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悪魔の手記  作者: 月影悟
11/12

救えなかった名前

深い森の中、騎士デイモンはただ馬を走らせる。吹き抜ける冷涼な風が、これから彼を呑み込むであろう嵐の予兆を、一瞬の静寂として運んでくる。

突然のノックを聞いて、彼女は席から飛び上がった。

「来たぞ!」

エリナとオーロラがこんなに早くケーキを仕上げてしまったのか?確かに二人とも手際が良く熟練していたが、これは彼女の想像を超えていた。木馬を箱に収め、テーブルに置くと、彼女はドアへ向かった。ドアを開けようと手を掛けた瞬間、長い剣が木を貫き、彼女の手を切りつけた。血まみれの手を見つめながら、彼女は悲鳴を上げて後ずさった。突然、ドアが開き誰かが踏み込んだ。

「誰…どうして…」

ヘレナは震えながら少女が近づくのを見つめた。相手は止まる気配がない。ヘレナを始末しに来たのだ。戦えないと悟ったヘレナは自室へ駆け込み、ドアを閉めた。ベッドを押し当てようとしたが、力不足で動かせない。その時初めて気づいた。手の傷が癒えていないことに。呆然と手を凝視する彼女の前で、ドアが開き、少女が踏み込んだ。ヘレナの眼前に刀を掲げ、長く黒い髪も、燃えるような茶色の瞳に宿る怒りと憎悪を隠せなかった。ヘレナはただ、赤ん坊のように座り込み、自分を抱きしめることしかできなかった。涙と恐怖に嗚咽しながら。

「なぜ…なぜ…」

自分が何をしたというのか。なぜこんな憎しみを向けられるのか。だが少女は全く気にしていないようだった。一歩踏み出し刀を構え、一撃でヘレナの首を落とそうとした。ヘレナが目を閉じる瞬間、耳をつんざく音が響いた。何も感じなかった。痛みすら感じなかった。ただ座り込み、なぜ自分にこんなことが起きるのかと考えた。突然、顔の前に毛むくじゃらの頭を感じた。もしかして…犬?ゆっくりと目を開けると、巨大な狼の黄金の瞳と視線が合った。背後の壁は崩れ落ち、少女は床に倒れ、壊れたテーブルの破片の上に横たわっていた。エリナはヘレナの頭を押し上げながら、彼女を立たせようとした。ようやく立ち上がった時、少女もゆっくりと地面から起き上がり、刀を握った。エリナは反応する間もなく、瞬きする間に彼女に飛びかかり、壁に叩きつけた。そして素早くヘレナを見据え、次に扉を見た。出て行くよう命じた。ヘレナがドアへ駆け出そうとした瞬間、エリナはユキの手にあるクロスボウに気づき、躊躇なくその手を噛みついた。痛みに悲鳴を上げるヘレナはエリナを蹴って手を離させようとしたが、その時初めてその瞳に気づいた。頬を涙が伝う中、彼女は驚きと悲しみを込めて問いかけた:

「エリナおばさん?」

エリナは全力で手を離すと、再びヘレナを背後の壁へ蹴り飛ばし、気絶させた。そして素早く屋敷を飛び出した。自分が今やったことを信じられなかった。見守ってきた少女を、あんな風に殴り、噛みつき…傷つけた…ヘレナが城へ向かってゆっくり歩いているのが見えたが、狩人たちが既に到着しているかは分からなかった。彼女に気付かれずにオーロラを連れ去ったのだ。今やユキもここにいる。城で誰が待ち構えているか、神のみぞ知る。彼女はヘレナの前に進み、合図のように頭を動かして背中に乗るよう促した。ヘレナはこれほどの失血では城までたどり着けないと悟り、一言も発さず血まみれの手で涙をぬぐい、エリナの背中に横たわった。ここはもはや安全ではなかった。この村も城も、もはや安全な場所などどこにもなかった。森を駆け抜ける途中、背中のヘレナが徐々に意識を失っていくことに気づいた。





