座らされ、傲慢どうのと言った傲慢魔術師を正面にして、彼女はそう問う自分の声が震えるのを聞く。

 かぽかぽと響く馬の蹄の音をしばらくやり過ごしてから、傲慢魔術師はぽつりと答えた。

「それがあなたの知らない者だったら、あなたを呼ぶと思いますか」

 呼ぶというか拉致ですよと言いかけるのを、彼女はぐっと我慢する。

『帰ったよ俺の可愛い妹よ! この後輩に君のフィッシュパイを食べさせてやってくれ、魚なんて南部の田舎者のくさい食い物だなんて、二度と言わせないためにな!』

『言ってませんよ。一度だって』

『言ってないだけで思ってるだろ?』

『言ってないんだから思ってるか分からないだろ、ですよね』

『おーそうかそうか思ってるのに言わないでくれたのか、君は善い後輩だな!』

『はいはいどうも。先輩が魔獣に食われた時は、僕が看取ってやりますよ。善い後輩の僕が』

 ふざける兄と、ふてくされたあきらめ顔の後輩魔闘士の姿が彼女の脳裏によみがえった。

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