灰になるまで戦え
深い森の中、騎士デイモンはただ馬を走らせる。吹き抜ける冷涼な風が、これから彼を呑み込むであろう嵐の予兆を、一瞬の静寂として運んでくる。
彼らはゆっくりと頭を上げ、その音の源を探った。ジャックが馬を少し進めると、城から煙と炎が上がっているのが見えた。
「なんてこった…」
彼は馬を城へと向かわせた。レナラとその仲間たちは、今頃そこにいるに違いない。全ては間違いだった。罠だったのだ。彼の決断のせいで、彼らはもう死んでいるかもしれない。城に辿り着いた時、耳を塞ぎたくなるほどの轟音が響き渡った。騒音がようやく収まると、煙の中から巨大な影が現れた。翼を広げ、二つの頭が口を開け、鋭い牙を剥き出しにして咆哮をあげると、煙の中から飛び出して村へ向かっていった。悪魔が頭上を飛び去るのを目撃したのは、ほんの一瞬のことだった。
彼女はゆっくりと目を開けた。視界はぼやけていた。耳には音が反響している。手…手はまだ痛む。全ては一瞬の出来事だった…父は…もしかして…自分が間違っていたのか?彼らについて?自分について?全てについて?疲れた…家に帰りたい…父の足元に頭を預けたい…目を閉じて冷たい風を楽しみたい…休みたい…
「おい!」
「早く!動けよ」
「目、動いてるぞ!」
目の前で何かが…動いている。何度も上下に傾いている。地面から何かを拾っているのか?でも何だ?一人が近づいてきた。
「ユキ…なんてこと…」
それは…女性だった。地面から抱き起こす時、彼女の両手は足の下と背中を支えていた。周囲の世界が揺れ動く中、彼女の視界は徐々に鮮明になっていった。木々、城の廃墟、狩人たち、ジャック隊長、そして…その女性は彼女を地面に降ろし、木の傍らで休ませた。顔を注視すると、ようやく黄金色の瞳が確認できた。彼女の身体は硬直し、恐怖に駆られてパニックに陥った。彼女を恐れて、必死に後ずさりした。
「いや…やめて!!!」
「ユキ、私よ! 落ち着いて!」
背後から別の木にぶつかった。エリナが近づくにつれ、彼女の呼吸は荒くなる。
「やめて…お願い…傷つけないで…」
エリナは心配そうに彼女のそばにひざまずいた。
「そんなことしないわ、ユキ! お願い、信じて!」
「でもやったじゃないか!!!」
彼女は叫んだ。
「私を噛んだ!吸血鬼を守った…あなた…あなた…」
記憶がゆっくりと蘇る。あの部屋。父。吸血鬼の女。ジョンとサミュエル。爆発。今や炎に包まれた城を見上げる。半分は崩れ落ち、森の方から…村の方から赤い光が。彼女は慌ててエリナを見上げ尋ねた。
「あれは…」
「わからない…」
遠くから、ジャックがこちらへ歩いてくるのが見えた。彼が近づくと、エリナは身を引いて、ユキのそばに跪くようにした。彼のこんな表情を見るのは初めてだった…
「お嬢さん、大丈夫か?」
彼女はうなずいた。
「レナラから事情を聞いた…生きていたなんて奇跡だ!」
彼女はジャックの手にある刀を見た。
「そんなこと言わないで…」
彼は刀を彼女のそばに置いた。
「俺たちは間違えた…俺が…」
「そんなことない」
彼は立ち上がった。
「お前は正しいと思ったことをしただけだ!だから俺たちも…」
そう言うと彼はエリナを見た。
「彼女の傷を癒してくれないか?」
エリナはうなずき、素早く彼女のそばへ歩み寄った。刀を掴むと自ら手を切り、血を流した。
「飲め!」
ジャックは城の廃墟へと戻っていった。彼の命令通り、誰も森へは入らなかった。辺り一帯は黒い煙に包まれ、その中心部では村を囲む巨大な、輝くような赤い結界が張られていた。彼らは閉じ込められたのだ。狩人たちの何人かは目の前の光景にパニックを起こし、何人かは衝撃を受け、残りは彼らを落ち着かせようとしていた。彼は打ちのめされていた。この地の民を救えなかっただけでなく、さらに多くの者を死の罠へと導いてしまった。指揮官として、彼は失敗したのだ。