デイモンは城内に駆け込み、大広間の扉を開けた。最後の望みを抱いて…もう一度彼女に会えることを…もう一度抱きしめられることを…もう一度彼女の名前を呼べることを…

「母さん…」

そこに立っていたのはレナラだけだった。彼女は疲弊し、彼の顔以上に良い表情はなかった。デイモンはゆっくりと彼女に近づいた。彼女が何を言うか分からず、恐れていた…彼女が何を言うか…

「ママ…リサはどこ…」

彼は台所を見渡し、彼女の名前を呼んだ。

「リサ…?!!!」

立ち去ろうとした彼を、レナラが引き止めた。

「何してるの…リサ?!!ママ、離して!」

彼は振りほどこうとしたが、レナラは離さなかった。台所で見た光景を息子に見せたくないのだ。リサを呼び続け、母の腕から逃れようとする彼の前で、リサがケーキを抱えて台所から現れた。涙でデイモンを見ることもできない。レナラはようやく彼を離したが、彼はすでに凍りついていた。あの光景に耐えられるかどうか分からなかった。ただゆっくりとレナラを呼ぶだけだった。

「ママ…あれは…」

彼はゆっくりとレナラの方を向いた。

「ママ…?」

しかし彼女はただ顔を背けるだけだった。ついに彼は一歩踏み出し、ケーキを見つめながら涙に暮れているリサの元へ歩み寄った。今やデイモンはケーキを間近に見られる距離にいた…彼女の涙がケーキに落ちるのを…そこに書かれた「お父さん、お誕生日おめでとう」の文字を…そして…その上に散らばる灰を…間違いようがなかった。その焼け焦げた灰が彼の内側から燃え上がっていた。罪悪感、痛み、後悔…それらが重なり、彼はリサの前で膝をついた。自らに課した重圧で、彼の目は赤く染まっていた。この全てが彼に押し付ける重圧で。突然、彼女はレナラを見て立ち上がった。

「お前が!」

彼女は一歩踏み出した。

「お前がやったんだ!」

彼は声を張り上げた。

「デイモン、私は…」

「お前が彼らに…俺たちにこんなことをしたんだ!」

「デイモン、誓って何もしてないわ!」

デイモンは彼女を押し返した。

「お前が…彼らをここに連れてきたんだ!」

彼は叫んだ。

「お前が…お前があの娘たちを殺した…」

抑えようとしても、涙はすでに彼の顔を濡らしていた。彼はレンナラの上着を掴み、彼女を引き寄せた。

「お前…彼女たちの人生を…俺の人生を…壊したんだ!」

突然、城全体が暗転した。全ての蝋燭が消え、ドアが閉まる音にリサは手に持っていたケーキを思わず落とした。デイモンは素早くレナラから離れ、リサのもとへ駆け寄ると彼女を抱きしめた。彼女は恐怖で震えていた。これが最後の夜かもしれないと悟ったのだ。人生の終わり。夢の終わり…そして