「ジャック!!!」
レナラが彼のもとへ歩み寄った。まだ濡れたまま。黒いトップスを身にまとい、その周囲には全ての刃が身体に装着されていた。コートは濡れすぎて着続けることができなかった。
「何かしなければ!」
彼は城から崩れ落ちた壊れた石の上に腰を下ろした。
「で、レナラ、お前の提案は?仲間を煙の方へ走らせるか?それとも障壁と悪魔の方へか?」
彼女は彼の隣に跪いた。
「ここに居れば居るほど、皆は恐怖に駆られる!今すぐ行動すべきだ!」
障壁の向こうから凄まじい悲鳴が響き渡り、全員の目が恐怖で大きく見開かれた。
「この人々は皆、俺の計画を過信したせいで死んだ…」
「君のせいじゃない…」
「俺が君をここに送った…デイモンの心があの娘たちに操られているかもしれないと教えたのは…」
彼は自分の手を見つめた。
「彼らの血は全て、俺の手にかかっている…」
彼女も彼より良い状態ではなかった。あの二人をその場で終わらせられたはずなのに、衝撃で素早く行動できなかった。息子を救うには遅すぎた…
「でも…あの化け物を生かしておけば…あの死は全て無駄になる…」
「たとえ狩人たちを導いたとしても、どうやって戦う?剣で傷つけられるかもしれないが、自己治癒する前に仕留められるほど我々は速いか?」
レナラは今、震えながら涙をこらえていた。
「じゃあ、ここで死を待つべきだって言うの?!!我々の過ちで死んだ彼らに、これがお前たちの望む結末だとでも言うのか?!」
ジャックはうつむき、地面を凝視した。
「見えないのか、レナラ? 彼らが我々を見つめているのが感じられないのか? ここへ辿り着くために命を落とした仲間たち…救った人々に平和をもたらすことを願いながら、命を捧げた者たち全員の視線を」
彼は障壁を見つめた。
「どうやって彼らの目を見て言える?…お前たちが死んでここまで来たのに、お前たちが命を捧げた民の上に悪魔を解き放つなんて…お前たちの全ての行いの結果が、この地の破壊と死だったと、どうやって伝えろというんだ…」
「彼らを殺すことで…」
レナラとジャックは、エリナと共に近づいてきたユキを見た。
「ユキ、信じてくれ。あの悪魔を殺す方法が一つでも分かっていたら…躊躇わず馬を駆って向かっただろうが…」
「あるわ!」
彼女は彼の言葉を遮った。そしてエリナの手を掴み、二人に見せた。そこには切り傷があり、まだ血が滲んでいた。
「何だ?」
「彼女は狼人間だから、自分で治せたはずだ!」
ジャックは混乱した。
「ならなぜ治さずに…」
「失礼…」
彼女は身を乗り出し、ジャックの剣を掴んだ。
「ごめんね、エリナおばさん…」
そしてその剣でエリナの腕を切りつけた。傷はすぐに治った。
「でもそれじゃあ…何が違うんだ…」
ユキは彼に自分の刀を見せた。
「彼女は自分の血を私に与えるために手を切った。それ以来、その手は治っていない」
「でもどうして…」
何かを思い出したレンナラが前に進み出た。
「城の部屋に戻ると、あの二人が回復を始めた瞬間、デイモンは剣ではなく刀で襲いかかったんだ!」
「その通り!」
ジャックはようやく理解した。
「彼は我々には知らされていない何かを知っていた…」
エリナが口を開いた。
「彼が普通の人間じゃないことは皆知っていた。だって、私は彼を二世紀以上も知っているのよ!彼は私たちの人生で経験したこと以上のものを、きっと見てきたはず…」
レナラの目が輝いていた。
「ジャック!これは…これはチャンスかもしれない!あの化け物を倒し、全ての死の代償を払わせられる…あの…」
ジャックはユキの元へ歩み寄り、彼女の隣に立った。
「本当に…これでうまくいくのか?」
ユキは立ち止まり、彼の瞳をじっと見つめた。
「私はあの化け物を殺す。父の血と、父が大切にしていた全ての人々のために…」
彼女は刀に付いた血を見つめた。
「不当に命を奪われた者たちのために…」
数秒の沈黙の後、再びジャックを見た。
「隊長、お願いだ。あの化け物の気をそらし、私が完全に倒すのを助けてくれ!」
一瞬、ジャックは彼女の言葉の意味を理解して目を見開いたが、すぐに微笑んだ。ようやく安堵したのだ。
「お前はあいつとそっくりだ、分かってるか?」
彼はハンターの一人を呼んだ。ユキとほぼ同い年の小柄な少女だった。茶色のふんわりした髪に緑の瞳。
『はい、司令官』
「ローズ、全員を集めてくれ」
彼女は一瞬躊躇したが、すぐに動き出し、皆を集め始めた。彼らを除けば、ハンターは全部で7人いた。ジャックは彼らの前に立ち、全員が整列するのを待った。彼の顔にはもはや恐怖の色はなかった。胸に押し寄せていた罪悪感を、ようやく手放しつつあったのだ。震えながら他人の支えに頼って立っている者もいた。恐怖に震える者、祈る者。ローズは彼らの真ん中で不安そうに立っていた。脱出を望む者もいれば、悪魔に立ち向かう覚悟を決めた者もいた。
「最後の狩猟任務を発表する!馬と刀を準備せよ。我々は結界へ攻撃を仕掛ける!」
ローズの隣に立っていた少年が一歩前に出た。
「だが司令官、我々では悪魔にまともに傷すらつけられません!自殺行為です!」
ジャックはユキとエリナを指さした。
「彼女たちの刀は、治癒能力を持つ者を斬り、その能力を封じられる!」
エリナが自らの手を示した。別の少女が前に出た。
「でも我々は八人か九人しかいない。悪魔と戦えるわけがない!王の騎士団を待てば…」
「我々は悪魔と戦うつもりはない…」
彼の言葉を聞き、彼女は膝をついた。今になって皆は自分たちの使命に気づいた。ローズがゆっくりと一歩踏み出し問うた:
「私たちは…死へ向かって進んでいるの…?」
「そうだ」
彼女の瞳が大きく見開かれた。ゆっくりと顔を向け、ユキを見つめた。
「つまり逃げ道はなく、最善策は…彼女に時間を稼がせて悪魔を倒させることだと?」
「その通りだ!」
今度はジャック自身が前に進み出た。
「お前に頼むことは過酷かもしれない。従わぬ自由もある。結局のところ、これ以上無意味な死は望まないからな…」
彼は彼らを通り過ぎ、馬に飛び乗った。
「お前たちが馬に跨った瞬間、どんな夢も意味を失う。意味があると思っていたもの、望んでいたもの、描いていた未来…全てが地獄へ向かうこの騎行の前では無意味だ。あの悪魔がお前たちに何をするか、どう殺すか…何も変えられない。皆死ぬのだ!」
目尻の端で、二、三人が馬に飛び乗る姿が見えた…最後の一度、彼のために命を捧げる覚悟で。もはや恐怖の入る余地はなかった。彼は最後の一度、彼らの指揮官とならねばならない。
「だが、それゆえに我々の命は無意味だったというのか? これまでの人生に何の意味もなかったというのか? これまで救ってきた人々も、全て無駄だったというのか?」
彼は城の廃墟を振り返った。
「倒れた仲間たちについて、そう言えるのか? 彼らの命は? 彼らの犠牲は…全て無意味だったというのか?」
レナラが馬に乗って彼に加わった。彼はユキとエリナを見つめ、うなずくと同時にエリナは手をついて倒れ、たちまち巨大な白狼へと変貌した。ユキは躊躇なくその背に飛び乗り、二人は森へと消えた。彼は息を詰めて叫び始めた。