「急いで!」

レナラが呼びかけた。そして二人の元へ歩み寄り、デイモンの瞳をじっと見つめた。

「この部屋は戦いに広すぎる。私とあなただけで守れる、もっと狭い場所が必要よ!」

デイモンは階段を指さし、三人は動き出した。素早く階段を上がり、絵画が並ぶ廊下へ。窓の一つからは村の炎が見えた。デイモンはリサにそれを見せないよう、彼女の顔を自分の胸に押し当てた。部屋に入ると、レナラは素早くドアを閉めた。するとレナラは自身の剣を一本抜き、もう一本をデイモンに渡した。リサはベッド上のバルコニー脇に立ち、デイモンとレナラは部屋の対角線上に位置し、扉を睨みつけた。突然バルコニーの扉が開き、冷たい風が蝋燭を消し、部屋を暗くした。彼らの注意がバルコニーに奪われた瞬間、扉が開き誰かが転がり込んでレナラを襲おうとした。デイモンが助けに行こうとした瞬間、別の影がリサに向かって動くのを目撃した。瞬時に方向を変え、剣を構えて影へ突進する。しかし到達した時には影は消え、デイモンは背後から誰かに掴まれ床へ叩きつけられた。事態を目撃したレナラは素早く影の上を転がり、剣でその足を斬りつけた。そして外套から刃を掴み、デイモンの前に立つ影へと投げつけた。刃は肩に命中し、一瞬動きを止めた隙にデイモンは立ち上がり、その体に剣を深く突き立てた。さらにドアの方へ影を回転させると、刃を掴み足蹴りで剣と刃を同時に引き抜いた。影はよろめき、ドア脇で膝をついた。リサはデイモンの元へ駆け寄り、恐怖に震えながら彼の腕に飛び込んだ。雲が動き始め、月明かりが部屋を照らし出した。レナラは剣を男の喉に突きつけたまま呆然とした。ドアの脇では、サミュエルが膝をつき荒い息をしているのが見えた。

「お前…お前があの娘たちを殺したのか…」

サミュエルは壁に手をついて立ち上がった。

「我々は任務でここに来たのだ!!!」

レナラは怒りを込めて彼に向き直った。

「私が言うまで何もするなと言っただろう、くそっ!」

サミュエルとは違い、ジョンはレナラの前に跪き恐怖で震えていた。目を見開き、顔中汗でびっしょりだ。

「お前には命令に従えと言っただろう!」

「だからお前も息子と同じ道を選んだのか…」

「デイモン、ダメだ!!!」

レナラはジョンを放すと、無表情でサミュエルに突進するデイモンを止めようと駆け寄った。彼は怒りも叫びもせず、ただ無感情に相手を睨みつけていた。獲物を見つめる狩人のように。

「まだ狩人の血が流れてるんだな、デイモン!」

サミュエルは嘲笑を浮かべてそう言った。レナラは必死に彼の動きを止めようとしていた。彼は剣と刃を両手で強く握りしめ、斬りかかる準備を整えていた。

「奴らを殺せば、狩人どもに殺される口実を与えるだけだ!!!」

そう言うと彼女は彼をリサの方へ押し戻した。

「殺しても戻らないわ、デイモン!事態を悪化させないで!」

今度はレナラではなく、リサが彼の腕を掴んだことで動きが止まった。デイモンは彼女の怯えた顔を見て、剣と刃を下げ、落ち着きを取り戻した。彼女のために。

「この仕打ちは必ず償わせるぞ、レナラ!」

突然レナラが振り返り、彼の頬を強く叩いた。その衝撃で彼は再び膝をついた。

「俺たちには…」

ジョンがついに震える声で口を開いた。

「俺たちには…選択肢がなかったんだ…」

「一体何言ってんだ、ジョン?!」

サミュエルが叫んだ。ジョンはまず彼を一瞥し、それから部屋にいる他の者たちを見た。突然、彼は自分の頭を抱え、床にうつ伏せになった。叫びながら。

「やむを得なかったんだ!! 本当にやむを得なかったんだ!!」

レナラは彼のところへ行き、肩を掴んで彼女の目を見るようにさせた。

「誰に命じられた?」

サミュエルが彼らに近づいた。

「狩人どもが…村に…来てる…」

レナラは呆然とした表情で彼を見つめた。

「奴らが…」

「ジャックがこの仕事を終わらせろって!俺たちに選択肢なんてなかったんだ…」

「違う!!!」

ジョンは再び叫び、今度はレナラの肩を掴んだ。

「奴が来たんだ!!!お前は奴を知らない、奴が何ができるか知らない!お前を…お前を必ず見つけ出す!お前は…お前は…俺たちは人を傷つけられない!俺たちは…俺はやむを得なかった…あいつが…俺をそうさせたんだ…お願いだ…」

彼は突然、デイモンの前に床に倒れ込んだ。

「俺を殺してくれ…」

彼は泣き出した。

「あいつがここにいる…まるで地獄にいる時みたいに…」

そして彼の視線がリサに釘付けになった。

「鐘が鳴れば呪いは解ける…俺は死ぬ…これが俺の使命だから…俺たちの使命だから…」

部屋中の者たちが静まり返った。聞こえるのは風の音と、床に落ちるジョンの涙の音だけ。誰もジョンの言葉の意味がわからなかった。リサはデイモンの隣に立ち、その前に床に倒れるジョン、そして彼の背後にレナラが立っていた。サミュエルは後ろから見守っていた。突然、ジョンが囁いた:

「我らの使命は今夜終わる…」

その言葉と同時に、サミュエルが壁に寄りかからずに立ち上がった。その時初めてデイモンは気づいた。

「なぜお前はまだ生きている…」

皆の注意が彼に集中する中、ユキが部屋に入ってきたことに誰も気づかなかった。反応する間もなく、彼女は刀をリサの胸に突き立てた。リサの遺体はデイモンの目の前で床に倒れ、彼が何か言おうとする前に、彼女は涙を浮かべて言った。

「…痛い…」

デイモンが最後にもう一度抱きしめようとした瞬間、彼女の体は燃え上がり灰となった。残されたのは血まみれの刀だけだった。

「ジョン、今ここで決着をつけろ!」

彼は彼女の灰で覆われた床から目を離せなかった。

「この件を完全に終わらせる!」

再び吹き込んだ風が彼女の灰を部屋中に舞い散らせた。灰を追うデイモンの背後には、ジョンが立っていた。彼の目は鮮やかな赤に染まり、拳には黒い皮膚が形成されつつあった。

「それゆえ、この死こそが我々の彼への負債だ!」

事態を悟ったレナラは躊躇なく刃を抜き、ジョンが反応する間もなく喉を切り裂いた。さらに頭部へ一撃を加えようとした瞬間、背後からサミュエルが彼女を蹴り飛ばした。

「ジョン!」

デイモンはジョンの喉が赤く染まり、蛇のようにゆっくりと皮膚が変形していくのを見た。彼は時間を無駄にせず刀を掴み、サミュエルの腹に深く突き刺して押し返した。しかしある時点で彼は抵抗し始めた。目が赤く染まり、歯が鋭く尖り始めた。レンナラが背後から駆け寄り、二人でサミュエルを押し返した。混乱し、衝撃を受け、傷つき、疲れ果てたユキは、ジョンが片手でレナラを掴みバルコニーから投げ捨てるのを眺めていた。するとサミュエルの背中から巨大なコウモリのような翼が二枚現れ、デイモンをバルコニーの床に叩きつけた。ジョンとサミュエルは並んで立ち、その身体が変化し始めた…形を成そうと…

「門を開け…」

サミュエルが床に跪いた。その時初めてユキは、彼の巨大で真っ赤と真っ黒の手を見た。赤い稲妻が周囲に走り、二人の身体と衣服が燃え始めた。彼女が最後に見たのは、ジョンが彼女を捉えたその目――裏切者の目…悪魔の目を。

「ユキ!!! 逃げろ!!!」

爆発が起こり城の上半分が一瞬で消え去る直前、父が叫ぶ声を彼女は聞いた。デイモンは空へ放り出され、上空から城の中心に巨大な黒い穴が現れるのを見た。周囲は煙と炎に包まれていた。突然、そこから黒い縄が伸びてきて彼の手足をつかみ、瞬く間に闇へと引きずり込んだ。黒い穴へ引き込まれるにつれ、縄はますます締め付け、まるで海へ沈んでいくように彼を深く深く引きずり込んだ。涙でできた海へ…自ら招いた涙と血の海へ。堕ち、迷い、恐怖に震えながら。彼にできたのは、かつてリサとアナとオーロラとヘレナと共に輝かしい未来を見たあの世界の光を、沈むほどに遠ざかっていくのを見つめることだけだった…



この章まで読み進めてくださり、本当にありがとうございます。

守りたかったもの、救えたはずの命。

それでも、闇は容赦なく奪っていきます。

次が、物語の最後になります。

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