「違う!彼らは無駄死にじゃない!彼らの死と生涯の犠牲には意味がある。今日ここにいる我々が、自らの行動でそれを与えたのだ!」
今や全員が馬に跨っていた。震え続ける者もいれば恐怖に震える者もいたが、全員が指揮官を支え、剣を抜く準備を整えていた。
「道中で倒れた狩人たち、救えなかった民たち…彼らの死は決して無意味ではない。我ら生ける者が、そうはさせないからだ!」
彼は馬を村の周囲に張られた障壁へと向け、駆け出した。
「今夜、我々が死を覚悟して向かうこの道で、我々の犠牲と死によって救われる者たちが、同じように我々を信じてくれることを願う!そして道中で亡くなった者たちが、彼らの夢を終わらせた原因となった我々を許してくれることを願う」
近づくにつれ、障壁は彼らの目に大きく映った。真っ赤な色が眼前に輝き、内部には黒い稲妻が走っているのが見えた。
「なぜなら同志よ、これが我々が彼ら全員への負債を返し、この世界の残酷な運命と戦う唯一の方法だからだ!」
彼は剣を掲げ、決意を込めて障壁を睨みつけた。
「恐怖を捨てよ!!!」
彼の背後で全員が叫び始めた。
「剣を掲げよ!!!」
全員が剣を抜いて高く掲げた。
「狩りを始めよう!!!」
「父上…申し訳ありません…」
空は赤く染まった。村は壊滅し、家々は炎に包まれていた。その中心で、魔物は両手を挙げて立っていた。その姿は五メートルほどの高さで、背中に折り畳まれた巨大なコウモリのような翼が見えた。魔物の体は巨人のようで、牛の足と、鋭く研がれた黒い爪を持つ大きな手を持っていた。頭部は獅子に牛の角を合わせたような姿だった。狩人たちが結界に侵入したのを察知すると、何をしていようとも動きを止め、二つの頭で彼らを見つめながら、咆哮をあげつつ近づいてきた。悪魔は家屋の屋根の一つを掴むと、凄まじい力で粉々に砕き、その破片を空へ放り投げた。同時に翼を広げ、一撃で木片を狩人たちへと飛ばした。
「分かれ!」
ジャックの命令で二手に分かれた彼らは馬を駆って魔物へ突進したが、最後尾の一人が馬を動かせず、飛来した木片が身体を貫き即死した。魔物に近づくにつれ、それぞれの頭が別々の集団を睨みつけている。
「この地の未来は今決まるぞ!!!」
魔物に到達した時、それはただ立ち尽くし、周囲を回る彼らを見下ろしていた。ジャックの視線は鋭い刃が数十本付いた長い尾に釘付けだった。案の定、魔物は攻撃のために尾を振り上げた。
「左だ!!!」
悪魔は非人間的な速さで回転を始め、尾を地面に叩きつけて周囲を破壊した。ジャックのグループは間一髪で回避したが、目の前で悪魔の尾が二人を捕らえ、馬ごと遠くへ叩き飛ばした。回転が止むと、ジャックは剣を掲げて悪魔の足元を指し示した。
「突撃だ!!!」
ジャックがその足元へ突進した瞬間、突然、悪魔の尾の刃がジャックの背中に突き刺さり、馬から引きずり下ろすと空中で回転させ、尾を頭の一つ前に引き寄せた。悪魔は口を開けて噛みつき……
「ジャック司令官!!!!」
悪魔の尾が地面を叩いた。
「進めと言ってるんだ、この野郎!!!!」
ジャックは悪魔の口の中に立ち、素手で歯と口が閉じるのを必死に防いでいた。
「お前たちの魂と心は、この大義に捧げよ!!!」
その声を聞いた者たちは、一瞬の猶予も与えず一斉に悪魔の足元へ突進し、防御の隙を与える前にその足を全て切り落とした。レナラが斧で最後の致命傷を足に叩き込むと、悪魔は苦痛の叫びを上げ、よろめきながら動き出した。ジャックは口の中から落下したが、地面に着く前に悪魔の手が彼を叩き飛ばし、家屋の一つに壁を突き破って叩き込んだ。悪魔は怒りに震え、手と尾を無差別に振り回した。少年の一人が、悪魔の拳が地面を揺らす衝撃で馬から転落した。逃げ出す間もなく、悪魔は足で彼を踏み潰した。別の少年と少女が柵の端へ逃げ込もうとしたが、悪魔は彼らを見つけると四つん這いになり、狂牛のように突進した。届くと同時に二人を掴み、 それぞれを頭から掴み、一瞬で空中に放り投げると、一つずつ頭を噛み砕き、即座に食い尽くした。振り返った時、レナラとローズが馬で迫ってくるのを目にした。一つの頭が前傾し、血まみれの口を開けた。レナラは口内の微かな光が強まるのに気づいた。炎が届く前にできることは、ローズを馬から押し落とすことだけだった。落下する直前、ローズはレナラの左手が炎の中で燃え上がるのを見た。地面に叩きつけられた後、転がりながら振り返ると、レナラの姿は消えていた。残っていたのは、地面に半焼けで横たわる馬だけだった。地面に倒れたまま、彼女は下で何かが震えるのを感じた。温もりを感じた。歯の音が聞こえた。立ち上がり、最後の生存者である狩人の前に立ち尽くす悪魔と向き合った。魔物は彼女の先制攻撃を待っていた。一挙手一投足を見逃さぬように凝視し続ける。彼女は深く息を吸い込んだ。ゆっくりと身をかがめ、片方の剣を掴んだ。魔物が彼女に向かって咆哮した。
「恐怖を捨てよ…」
もう一本の剣を引き抜き、両手に握りしめた。
「刃を掲げよ…」
魔物はそれ以上待たず、彼女へと突進してきた。
「狩りの始まりだ!!!」
彼女は悪魔に向かって叫び、走り出した。悪魔が爪を振りかざすと、彼女は転がりながらその手に飛び乗り、切り刻みながら体を引き上げた。悪魔の肩に到達した瞬間、頭で噛みつきに来たが、かろうじてかわすと素早く剣を悪魔の眼球に突き刺した。傷口を塞ぐのを防ぐため、剣はそのまま刺したままにした。悪魔は苦痛の叫びを上げると翼を広げ、空へと飛び立った。彼女の足元は不安定になり、ある瞬間、悪魔は体を反転させて彼女を空から落下させた。地面へ落下する彼女を追って悪魔が飛来し、二つの頭から炎を放ち始めた。空中で彼女の身体は炎に包まれた。悪魔は地面に激突し、砂塵の波を巻き起こした。その時初めて、背後で近づく足音を察知したが、周囲の塵で視界は遮られていた。次なる攻撃を待ちながらぐるぐると回転する中、背中に何かを感じた。片方の頭が振り返った瞬間、ユキは刀をその翼に突き立て、引き裂いた。その間もエリナは悪魔の周囲を駆け回り続けていた。苦痛の叫びをあげた魔物がエリナを叩き潰そうとした瞬間、彼女は驚異的な速度で駆け抜け、素早く方向を変えるとユキを魔物の首筋へ放り投げた。首筋に到達したユキは刀を深く突き刺し、胸元から切り下ろしながら滑り降りていった。悪魔は彼女を掴み、エリナへと投げつけた。二人はぶつかり合い、後方へ倒れたがすぐに立ち上がった。悪魔の傷は癒えず、血が絶え間なく体から流れ出ている。突然、悪魔は悲鳴を上げ、震え始めた。両手で自らの頭を抱え、引き裂き始めた。彼らの目の前で、悪魔は二つに分裂した。同じ姿だが、小さくなっていた。胸の傷は依然として開いたままだったが、小さくなり危険性は減っていた。一方は目に剣を刺され、もう一方は翼を深く傷つけられていた。ユキは刀を構え、両者と戦う準備を整えた。目に剣を刺された悪魔は両手を上げ、何かを呟き始めた。しかしもう一匹は四つん這いになると、雄牛のように彼女めがけて突進してきた。ユキは再びエリナの背中に飛び乗る間もなく、二人は別々の方向へ跳んだ。悪魔が突進して通り過ぎたのだ。ユキが再び立ち上がり悪魔に向き直ると、衝撃波が全員を再び膝をつかせた。振り返ると、空に黒い穴が現れ、その下で悪魔が翼を広げながら穴を見つめていた。エリナの方を見ると、傷ついた翼で飛来する悪魔が迫っていたが、間一髪でレナラが斧を振りかざし、顔面に叩き込んだ。悪魔が苦痛の叫びを上げる中、黒い穴は拡大し、彼らを飲み込もうとした。レンナラの斧が顔に刺さった悪魔は、黒い穴に引きずり込まれないよう爪で地面を掴んだ。しかしもう一匹は自ら手と翼を広げ、穴へと消えようとしていた。レンナラはユキの方へ身を寄せた。
「今すぐ、ここで奴らを殺さなきゃ!」
彼女は傷つき、左手に斧を一本だけ残していた。そしてエリナを見た。
「あの子を家の中に連れて行け!」
黒い穴から黒い縄が伸び始めた。ゆっくりと、足元の魔物へと近づいていく。
「レナラ、斧では倒せないぞ!」
「今ならずっと小さい。一撃で首を落とせば…」
「危険すぎる!無理だ…」
彼女は斧を強く握りしめた。
「お前の父への借りはこれで返す!」
ユキがさらに口を開く前に、レナラは足元の地面を離し、自らを黒い穴へと、悪魔へと放り出した。悪魔に到達すると、斧を掲げ、全身の力を込めて一撃でその首を斬り落とした。即死させたが、今や彼女は黒い穴の真下にいた。縄が瞬く間に彼女の体を巻き込み、考える間も与えず、黒穴へと引きずり込んだ。レナラを飲み込むにつれ、それは巨大化し、さらに強大になっていった。狼の姿のままのエリナは、穴に引きずり込まれずにユキの元へ手を伸ばそうとした。
「倒さなきゃ!!!」
エリナは明らかに反対している様子で、後ろの家を指さし、避難するよう促していた。
「殺さなきゃ!父のために。今夜ここで死んだ全員のために!」
エリナは涙を流しながら人間の姿へと変身した。
「そんなことしたら、お前も死ぬぞ!」
「中に何がいるか分からないんだ!」
「お前を…行かせない…」
突然、悪魔が背後からユキの足をつかみ、翼を広げて彼女を黒穴へ引きずり込んだ。
「ユキ!!!」
二人は黒穴の奥へ飲み込まれた。中へ入ると、辺りは真っ暗に変わった。果てしなく落下する周囲には、闇以外何もなかった。悪魔は爪を彼女の足に食い込ませ、痛みに叫ばせた。彼女は刀でその手を斬りつけ、指を切り落とすことに成功した。悪魔は悲鳴を上げ、もう片方の手で襲いかかろうとしたが、ユキは刀で身を守り、両足で悪魔の顔を蹴り飛ばした。悪魔は落下しながら転がり続けた。これが最後のチャンス…これを終わらせる唯一の機会…彼らが始めたことを終わらせる…狩人たちが命を捧げたことを終わらせる…彼女は刀を掴み、投げる準備をした。悪魔はバランスを保とうと転がりながら動き続けていた。背後の光は弱まり、深みへ進むにつれ世界は暗くなっていく。やらねばならなかった。今しかない。
「これは父のために…」
彼女は刀を投げつけた。刀は魔物の顔面に直撃し、奥深くまで突き刺さった。周囲が闇に包まれる中、魔物の肉体は彼女の眼前で燃え上がり、灰へと変わった。成し遂げた。彼らは死んだ。彼女の頬に涙が浮かんだ。喜びから、悲しみから、後悔から、そして…何かが彼女を引き上げる感覚がした。何か…誰かが背後から彼女を掴み、ひたすら上に引きずり上げる。ある地点で再び光が見え、一瞬の眩しさの前に彼女が捉えたのは、深淵から彼女を運び去る白い翼だけだった。
「遅れてごめん…」
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語は、救いよりも代償を選びました。
名を残さずとも、確かに戦い、生きた者たちの物語です。
また別の物語で、お会いできたら嬉しいです。




